Bruise
けしごム
「帰ろう、紗佳」
「うん、今行く」
いつも、
放課後になると
私の教室まで迎えに来てくれるあなた。
机の上の鞄をよいしょ、
っと肩にしょって、
あなたのところへトコトコむかう。
「重そうだね。持とうか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」
「重かったら言ってな。持つから。」
「うん。」
このくらいの荷物、
女の子だって平気で持てるのに。
心底心配そうな顔をして私を見るあなた。
あなたの優しい目にうつる私の像は、
光を反射してキラキラしていて、
きっと、
あなたの心が見る私も綺麗なのでしょう。
あなたにとって、
私は、
あなたの恋人なのだから。
あなたにとって、
私は、
自分を愛する人なのだから。
あなたの曇りない目は、
これから先も気づかないでいてくれるでしょうか。
私が、
あなたを本当には愛せていないことを。
あなたは、
私に告白をしてくれた。
男の子に好きになられたことも、
男の子を好きになったこともなかった私に、
恋とは無縁の生活を送っていた私に、
あなたは、
恋というものを現実的に突きつけた。
恋というエキスを、
私の世界に1滴、垂らしたあなた。
その1滴は、
初めはとても薄くて、
すぐにまわりの水に薄められて色が消えてしまった。
私はあなたに、
恋をしていなかったから。
素直に告げると、
あなたは少し寂しそうな顔をして、
ただ、
「そっか。ごめんね。」
と言ったんだ。
でもあなたは、
その、
柔らかくて穏やかな笑顔と、
あっさりした性格とは別の面も持っていた。
ひどく一途で、
誠実。
たいていの女子が、
交際相手に求めるもの。
求めてやまないもの。
それをあなたは十分すぎるくらいに持っている。
それなのに、
束縛だとか、
DVだとかには決して走らない。
ただただ一途に、
相手を想うことのできるあなた。
どうして、
相手が私なのでしょう。
どうして、
相手があなたを好きな人ではないのでしょう。
あなたに最初に告白されたのは、
中学一年生のときだった。
まだまだ子供のときだった。
私が告白を断ってからは、
あなたとはとても気まずくなって、
話すことなど一切なくなってしまった。
友達としては仲が良かったから、
私は少し寂しかったかな。
それから、
同じ高校に進学して、
2年生のとき同じクラスになって、
また、
徐々に話すようになった。
また、
告白される前と同じくらい
仲良くなって、
たまたま深夜にあなたとメールをしているとき、
私は、
興味本位で、
軽い気持ちで、
聞いてしまったんだ。
今思えば、
それがいけなかった。
「今日返ってきた化学、
どうだった?」2:13
「あー、俺やばかった。」2:13
「とかいって、
やばくないんでしょ?」2:15
「やばかったって。あと2点で赤点だった。」2:16
「私なんて赤点だったのに。」2:16
「え、いや、ごめん笑」2:17
「別にいいよ笑」2:20
「そういえば、木田と佐藤が付き合ったって知ってる?」2:21
「え、知らない!そうなんだ~、でもわかるかも。」2:23
「うん、お似合い?的なね」2:25
「あのさ、
こういうこと聞くのってどうかと思うんだけど、
答えたくなかったらいいんだけど、
君は私のこといつまで好きだったの?」2:28
「あの二人、仲良しだしな」2:28
「うん、仲良いよね。よくしゃべってる」2:30
「ごめん、やっぱり気にしなくていいよ。
そろそろ寝ようか」2:36
「どう思う?」2:38
「え?
正直全然わかんないから聞いてる」2:41
「好きか嫌いかって言ったら今も好きだけど」2:43
「友達としてってこと?
