第36話 新たな動き
トイレはすぐに見つかった。トイレマークはどこでも分かりやすいものなんだと実感する。
どんな場所でも誰でもトイレは見つけられるようにできているに違いない。
男子トイレの自動ドア前で怯む志戸の背中を押し、半ば強引にトイレに連れ込んだ俺は、隣の個室にいる志戸に声をかけた。
「志戸、ミミの準備はどうだ?」
「ちょ、ちょと、ちょとまってくださいぃ」
志戸の動揺が激しい。
先ほど、急いでいたこともあって、一つの個室に二人で入ろうとしたところで、志戸が真っ赤な顔をしてフリーズしてしまったのだ。
焦っていたとはいえ、さすがに男子トイレに密着するように押し込んだのはまずかった。
志戸の準備を待つ間、俺は個室の壁に現れたメインモニタに集中する。
数百体の虹色に光る人の姿が、背中から光のベールをひらめかせて敵の周りを翻弄している。
側面モニタに表示される敵味方の相対位置情報を確認。
敵の数は2体。
仲間の数は667体。
既に200体以上の仲間がやられていた。
もっと早くフォローができれば……いや、そんなことを今考えても仕方ない。
『マントをさいげんするそざいが、ふそくしていました』
そうか……妖精の姿で相手を翻弄するアン○ンマンモード。仲間たちに教えていたが、変化できなかった者たちが犠牲になったのか……。
仲間が増えていく勢いにこちらの意識が追いつけていなかった。
もっと素材を送っておいてやればよかった……くそっ!
『てきがうごきます』
ファーファの淡々とした声が沈んだ意識に割って入ってきた。そうだ。まずは倒さねば!
「志戸ー! どうだー? 敵の姿、なにか変わったところが見えるか?」
「え、えとですね……いつもの緑よりも青っぽい感じがします。点滅のスピードも速いみたい!」
気味の悪いヌメヌメした不定形の敵。そのあちこちから、緑色の点滅が鼓動のようににじみ出る。なるほど、いつもと違う…………のか? まぁ、志戸が言うならそうなんだろう。
敵の不定形の姿がウゾウゾと変化し始めた。
触手を伸ばして……来るか!?
……いや、いびつな楕円形に変化した塊の周囲から、4本の触手を長く長く伸ばしていく。楕円形の左右1本ずつと下方に2本。
あれって……。
伸ばした触手を前後に大きく揺らし、移動を始める。
「アレって…………」
志戸の声が震え始めた。
敵が宇宙空間を、だらしなく伸ばした触手をフラフラと揺らしながら……走ってきた。
その様はまるで――
「頭の無い
緑色にドクンドクンと点滅する歪んだ楕円の胴体。
そこからヒョロ長い手足状のモノを、人間のように揺らして走ってくるのだ。
モニタの中のその敵は、逃げ回るこちらの仲間を左右の触手を振り回して捕まえた。
そのまま胴体と思しき中心に引き寄せ、左右の触手で押し潰す。
そして、触手の先を刺し込んだ。
虹色の光を失い、ただの塊となった物を放り出すと、そいつは再び移動を開始し始めた。
ヒトデかよ。いや――
「……ベアハッグなの……か?」
「こっち、の真似を……してるの?」
志戸のえづく様な苦しい声が壁越しに聞こえてくる。
周囲を飛び回る仲間を1体ずつ捕まえる。
時折、触手の先に捕まえたまま振り回し、こちらの仲間数体に叩きつける動きをみせていた。
あれは、最初の戦闘で俺が指示した動き……か……?
志戸の反応がない。あまりの光景に恐らくフリーズしているのだろう。
俺はミミとファーファが居る時限定の作戦――攻撃特化の「剣道もどき」で相手の胴を取り、その2体の動きを止めた。
「志戸ー 大丈夫か?」
俺は壁の向こうに聞こえるように話しかけた。
「あ、アヤトくん……なんでしょう、あれ……」
「新しい戦い方を覚えやがったの……かも……な」
あれはベアハッグだったのか? クマの形、いやデッサン人形の形をトレースしたのか?
敵も学習するのか……?
「マントの素材を送らないと……」
志戸が異様な敵の動きを見たショックのまま、呆然と呟いた。
そうだな、と後ろを見て、今度は俺がフリーズした。
「志戸……まずいぞ。タンクがない」
いつもならあるはずの解析・転送用のタンクが無い。
「ここって、タンクレスのトイレかよっ!」
トイレには色々なタイプがある。ここは、ファーファが相転移の素材を解析するタンクが見当たらないタイプのトイレだった。
まずいぞ。
次の襲撃までに素材を送らないと、次に仲間にした数のマントが再現できない。
転送には12時間かかる。ここで送らないと、後は今回の二の舞になるだろう。
「ファーファ、解析・転送用のタンクだ。アレがないぞ!」
『タンクがないので、できませんでした』
淡々と感情の見えない、涼やかな声で答える。
イメージできないから無理……って、あっさり言うなよ! 相変わらずなヤツめ。なんか適当な物をタンクにすればいいだろう?
宇宙人どもの感覚がわからん!
こうなりゃできるだけ早く、別のトイレで転送しないと!
次の襲撃までに先輩を見つけて、ここを逃げ出して、そして別のタイプのトイレに入らなければ!!
「あ、ご、ごめんなさい……ぼぅっとしちゃって……早く先輩も捜――」
「志戸ッ、声!」
「!」
誰かがトイレに入ってきた。
「おい、女の子の声、聞こえなかったか?」
「なわけねーだろ。お前、飢えてんのかよ」
若い男たちの声が聞こえてくる。
先ほどの光景を見て忘れていた。ここは謎施設のトイレ。安全とは言えない。
途端に先輩の事や、悦田の事が心配になってきた。
男たちが出て行った後、少し様子を見てから、俺は隣のドアを叩いた。
ドアがヨロヨロと開く。
男子トイレに潜み、男子のトイレ事情に遭遇した志戸は……涙目で俺を見上げていた。
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