第50話 秘密の仲間たち


 俺たちが待機するようにと連れてこられた部屋は、なんとも無機質なものだった。

 立派な監禁じゃない! と悦田が言ったのもわかる。


 6畳間位でクリーム色の壁。地下ということで窓もない。

 テーブル1つ、スツールが4つ……ということは、4人用の部屋なのだろう。まあ、監禁部屋というより使われていない小部屋と言えばいいのか。



 俺たち4人は、テーブルを囲んだ形でスツールに腰掛けていた。

 悦田に立っていろと言われたが、志戸の「か、かわいそうです!」の一言で、俺にもスツールを与えてもらったのだ。

 志戸にかわいそうです、なんてあわれみの声を掛けられるのは何か複雑な気分ではあるが、まあいい。悦田も所詮冗談のつもりのようだったし。


 俺の隣に音成先輩、テーブルを挟んで向かい側に悦田、そして志戸が横に並んで座る。あいつら本当に仲がいいな。



「さあ、どうしましょうか!」

 真向かいの悦田が晩ご飯を何にするかというような気軽さで口を開いた。

 テーブルから少し離したスツールに座ったまま大きく伸びをして、長い脚を組む。


「お前、気楽だな。監禁されてんだぞ」

「あら。今の状況、何もできないじゃない。しばらくしたら呼びにくるって言うからそれまでは安全でしょ?」

「図太いな」

「あんたが気が小さいだけよ」

「うっせ」


 しかし、言われてみれば悦田の言う事も一理ある。


「そうだな。悦田の言うのももっともだ。今までの事を整理して今後の事を考えた方がいいな」

「そ、そうですね……わたし、もう何がなんだかわかんなくって、今ここがどこなのかもわかんなくって」

 志戸……ここは偲辺産業の秘密の地下施設で監禁されている状態だぞ。

 混乱しているのはわかるけど。



「先輩にも無事会えたし、これで最初のミッションは達成できたからな」


 まあ、その後、自分たちの街の地下に巨大施設があることが分かったり、本当か嘘かわからないけれど世界規模で隠している秘密があるらしかったり、ファーファたちの仲間が現れたりと、色々な出来事が嵐のように襲ってきているんだけど。



「あ、ああああ、のッ!」

 ずっと俯いていた音成先輩が、突然立ち上がった。その拍子でスツールが倒れる。

 3人が一斉に先輩の方に顔を向けた。


 俺は初めて先輩の顔をしっかりと見ることができた。

 先輩ってショートカットの中性的な顔だったんだ……。

 黒縁メガネを掛けていて、その奥には愁いを帯びたような瞳。

 物静かな日本人形のような顔だった。

 トンネルで一瞬見えた美少女の顔とは少し違っていたが、確かに男っぽいとも言えるし女の子という印象も受ける。



「おおお、おおお、ごご、ごめんなさっいっ!!」


 いつもの可憐な声。立ち上がった先輩はテーブルにぶつけんばかりに頭を下げた。


「ごごご、ごごめんなさい! ぼぼぼ、ぼくがよよ余計な事にっにっにに、っま巻き込まれたかっら!」


 詰まりながらも必死に声を振り絞る。

 力いっぱい目をつぶり、声に涙がにじんでいた。

 今までタイミングが悪くて言えず、苦しかったのだろう。心の底から吐き出すような声だった。


「ぼぼぼ、ぼくなんかをおお追いかけて、っっこ、ここなくてよかったのに!!」


「そ、そ、そんなことないですよっ!」


 志戸が珍しいほどの大きな声で叫んだ。


 立ち上がり、テーブルにバンと手をついた。


「せ、先輩は仲間ですから! 何度も私たちを助けてくれた先輩が、つ……つれさられたら……助けにいくに決まっています! だからですっ!」


 ちんちくりんの背をいっぱいに伸ばして、テーブルの上に身を乗り出している。

 いつもの志戸とは明らかに違う。必死な姿だった。


 テーブルに伏す程に頭を下げていた先輩が、思わず志戸の顔を見上げた。ほっそりとした白い顔に黒目がちな瞳。そこは涙で溢れていた。



「ごごご、ごごめんなさっっい…………ぼ、ぼくぼくが余計な事をきき聞いて……ああああんな所に隠れていなっくて……そそそそもそも、うまくさべれないのに、な仲間になんてなったかっらっ――」