いつ吹っ切れたの?」2:45
「あんまり考えないようにしてた」2:48
「そっか。」
「吹っ切れてはない」
「え?もうあれから4年だよ?」
「うん。気にしないで」
「あれから、ずっとなの?」
「うん。ごめん。」
「もし、
もし、
付き合おうって言ったら、付き合う?」
「付き合うと、思います」
「じゃあ、付き合おう」
「え、いいの?」
「うん。」
「本当に?」
「うん。」
「めっちゃ嬉しい。ありがとう」
「うん。」
「よろしくな。」
「こちらこそよろしくね。」
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」
「あ、待って。明日、一緒に帰ってもいい?」
「うん。」
「ありがと。おやすみ。」
翌朝。
起きてから、
少し後悔した。
ああ、深夜テンションとやらで、
やらかしてしまった、と。
私は彼のことを恋愛的に好きではないから。
でも、
彼以外に告白なんてされたことない私は、
4年も私のことを想っていたなんて聞いたら、
申し訳なさ半分、
好奇心半分、
OKしてしまった。
4年も私のことを好きでいてくれたなら。
きっとこれからも、
ずっと私を好きでいてくれるんじゃないかと、
思ったから。
なんだか、
特に仲良しの友達もいない毎日が、
寂しかったから。
私を好きだと言ってもらえることが、
心地よかったから。
全部全部、
私のエゴ。
ごめんね。
この気持ちはあなたには言わないから、
許してください。
この関係は、
ある意味私にとって、
とても居心地が良かった。
私はあなたを好きではないから、
あなたが他の女子と話そうが何しようが、
何も気にならないこと。
振られてもいい、
好きじゃなくなられてもいい、
そう思っているから、
気兼ねなく自分の意見をあなたに言えること。
とは言っても、
あなたは他の女子とはほとんど話さないし、
何かに誘われても断っているし、
私が何を言っても、笑って聞いてくれる。
こんなに愛されて、
良いのでしょうか。
ときどき、
罪悪感から
あなたに嫌われようとして、
少しキツい言い方をしてみたりするけれど、
あなたは少し困ったように謝るだけで、
全く効果がないのです。
あなたは、
私があなたを好きではないと知ったら、
どうするのだろう。
私以外の女子は、
あなたのまわりにいないから
あなたは一から恋を始めなくてはいけないね。
だから、
私はあなたに気づかれないようにするの。
恋愛感情の"好き"はないけど、
このまま結婚になってもいい。
私をここまで愛してくれる人なんて、
後にも先にもあなたしかいないと思うから。
もともと、
何年もずっと
誰かに愛されたり誰かを愛したりできる自信がない私にとって、
あなたは最適な存在なのです。
だからどうか、気づかないで。
それから、
あなたをちゃんと好きになれる日が来ますように。
___あなたと歩く帰り道。
「今日、物理で電磁気やったんだけど、
全然わかんなかった」
とても穏やかな時間が流れて、
お気に入りの時間。
夕日が私たちにほほえんでくれてるような、
気がするから。
あなたの私に向けられた笑顔が、
ひどく優しいから。
あなたのまなざしは、
猫の体より、
しゃぼん玉より、
春にそっと身体を撫でるそよ風より、
温かくて、儚くて、優しい。
私を安心させる、1番のもの。
「難しいよな。
今度、一緒にそこのところ勉強する?」
あなたは私より頭が良いから、
物理の電磁気だなんてわかっているはずなのに、
"教えようか?"じゃなくて、
"一緒に勉強する?"
って言うんだ。
どこからどこまで、
繊細で綺麗な人なんだろう。
「うん。いいの?」
「俺もよくわかんなかったし。
ちょうどいい。」
「ありがと。」
私が笑顔で"ありがとう"、というだけで、
あなたは私より何倍も嬉しそうな顔をして、
はにかみながら小さく
「ん。」と、
頷く。
ありがとうと言うだけで、
こんなにも喜んでくれる人がいる。
私はなんて、
めぐまれているんだろう。
付き合って、半年。
記念日とか、祝ったことはない。
私も彼も、覚えてはいるけれど、口にはしない。
記念日が、なに?
付き合ってからどれくらい経ったかだなんて、そんなに大事?
気持ちはそれより前からあったのに?
気持ちに区切りなんて、
ないのに。
いつ別れるかも、
わからない。
月日が長ければいいってものでも、
ない。
そんな形式だけのもの、
意味がないじゃない。
なんて、
思う私は、
形式だけの付き合いをしているの。
矛盾、矛盾。
彼はそんなことに、
気づいていないと、
気づいていないといい、けれど。
彼がどうして、
記念日だのなんだのと口にしないのかは、わからない。
特に知りたいとも思わないから、
聞かないの。
別に忘れてくれたって、
かまわないから。
そして、気づけば今はもう高校3年生の7月で、
進路とか、煩わしいことを
考えなきゃいけないとき。
別にやりたいことなんて、
ないんだけど。
ただ生きていくためだけに、
勉強するだけ。
ただ、
生きていくためのお金を得るため。
彼がいなかったら、
私に存在価値なんて、
なかったでしょう。
彼は私に、
存在価値、
存在意義まで与えてくれるの。
なんて素晴らしいことでしょうか。
もともと誰だって、
存在価値だとか存在意義だなんて、
ないと思うの。
だって、
どうせみんな、死んじゃうじゃん。
偉大な科学者とかが
後世に何かを残したって、
人間はいつか、滅びるよ?
