私は勢いよく尊くんから体を離した。

尊くんのからだが少しぐらついた。



「ねえ、どういうこと?

本当は、思い出してないの?

わたしのこと」



尊くんは、目を泳がせていた。

嘘をついているのは、明らかだった。



「雨天中止だった、のか。

あの日は、仕事で帰りが遅くなったから、知らなかった。」



ぽつりと呟くようにいう尊くんは、それ以上は黙ったまま何も言わない。



「ねえ、どういうことなの、説明して」



信じたくなかった。

本当はまだ、尊くんの記憶がおかしいままなのかもしれないだなんて、

信じたくなかった。



「ごめん、俺、ずっと、嘘ついてた。」



苦々しい表情を浮かべて唇を噛む目の前の愛しい人。

なにを、隠しているの。


私を、一気に不安が襲う。

私はやっぱりこの人と、幸せになれないの?



「……俺、本当は最初から、記憶がおかしくなんてなってなかったんだ。」


「全部、演技。病室でのこととか、全部演技。

ちゃんと、俺を殴ったのは父さんだって、わかってた」



「………え?


どういうこと?


なんでっ!?

私のことが嫌いな」



「違う……!!

それは断じて違うから、聞いてほしい。


ただ、俺が紗佳のとなりにいたら、紗佳を傷つけると思ったから。

精神的にも、身体的にも。

俺の父さんはあんなんだし、俺に母親はいないし。

紗佳のとなりに、いちゃだめだと思ったんだ。


最初は、紗佳のことを忘れたフリをしようと思った。

でも、それだと長くは続かないと思ったからあんな最低な形で突き放した。

本当に、ごめん。

これこそ、ごめんなんかで済まされないことだよな。

……ごめん。


それで、卒業して、就職して、一人暮らしして、家賃とか生活費も全部自分の給料で払えるようになって、自立できてから、また紗佳のとなりにいたいと思った。


まだ働きだして数ヵ月だけど、生活費くらいはなんとか自分だけでどうにかしてるしもういいかなと思って電話した。


……いや、少し嘘ついた。

自立してから紗佳のところにいこうと思ってたのはほんとだけど、最近は俺、すごくぐずぐずしてた。

もう、紗佳は紗佳で他の人と付き合ってるか、俺のことなんてどうでもよくなってるんじゃないかって。

それで自信なくなって、迷ってたら今日、花火大会で紗佳が男の人といるの見て、手遅れだったかと思ったけれど、もしかしたら違うのかもって希望をどうしても捨てられなくて電話したんだ。


ごめん。

騙してて、それも最低な騙し方してて、本当にごめん。」



そんな、そんな、そんなっ……!!


全然、わからなかった。

本当に、私を悪者だと思っていると思ってた。


「それ、本当なの?」


「うん、本当。

ごめん。


父さんが捕まってることはわかってたから、俺が変なこと言っても俺の記憶がおかしいことに絶対なると確信してたから、あんなこと言った。


本当に、ごめ」



「ばか!尊くんのばか!!!


なんで、なんでよっ、


私のこと気づかってくれてたっていうのはわかってるけど、わかってるけど!!!


わたしのこと頼ってって言ったのに、言ったのに!!!


私じゃ頼りないかもしれないけど、私は尊くんの力になりたいんだよ、

私が嫌な目にあうことなんて、なんてことないんだよ、尊くんのためなら!!!


ねえ、わかってる?私がどれだけ尊くんのこと好きで大切に思ってるか、わかってる?わかってないでしょ!?


ずっと、ずっと、ずーっと、わたし、尊くんのことばっかり考えてたんだよ?

記憶が正常にならなかったらどうしよう、って。

ときには、尊くんが将来、他の女の人と幸せになる想像とかして頭がぐちゃぐちゃになって。

大好きで大好きで仕方ないのに、尊くんに会うことさえできなくて。


尊くんがね、思ってる以上にわたし、尊くんのこと好きなんだよ?

好きだよって一生言い続けても足りないくらい好きなんだよ?


わたしはね、尊くんの力になりたいの!

支えになりたいの!

一緒に大変なことも乗り越えていきたいの!


尊くんと、幸せで楽しい時間だけを過ごしたいわけじゃないの!


どんなに嫌なことがあっても、それが仮に尊くんの家庭が原因で起こるようなことであっても、私はいいの、

助けてほしいときは、助けてって言ってほしいの!

もう無理、助けてって言ってほしいの!!!


だから、私に負担がかかるかもとか迷惑かけるかもとか、絶対に考えないで!!!



わたしと、わたしと、

一緒にいることだけ考えててよ!!!」



じゅうぶん、わかっている。

尊くんがしたことは、私を思うゆえにしたことだってくらい、じゅうぶん理解している。


でもやっぱり、ひとりでなんとかしようとする尊くんをこのままにはしておけなかった。



「さや、か」



今度はぼろぼろと尊くんが涙を流す番だった。

とめどなく尊くんの目から涙が溢れては落ちていく。


そっと尊くんの顔に手を伸ばして涙をぬぐう。


「ありが、と」


尊くんの背中に手をまわしてそっと抱き締め、背中をさすった。

私の肩に顔をのせて泣く尊くんの頭を撫でた。



これでついに私たちに、平和が訪れるような気がした。


これからはずっとふたりでいられる、そんな幸せな予感が私の胸いっぱいに広がった。


             


              

             (完)

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Bruise けしごム @eat

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