「ち、違いますっ!」


 小さな志戸の精一杯の大きな声。


「先輩は、わたしたちがお願いして仲間になってもらったんですっ! それにしゃべれないとかそんなの関係ないです! 先輩はわたしたちを助けてくれたんです! そ、それに、つ、連れ去られるってヒドイ事なんですよ! ヒドイ事されたんですよ! だからですッ! わたしたちしか知らないんですッ! わたしたちじゃないと助けられなかったんですッ!!」

 一気にまくし立てる。



 ……驚いた。


 一体どうしたんだ、志戸……。


 二人の間に割り入る言葉が見つからず、俺はただ黙り込んでしまった。



「すず……」

 悦田が立ち上がり、静かに志戸を背中から抱きしめた。

「すず……そうだよね……そうだよね……」



 激しい志戸の姿。

 優しい表情で志戸を見つめる悦田。


 先輩はしばらくの間大きく目を見開いて二人を見つめていた。


 頬を涙が伝う。


「ごごごごめんなさ……い……みみみんなを巻き込んじゃった……ま巻き込んじゃっった……」

 嗚咽を漏らす先輩の声が部屋に小さく響く。



「先輩」



 悦田が小さく声をかけた。

 そして、抱きしめていた志戸から離れ、テーブルについている志戸の手を優しく取った。


「先輩って、ほんとヒドイわね」


 そして、テーブルに涙をこぼしながらすすり泣く先輩の手に、志戸と自分の手をそっと重ねた。


「こういう時は、ありがとうって言ってくれないと」




 静かな時が流れた。




 俺もゆっくり立ち上がった。


「そうですよ、先輩」

 先輩の肩に手を置こうとする。

 ――が、小柄な女子のようななで肩に触れることをためらって、伸ばした手を下ろした。



「えーと、上手く言えないんですけど、感謝してくれって事じゃないんですよ? 謝らなくていいんですよ。先輩だからみんな捜しにきたんです。頑張って先輩に追いついたんだから、褒めてくれないと」

 悦田のセリフに乗せさせてもらう。

「なかなかの大冒険でワクワクもんでしたよ」


「そうそう。あんた、電動カートであれだけ思い切り走ればスッとしたでしょ」

「うっせ。お前こそ、バイクで暴れまわってたじゃねーか。気持ちよかったろ」

「あら。すずも楽しかったでしょ?」

「え?」

 思わず俺たちを見上げる志戸。


「そうそう。きゃあきゃあ言ってたな。先輩にも見せたかったぞ」

「あ、アヤトくん、ひど……」

 悦田がクスクス笑い始めた。

「先輩、みんな結構楽しんでんのよ?」



「みみ、みみみんな……」

 涙声の先輩が顔を上げる。


「あ、あああありがとう……ああありがとう……」



 俺は初めて先輩の笑顔を見た。




「さあ、先輩。これからですよ。みんなで脱出するんですから」

「そうそう! 帰るまでが遠足ってこと!」

 俺のセリフを引き取った悦田が、弾むように言った。


「何、ボーっとしてんのよ。あんたもこっち来て手を載せなさいよ」

 悦田に睨まれて、俺もおずおずと3人が重ねた手に自分の手を載せた。みんなの手がすっかり隠れてしまう。


「大きな手、してるわね」

「まーな」

「ほ、ほんとだ……アヤトくんの手、おっきいですねぇ」

 いつもの志戸の声に戻っていた。

「……ひひ秘密のっなな仲間の……」

 そうだぞ先輩。みんな仲間だからな。


「ほら。あんた、なんか言いなさいな」

 悦田が睨む。ムチャ振りすんな。


 ――仕方ない。


「よーし、ミミとファーファの仲間を見つけて、みんな一緒に脱出するぞ!」


「おー!」「はい!」「Siiii!」「っ!」


 小さな部屋に、俺たちの大きな声が響いた。


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