第52話 監禁された俺たちと、先輩の思いと質問タイム


「せ、先輩……そんなことないですよ……か、家族ですもん、きっと……待ってくれていますから……」

「…………」


 先輩はジッとテーブルを見つめ、うつむき気味のまま唇を小さく開けようとして……閉じた。


 志戸は……涙声だった。震えて、かすかに聞き取れるかどうかの声。

 ためらうようにたどたどしく……でもなにか言わなければいけないと、なんとか声を出したようだった。


 俺は何度かこういう表情をする志戸を見ている。

 何かのタイミングで泣きそうな声や青ざめた表情をするのだ。今回は先輩の事を自分の事のように感じているんだろうか。感受性が強すぎるのかもしれない。


 悦田が宍戸を優しく胸に抱いた。この二人には幼なじみ以上の何かがあるのかもしれない。



 先輩はうつむいたままだったが、意を決したように口を開いた。

「みみみみんな知っているように……ぼぼぼくはこんな感じでううううまくさべれなくって、わわわわ笑われるような顔で……いいい嫌で嫌で……」


 先輩は深呼吸をした。俺が教えたとおりの深呼吸。


「ががが学校に行っても、ずず授業ずぎょうに行かず、ととととトイレにいましった……」


 深呼吸する。


「こここんな風に、わわ笑われなくって、ななな仲間ができておさべりするなんて、想像もつかなくって……うれしくって……」


 悦田が泣いている志戸の頭をでながらジッと先輩の言葉を聞いている。

 髪の色も、顔つきも、性格も、体格も全く違う二人だが、一瞬姉妹のように見えた。


「ああああやとくんや志戸さんの、おおおお役に立てているのかなって思ってうれしかったんでっす……ははは初めてで……ここっここんなぼくでも……」


 一生懸命に話す先輩の声に、静かに耳を傾ける。




「ほほほんとの事を……いい言います」

 うつむいたままの先輩の横顔が強ばった。


「がががが学校に行きたくなかったけど、いいいい家にも居たくなくって……ととと父さんとかかか母さんは、ががが頑張れ……だだ大丈夫だいぞうぶって言うし、ででででも、はは腫れ物を触るみたいで……みみみ見えないところで、ぼぼぼくのことでケンカししているし、ぼぼぼくがこんなだから……しし心配かけてるから、けけケンカさせてしまってる……」


 息せき切って話をする先輩。最後の方は、か細い声となり、そして、悲しそうに微笑んだ。


「だだだから、ここここのまま、しし心配させるくらいなら、わわ笑われるくらいなら……ぼぼぼぼくは居なくてもいい………………居ない方がいい……から……だだだから、ちょうどとうど、よかったんです……みみみんなも……ぼぼぼぼくも……」


 そして、うつむいた顔を少しだけ上げて――強ばった笑顔を見せて、大きめの声で言った。


「どどどどうです、だだだだから人質ざないんでっす。誰も困らない、かかか完璧なアイデアで……すよ」



 そうか。

 トイレで変な音が聞こえたというあの時も、ひょっとしたら帰りたくないからと居残っていたのかもしれない。疲れて居眠りしてしまったというのはごまかしだったのだろう。

 そういえば、学園祭では早めに登校したと言っていた。家に居たくない事も理由だったに違いない。


「先輩……」

 悦田がなんとか反論しようとして口ごもった。


 先輩はムリに作った笑顔を見せて、


「ししし心配ないですよ、すすすす少し早めの、そそ卒業そつごうみたいな、ものですかっら」


 そう言った。



「でも……」

 しかし、俺もそれ以上何も言えなかった。



※※※


 思わぬ先輩の事情を知ってしまった俺は、先輩を止める言葉が思いつかなかった。先輩を辛い現実に引き戻す事が、誰の為になるのか分からなかったのだ。

 志戸も悦田も、俺と同じ考えなのかもしれない。黙りこくったままだった。


 先輩のご両親は本当に心配していないのだろうか。心配してもこの組織なら上手くあしらってしまうような気もする。

 あの月の裏の石……ステラの話が本当なら――本当だろうが――こんな高校生や一般市民の事など全て無かった事にできるだろう。それくらいの力はこの組織にあるはずだ。特別処理対象とはそういう事なのかもしれない。


 ――先輩の言う通り、このまま残ってもらう方がみんなにとって良い事なんだろうか。


 ただ、こんな先輩を人質同然にし、俺たちだけが日常に戻るという事に、俺自身が納得できなかった。

 こうすればよい、という事は思いつかないが、ひたすらそんなことはおかしいと思うのだ。

 わからない。わからないけど、おかしい。



 無言の時間が過ぎていく。



 志戸は胸ポケットを静かに押さえている。ミミを気遣っているのだろう。

 