全部全部、無駄なのに。
人間には、
誰にだって最初から、
存在価値なんてないの。
大きい目で見れば、
そんなものないの。
人間界での存在価値はあるけれど。
そんなのなくたって、
いいじゃんね。
なんて
思う私は、
存在価値がほしい。
矛盾、矛盾。
でもね、存在価値なんて、
いくらでも作れると思うけどね。
私には生きてる価値がない、
だなんて言ってる人見てると、
イライラする。
そんなこと言うなら、
誰か困っている人でも探しに行って、
助けにいけば?
困っている人なんて、
少し歩けばすぐ出会えるじゃない。
重い荷物を持って歩いているおばあちゃん、
目が不自由で危なっかしく歩いている人、
迷子で泣いている子供、
電車で席が空いていなくて立ったままの、
お年寄り、妊婦さん、障がいを持っている人。
存在価値がないだなんて言ってるなら、
そういう人に手を差し伸べてみれば?
ありがとう、って笑顔で言われるだけで、
生きてる心地がするのに。
でも、
やっぱりそれだけでは足りないなんて思ってしまう私は、
誰かに愛されるという形で
存在価値がほしい。
矛盾、矛盾。
矛盾だらけで私欲にまみれた汚いわたし。
「志望校、決まった?」
彼がおもむろに口を開く。
なんてことのない、
受験生にとっては普通すぎる会話。
「うん。」
いつもあなたは、
あなたより身長が20センチも低い私の方に、
少し身体を傾けて私の話を聞いてくれる。
私がもう少し大きい声で話せば、
そんなことしなくていいのにね。
それでも私は、
彼のために多くを語ろうだなんて、
しない。
あなたが私の話を聞こうとしてくれる姿勢に気づきながらも、
私は見てみぬふりをする。
「そっか。」
"どこ?"だなんて、
図々しい質問をしないあなた。
本当に気にならないのか、
遠慮しているのかなんてわからないけれど
私にはどうでもいい。
だから、
別に聞かれてもいいんだけどな、
と思いながらも私は何も言わない。
「決まった?」
「んー、迷ってるとこ。」
「そう。」
だから私も、
必要以上には入り込まないの。
知りたいだなんて、
思わないもん。
何を迷ってるかなんて、
気にならないもん。
「半袖に、しないの?」
あなたの首筋や額に光る汗を見ながら、
聞いてみる。
別に彼のことを知りたいとは思わないけれど、
ふと疑問に思ったことなら口にする。
ほら、
友達と話してるときってそんな感じでしょ?
「ああ、
半袖取り出すの面倒くさがってたら、
ずっと長袖着てた」
あなたはそんな人だったっけ。
少し疑問に思うけど、
「ふーん。」
聞かない。
「紗佳は半袖にしないの?」
「私は、日焼けしたくないから。」
「そっか。
女の子は大変だな。」
「そうかな。
男の子は男の子で大変なんじゃないの」
「どうだろう。
それにしても、紗佳は色が白くて、綺麗だよな。
日焼けしても、それはそれで綺麗だろうけど」
私のことを、
誉めてくれるのなんてあなただけ。
だって、
綺麗じゃないし。
でも私は素直にあなたの言葉を受け取れない。
そして、あなたを褒めてあげることもできない。
あなたの方が、私よりよっぽど綺麗なのに。
他の男子とは違って、
大人びてどこか憂いのあるまなざし、
さらさらの髪の毛、
すらりと長く伸びた手足。
「別に、
綺麗じゃないから。
そういうこと、言わなくていい」
突き放すような、
刺々しい言い方。
友達には、
絶対にできない語調。
あなたに褒められると、
特に容姿を褒められると、
罪悪感が襲うから、
あなたと私の間の気持ちの差を感じてしまうから、
そんなことないからって、
否定したくなる。
というかいつも否定してる。
でも、
あなたは少しびくっとするだけで、
「そっか。ごめん、気をつける」
私を非難することなんて、
絶対にしないんだ。
なにか、
言ってくれればいいのに。
いつもそんな穏やかにしてないで、
なにか、
言ってよ。
嫌われたいのに、
でも、
あなたという居心地の良い存在を失いたくない。
だから、
それ以上の過激なことはしない。
いつも、
ほんの少しだけあなたに反抗するだけ。
矛盾、矛盾。
矛盾だらけの、私。
矛盾だらけで、最低な私。
矛盾だらけで、自分のエゴで動いている女、それが私なの。
「そういえば、
私の部活、もう少しで引退だから後輩たちに何かプレゼント買わなきゃいけなくて、
私の代、男一人と私含めて女二人じゃん?
