青い黄昏
古新野 ま~ち
第1話
ホワイトボードにはサブプライムローン問題の顛末が纏められている。痩せた中年の女性教授が書き上げたそれをルーズリーフに写す。となりの人はMacBookに打ち込む。背後でiPhoneのシャッターが切られる。それらを見返す人は一握りのなかのひとつまみだ。教授は大学生なら今のところくらい知っておけと高圧的に言いそえる。さもあらん。私は知らなかった。
リスクを低減させるために様々な格付けの金融商品を混ぜ合わせたということだろうか。ウィスキーをストロングゼロで割るような愚行だと鼻で笑いそうになった。私の経済史の評価はCばかりがついていた。
ウォール街は金を貯めた。その金の価値が無くなるまで貯めた。そして金が価値を取り戻すまで蓄えつづけた。彼らは勝ったのだ。猿ぐつわを噛まされ息もできず身動きのとれない者たちを縄でしばってから闘うようにして得た勝利だ。
毛量の多いリュウくん(中国の留学生)は、なんで今さらこんなことを教えられなければならないのですかと私に問いかける。バカばかりだからと答えておいた。バカばかりというのはすこし酷いと思いますと言った。その顔は笑っていた。
私たちは今回の講義の感想を書いて提出することで単位の獲得ができる。全部で15回、そのうち3回の欠席でF評価。つまり3回提出しそこねると単位を貰えない。
何枚も紙を書いている小太りの女の子がいた。同じ語学講義を受けている、たしか名前は。
「網島さん、おはようございます」
リュウも知っていたらしい。ピンクのパーカーを羽織り、その下のTシャツは無地の黄色だ。すべてユニクロやGU辺りで揃えることができそうだ。いかにも彼女らしい。
「何枚も書かんでもええやろ」
「そえきちと、あぁ、副島さんの分と山中さんのを書かないと可哀想かなって思って。スーツ似合ってるよ」
「あぁ、どうも」
映像資料の途中で抜け出した二人は、僕と同じような予定があるのであろうか。
「たくさん文章考えるのしんどくはありませんか」
「私、文章だけならわんさか思い付くんですよ」
さて彼女の文章をのぞきみた。
『ウチの記憶では中学のころのことなので、あまり覚えていませんでした。今回、知ることができて、黒人の方々が置かれた苦しい立場が、金融が、良くないのかと思いました。』
『てんで分からなかった問題だけれど世界の金を一手に引き寄せてあげく破綻させたのにも関わらず苦境の皺寄せは貧困層におしやる。制度の破綻を思いました』
『私はこれに近い金融制度を知っています。それは「奨学金」です。なぜ、彼らのような悪徳業者が高校生の親を交えないところで営業をかけるのか、それも信頼のある先生に代弁させるのか。大学にもいる。元々、家が金持ちじゃないことがこれほどまでに追い詰められなければならないのはなぜなのでしょうか。それなのに、将来は子供をもつことが前提なのです。どうして貧乏になってまで次世代を考えなければいけないのか。将来をハックされている気がします。サブプライムローンは、日本でもおきているのだと思います』
「別にええけど、自信作は自分のものにしときや」
「もちろんそのつもり」
彼女は屈託を含む力のない笑顔をみせた。
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