 俺も胸ポケットの中を見下ろしてみた。

 中に隠れているファーファが気付いて俺を見上げる。プラチナシルバーの前髪にかかるグリーンの瞳が俺をまっすぐに見つめる。

 仲間に必ず会わせてやるという言葉を信じているのだろう。

 とっさに言ってしまったが、この状態ではなんのアテもない。



「そ、そうだ! せっかくだから質問タイムしない? 時間もあるんだし! みんなの事、教えてよ!」

 悦田が突然、あっけらかんとした声を上げた。両手をパッと広げたジェスチャーをする。


 こいつ……。


 そうか、暗く淀んだ雰囲気をなんとかしようと……。


 そうだな。気分も沈んだままだとロクでもない事ばかり考えてしまう。みんなで話をしているうちに何か思いつく事があるかもしれない。


 悦田こいつはまあ、そんな事まで考えていないだろう。この重い雰囲気の居心地が悪いだけだろうな。

 脳筋でめんどくさいけど……まあ、イイ奴かもしれない。


「おう、お前もたまにイイこというな。それじゃ――」

「あんたは後ね」


 前言撤回。俺にはなんでこんなに冷たいんだ。



「先輩! 先輩から私たちに何か質問ないですか?」

 悦田はうつむいている先輩に屈託ない笑顔で話しかけた。

 出だしの明らかにぎこちなかった雰囲気は既に無く、早々にいつものテンションに戻っている。

 すぐにそんな表情ができるのは、一種の才能だな。


 ビクリと怯んだ先輩だったが、にまーっと微笑む悦田の顔を見て、おずおずと小声で話し始めた。


「ぼぼぼぼくたち……みみみ見られていると思うんですけど……」

 そう言って予防線を張ると――


「ペットのみみみミーハちゃんってどうして、みみみミーハって言うんですっか?」

「ひゃい!?」


 しゅんとしていた志戸だったが、突然、話を振られて素っ頓狂な声を上げた。


 上手いぞ先輩。盗聴されていたとして、これならペットの話のように聞こえるし、一人沈んでいる志戸にも話すきっかけを作ってくれた。


「あ。たしかに。気になるな」

 俺も相乗りする。

 みんなの気分が紛れるなら、こうやって話をしていた方がいい。助かったぞ、悦田。


「ぺ、ペット!?」

 一斉に志戸をにらむ俺たち。

「あ」

 思い出したような志戸。


「え、えと…ぺ、ペットのミーファでしたよね……」

 言葉を選びながら答え始めた。

 まあ、志戸のことだからあまり深く考えて名前をつけていないだろうと予想はするけど。


「ミーファって、逢ってしばらくは静かだったんです。でも、急に積極的になったキッカケがあって……」 

 そう言うと、ミミが隠れている胸ポケットを愛おしそうに触れた。


「偶然なんですけど、ピアノを弾いていたら急に、おしゃべり……じゃない……元気になった事があったんです。何回か繰り返していてわかったんですけど、それが、ミ、ファって繰り返し弾いた時で……」

 少し照れた表情をする。

「だから、あなたって呼ぶんじゃなくて、ミーファって呼ぶとうれしいんじゃないかなって思って……」


「だだだだから、ミーハちゃんなんですっね。すすステキです。そそそそれにぴぴピアノ、ひひひ弾けるんですっね!」

「はい、ちょこっとだけなんですけど」

「お前んち、ピアノなんてあるのかよ」

「え? ありましたよ?」

 志戸んちは何でもあるな。それにしてもやっぱり単純な名前の付け方だったか。


「そっか! だから、ミーファなのね!」


 いたよ、普通に感激しているヤツが。

 えらく感動している悦田。雰囲気を盛り上げるための演技なのか、なのか……って、ああ、これはだな。

 照れくさそうに、えへらと笑う志戸はまんざらでもなさそうだ。


「ふふ不思議ですっね……どどどどうして、みみみミとファなのかな……」

 こんな状況だが、先輩は好奇心をくすぐられたようだ。

「そ、そういえばそうですね……特別な音なのかな」

「ミーファの好きな音なのかもよ!」

 ポケットの中の宇宙人たちに尋ねたいが、監視されているような場所でそんな事もできないわけで。


「それにしても、志戸がピアノを弾けるって事が意外だったな」

 俺はニヤリと志戸を見た。

「歌は音痴なのにな!」


 ボンっと、顔を真っ赤にする志戸。


「あーーーー! あれっ! あれは違うんですっっ!」

 両手をブンブンと振る。


「え? なに? なに?」

 必死にごまかす姿に悦田が興味を持ったようだ。

「ああ、実はな――」

「ダメー! ダメですって!」

 志戸が必死に悦田に向かって手をパタパタする。


 気がつけば、部屋の雰囲気が少し無邪気な、穏やかなものになっていた。




 その時、部屋のドアがトントンとノックされた。


「菅野です。入ります」

 几帳面そうな声がドアの向こうから聞こえた。


 ワンテンポあった後、ドアの横にあるパネルからポーンと音が鳴る。ロックが解除されたのだろう。

 そして、静かにドアがスライドすると菅野女史が入ってきた。廊下に黒SSが一人立っている。

 俺たち4人に緊張が走った。


「体調はいかがですか?」

 片手にタブレット、スラッとしたスタイルのよい黒スーツ姿の、いかにもスマートな秘書然とした菅野女史。


「さッッッいあく!」

 悦田のしかめ面。


「申し訳ございません。このような部屋しかご用意できませんでした」

 菅野女史は悦田の抗議をサラリと受け流した。

「貴方がたをゲストとしてお迎えできるようになれば、別のお部屋をご用意できますので」


「それより、何のようですか?」


 少し険のある言い方をしてしまった。どうもこの大人たちには警戒をしてしまう。

 菅野女史には特にひどい事をされてはいないはずだ。むしろ丁寧に扱ってくれているような気もする。


 しかし、この得体のしれない施設の責任者らしい事や、冷徹にも見える雰囲気、俺たちに何をさせようとしているのかわからない状況……なによりも、俺たちの事をどうにでもできるのだという怯えが、このとっつきの悪い美女に警戒心を抱かせるのだろう。


「体調に問題がないようでしたら」

 菅野女史は表情を変えず、少し小首を傾げて様子を見るような仕草をすると、

「事前にお伝えしておりましたとおり、お一人ずつお話を伺いたいのでご協力をお願いします」

 と、続けた。


「ご協力をお願いって、どうせ強制なんでしょ?」

 フシャーッとばかりに、悦田が相変わらず威嚇するネコのように答える。

「いいわよ、まず私がいくわ」

 悦田は立ち上がると、ぐいと胸をそらせるようにして、前に進み出た。


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