それで、
もう一人の女の子が塾で来れないって言うから、
男の子と二人で行かなくちゃいけなくて。
あの、
その、
ごめんね?」
遠慮がちに、
彼を見上げて言う。
嫉妬、
してほしいから
言うの。
「大丈夫だよ。仕方ないじゃん」
でも、
あなたは表情ひとつ崩さずに
にっこり笑って、
こう言うんだ。
違うの、そういう反応が欲しいんじゃなくて。
なんて、
なんて、
自己中心なんだろう。私という人は。
自分はあなたを好きでないのに、
相手には好きでいてほしい。
嫉妬のひとつやふたつ、
してほしいと思ってしまうの。
「うん。ありがとう」
ときどき、
思う。
あなたは本当に、
私のことが好きなのだろうか、と。
ただ、
心の寂しさを埋めるためだけに
私と付き合っているのではないか、と。
付き合い方が付き合い方だっただけに、
心配になる。
あなたと別れたって、
私はなんとも思わないだろうに、
付き合っているならそれはそれで
愛してほしいと思ってしまうんだ。
ごめんね。
「またな」
「ばいばい」
私と彼は方面が違うから、
駅でさよならをする。
別れ際の、
別れを惜しむような言葉の交換とかは、
したことがない。
あなたは私をどう思っているのかな。
手を繋いだことすら、
ない私達。
あなたと体のどこかが触れ合ったことは、
1度もない。
少し手を触ってみたり触られたり、
頭を撫でられたり、
そんなことは、
今までに1度もない。
この半年で、
1度も。
私のせいなのだろうか。
私に気を遣って、
なにもしてこないのだろうか。
それとも、
私を好きではない?
私は彼の思春期というものを、
台無しにしてはいないだろうか?
彼と別れた瞬間に、
いつも、
彼のことで頭がいっぱいになる。
このまま、
付き合い続けてもいいのだろうか、と。
家に帰ってスマホを開くと、
彼からメッセージが来ていた。
どうしたんだろう、珍しい。
『さっき言い忘れたんだけど、
明日、花火大会行かない?』
『あ、無事に家着いた?』
花火大会。
なんだかカップルっぽい。
思えば今まで、
デートというデートをしたことがなかった。
というか私服姿で会ったことはなかった。
それから、
ふっと思わず笑みがこぼれて、
慌てて引っ込める。
ひとりで笑ってるとか、
私、気持ち悪いなあ。
無事に家に着いたかだなんて、
そんなこと、心配してくれなくていいのに。
でも、
あなたのこの過保護なくらいの優しさが全身に染み渡るのは、
とても心地がいい。
他の男と話すな、
だとかそういう束縛をされるより、
よっぽど愛を感じられる。
花火大会、行くよ。
楽しみ、かも。
『行きたい』
『18:30に駅で待ち合わせね』
私と彼との付き合いのなかで主導権を握っているのは、
私な気がする、多分。
彼のことを好きではないからか、
特に何も考えずにいろいろと言えてしまうから。
『うん。ありがと。』
彼だって、
文句言わないし。
でもどうして、
急にデートの誘いなんかしてきたのかな。
今までなかったことがおかしいのだろうけど、
ふと疑問に思った。
しかしすぐにそんなことはどうでもよくなって、
明日の服装を考える。
浴衣?
いやいや、
浴衣は着たいけど、
"自分のためにおめかししてくれたんだな"って、
彼に思われたくない。
ひねくれてるなあ。
面倒だから、
ごくごく普通の地味な格好で、いいかな。
でも、
彼の笑った顔が見たくて、
やっぱり浴衣にしようかな、なんて。
誰かと付き合うのって、
めんどうくさいね。
でも私は、
とても平和な恋愛をしていると思う。
他の女の子みたいに、
彼のことであれこれくよくよ悩んだことは、
ないと思うから。
彼の気に入らないところがあったら、
何でも言ってしまうから。
メッセージの文面だって、
嫌なところを嫌と言ったら、
"ごめんね。"とだけ言って、
直してくれた。
彼は私と歩くとき、
緊張しているからか
手を大きく振りながら歩いてたんだけど、
それも嫌だと言ったら、
直してくれた。
傘を、
杖みたいに地面にカチカチしながら歩くところも嫌と言ったら直してくれた。
たまにする貧乏ゆすりも、
指摘したら直してくれた。
わがままな、私。
きっと彼のことを好きなら、
なんとも思わないことなんだと思う。
些細なことで色々言ってしまうのに、
彼はそれに反抗したこともなければ私への不満を言ったこともない。
私は、彼の名前すら呼ばないのに。
いつも、
"ねえねえ"、とかで済ましてしまう私。
あなたは私の名前を呼んでくれるのにね。
それでもまだ、
気に食わないところはある。
私の顔色を伺う、自信なさげな表情、
ただ素直に謝るだけの性格、
私に要求も不満も言わないところ、
照れたときの顔。
さすがにこれは、
彼に、
直してなんて言えないけれど。
でも、
彼はすでに、
ほとんど私色に染まってしまっている。
私はあなた色に全く染まっていないのに。
ごめんね。
___花火大会当日、
日が暮れ始めた頃のこの上なく騒がしい駅。
「待った?」
「ううん、大丈夫だよ」
私よりはやく着いていたあなた。
「待ってるとき、
スマホいじらないでよ」
彼より遅く来たくせに、
文句をつけてしまう私。
一緒に帰るとき、
校門とかで待ち合わせするときには必ず、
あなたは私を待つ間、
スマホをいじってるの。
それが、
ただ単に
照れ隠しというか
緊張しているからだっていうのは、
わかってる。
だって、あなた、そわそわしてるし。
でも、
嫌じゃん。
私が来るの、
まだかなまだかなって、
私が来るはずの方向とかきょろきょろ見て、
楽しみにしててほしいじゃん。
なんて、なんて、
わがままなんだろう。
でも、
言わないと私、
彼のことを"友達の意味での"好きとも思わなくなってしまうと思うから。
「ごめん、気をつける」
あなたは素直に謝るだけ。
そして罪悪感が、
わき上がる。
「紗佳、浴衣、似合ってる。」
結局、
彼女っぽくした方がいいかと思って
浴衣を着てきた。
「そんなこと、ないし。」
私が口を尖らせて言うと、
「あ、そうだった、ごめん」
あなたは
はっとして、
慌てて謝る。
昨日私が言ったこと、
思い出したんだろうね。
本当は私、
あなたに褒めてもらえてすごく嬉しいのに。
「暑くないの?その格好」
私服まで長袖、長ズボンの格好。
見るからに暑そう。
実際、顔に汗かいてるし。
「まあ、大丈夫」
「見てて暑い」
「・・・、ごめん」
あなたは少し何かを言いたそうにしてから謝った。
言いたいことあるならはっきり言ってくれればいいのに。
でも面倒だから、聞かない。
私、
前より
キツくなったな、最近。
やっぱり好きじゃない人と付き合うのは限界がある、のかな。
彼にもそろそろ、
気付かれそうだし。
足元がおぼつかない私に合わせて、
ゆっくり歩いてくれるあなた。
充分すぎるほど、
優しい。
私が彼のことを好きなら、
不満なんて一切、
なかったんだろうな。
それでも、
歩くの合わせてくれてありがとう、
って、
どうして言えないかな、私。
本当に、
ねじれていてわがままで大人げない私。
もちろん、
このひねくれた性格は
彼の前だけなんだけど。
私のどこが、
あなたは好きなんだろう。
あなたを私が汚してしまっているようにしか、
思えないの。
会場について、
私が持ってきたレジャーシートを芝生に広げて
二人で座った。
まわりを見渡せば、
カップルが溢れていた。
いや、
実際にカップルなのは、
これらのどのくらいなのだろう?
そして、
そのうちどのくらいが、
お互いにちゃんと好きでいるんだろう?
なんて、
くだらないことを考えながら黙っていた。
沈黙が続けば彼はいつも何かしら話してくれるけど、
今日は彼も黙っている。
つまらないなあ、なんて思わない。
彼との沈黙は、
心地良いから。
不意に数メートル離れたカップル達の会話が聞こえてきた。
「ハルちゃん、
浴衣似合ってるね!
かわいい~~~~!」
「ユウくんたら、もうっ。
ユウくんもカッコいいよ?」
「照れて赤くなってるのもかわいい!」
「ばか、も~~~、」
あなたも聞いてたのかな、
今の理想のカップルのような会話。
ごめんね、
私にはああいう反応ができなくて。
程なくして花火が始まって、
私はその、
夜空と花火の美しいコントラストに目を奪われた。
散りゆくから美しい、
そんな言葉を、
高校生になってから
少し理解できるようになった。
一瞬にして散ってしまう、
花火。
花火を作るのはとても手間がかかるのに、
このほんの数秒で、
それが散る。
なんでも終わるときは、
はやいのかも、ね。
花火が打ち上がるときの、
太鼓のような
お腹に響く大きな重みのある音も、好き。
どどん、どどん、どどーん。
どどん、どどん、どどーん。
どどん、どどん、どどーん。
ワンパターン化してきた花火に少し飽きてきて、
ふと横を見ると
花火に照らされて明るくなっては暗くなるあなたの横顔があって、
それは息をのむほど綺麗で、
思わず見つめてしまった。
「ん?どうした?」
私の視線に気づいてこちらに向けた笑顔はもっと美しくて、
胸がきゅーっとして、
心臓が早鐘を打ちはじめて、
ものすごく胸が苦しくなった。
「う、ううん、なんでも、ないから」
慌てて目を反らす。
なんだ、今の。
らしくない、
私。
再び花火に目を向けても、
もう花火には夢中になれなかった。
あなたの横顔が頭の中にこびりついて離れなくて、
また見たいな、
なんて思ってしまった。
でも素直にそれを言えない私は我慢して、
気づいたら花火大会ももう少しで終わるところだった。
「さや、か」
少し掠れた低めの声で私を呼ぶあなたの声に、
はじめて胸が、高鳴った。
私、おかしい。
「ん?」
ゆっくり顔を横に向ける。
多分、
今の私、
今までにあなたに向けた表情の中で
一番柔らかい顔をしていたと思う。
あいにく、
暗くてあなたには見えなかったでしょうけど。
「あの、さ、」
なかなか言いたいことを言おうとせずに口ごもっているあなたにイラつかないのも、
初めて。
私やっぱり、
おかしいよ。
「なあに?」
早く言ってよ、って言わなかったのも、
初めて。
暑そうな服装をした彼を見ても何も思わない。
あなたと目が合って、
恥ずかしくなって目を反らす。
あなたの大きくて骨ばった手に、
無性に触れたくなる。
あなたの頬に、髪の毛に、触れたくなる。
あなたの胸の中に、飛び込みたくなる。
あなたの腕に、包まれたくなる。
あなたが、あなたが、あなたが、
私だけのものとして、欲しくなる。
私、
彼のこと、
好きに、
なったんだ。
いつから
好きだったかなんてわからないけど、
さっき恋に落ちた。
きっと、
もっと前から好きだったんだろうね。
でも、
これといったキッカケがなくて気づけなかった、自覚するときがなかった。
そして、
今までの自分の言動を猛烈に後悔した。
これからは、
ちゃんと優しくしよう。
あなたがくれた幸せを、
私もあなたにあげたい。
あなたの笑顔の原因に、
私がなりたいよ。
それなのに、
「別れよう、か。
今まで、ありがとな。」
小さな声なのに、
私の中にドスンと大きな音をたてて
その言葉は入り込んできた。
どうして、
どうして。
彼の続きを待つものの、
彼は口を開く気配はない。
どうして。
どうして。
どうして。
私が、わがままだから?
私が、あなたを好きじゃなかったから?
私が、あなたを傷つけたから?
私のことを、好きではなくなったから?
理由なら、
たくさん考えられた。
理由なんて、
怖くて聞けなかった。
私のことを好きではなくなったから、
だったら、
絶望的だから。
私は今、
あなたを好きになれたと思ったのに。
なのに、なのに、
終わりなの?
「うん。わかった。」
やっと絞り出した声は、
なんとか彼に聞こえるほどの小さな声だった。
ふと空を見上げると、
最後の大輪の金色の花火が散っていくところだった。
花火大会も、
私たちも、
終わってしまった。
花火大会に誘ったのは、
これを言うためだったのかな。
泣くな、
泣くな、
私。
男の前で泣く女は、嫌い。
普段から私はそう思ってるくせに、
私は今にも泣きそうだった。
だめ、泣くな、泣くな。
必死にこらえていると、
「行こう。」
彼に促されて、立ち上がる。
「あっ、」
浴衣の裾を踏んづけてしまって、
よろける。
「おっと、
大丈夫か?」
素早く私を抱き止めてくれるあなたに、
心臓がこれでもかというほど速く動く。
あなたと、
初めて触れた。
あなたはぱっと手をどけたけど、
あなたが触れたところが、
その温もりが、
まだありありと残っている。
「ありが、と」
「ん」
どうしよう、
好きすぎて、
好きすぎて、
おかしくなりそう。
でも、
そんな私をよそに
あなたはとんでもないことを言った。
「最後だから、
せめて手、
繋がせて?」
私が返事をする前に、
あなたは私の左手を優しくとって、
ふわりと握った。
恋人繋ぎじゃない繋ぎ方。
いつもの彼とは違う、
少し強引な行動に胸が苦しくなる。
あなたの手は大きくて温かくて、
ずっと繋いでいたくなる手。
この手で、
私にもっと
触れてほしい。
触れてほしいのに、
それはもうきっと、
叶わない。
どうして、
手を繋いだりなんかするの?
どうして?
そっと、
彼に気づかれないくらい少しだけ顔をあげて、
目の端で彼の顔をとらえる。
っ、
どうしてそんな、
苦しそうな顔をしているの?
本当は、
私と別れたくないの?
私があなたを好きじゃないことに気づいたから振ったの?
"ごめん、今までは好きじゃなかったの。
でも今は、あなたのことが好きすぎて狂いそうなくらい、好き"
って言えれば、
いいのかな。
でも、
信じてくれるかな、そんなこと言って。
信じてくれないよね。
ついさっきまで、
私、
あなたに素っ気なく接してしまっていたのだから。
繋がれた手から伝わる温もりが、
苦しくて温かい。
もう少し、
強く握ってよ。
私に遠慮しているのか、
彼は手と手が離れない最小限の力でしか私の手を握っていない。
少し強めに握り返す勇気すら、
私にはなかった。
それからは、
無言でさよならをした。
家に帰ったら、
自然と涙がでてきた。
私、遅いよ。
でも、気づけなかったものは仕方ない。
開き直るしか、
なかった。
だからといって彼にアプローチしようとは思わなかった。
私はとても臆病で、
自分の気持ちに従順ではなかったから。
"恋なんて、そんなもの、何がいいの。"
私の根底にある考えが首をもたげてきて、
私の足を引っ張る。
そう、恋なんて、めんどうくさいんだ。
頭のなかで浮かんでは消える彼の笑顔が、
私を苦しませる。
彼は今まで、
どんなに苦しんだんだろう。
私の気持ちが自分に向いてないことに気づいていただろうから。
好きな人が自分を好きではないことの苦しみが、
初めてわかった。
ごめんね、
本当に、ごめんね。
___それから夏休みに突入して、
受験勉強に励んだ、
わけなかった。
私の頭の中は、
彼のことで埋め尽くされていた。
他のもの、
ましてや
数学だの物理だの化学だのがそこに入り込む余地はなかった。
彼は今ごろ、
受験勉強に励んでいるだろうか。
物理の電磁気、
一緒に勉強してくれるって、
言ったのに。
してくれないじゃんね。
なんて、
記憶の中の彼に当たることしか私はできない。
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