第35話 そして、潜入
俺たちはバイクを支えたまま、呆然としていた。
柱も無く見通しのよい広大な空間を、天井から白い照明が明るく照らしている。
目の前には、巨大な格納庫が広がっていたのだ。
巨大なコンテナが端に並んでおり、大小様々な車両が走り回っていた。大型トラックだけではない。小型バスやバイク、自転車まで走っている。
ゴチャゴチャと皆一様に忙しそうだが、決まった車線があるのだろうか。スムースに動き回っている。
想像を超えた圧倒的な光景に、俺たちは思考停止して突っ立っていた。
「端が見えないな……」
ようやく声に出したのはその程度だった。
「う、運送会社なのかな……」
「いや、どちらかというと空港みたいだな……」
フリーズから復帰した志戸。その感想はもっともだが、雰囲気が違う。
巨大なトラックヤードというより、空港の一角のような印象だ。
まず、トラックヤードにある荷捌き用プラットホームらしきものがない。
その代わり天井を張り渡る何本もの巨大クレーンがコンテナを掴み、吊り下げ、縦横無尽に動き回っている。
蛇のようにコンテナを連結した車両が、近くを通り過ぎていった。
「ここ、山の中だよな」
「たぶん……。くり抜いてこんなの作った……の?」
悦田の声は驚きを通り越して、呆れが入っている。
横手を、先ほどゲートを通過したのだろう大型トラックが通過していった。
俺たちはひとまずコンテナの陰に隠れた。
「とにかく、ここでぼーっとしてても始まらないわ。先輩を捜しに行くわよ」
「どこをだよ?」
「知らないわよ、でも、とにかく動かないと何もわからないでしょ」
ヘルメットを脱いだ悦田がグイと迫る。
「お前、ちょっと深呼吸しろ。落ち着け、こんな訳もわからない場所を手当たり次第なんてロクなことにならないぞ」
「先輩、連れ去られたのよ? もうだいぶ時間が経ってるわ! 早く見つけないと!!」
悦田の声に焦りが見える。
「なに? さっきのミスで臆病風に吹かれたの? 怖いなら、ここで待ってなさいな! 私一人でも捜しにいくから!!」
ミミとファーファが胸ポケットからジッと俺たちを見つめている。
「いや、このまま下手に動き回ると見つかってしまうだろ?」
「そうね! さっきのアンタみたいにね! 見つかって、すずに何かあったらどうするの? いっそ、私一人の方が上手くいくわ!!」
「お、おい、だからそんなに焦るなって」
山の中をくり抜いてこんな巨大な空間を造ってしまう相手に、さすがの悦田も動揺を隠せていない。
「大体、アンタもいかにも運動できそうなのに、あそこまで鈍いとは思わなかったわよ!!」
「なんだとぉっ!?」
「なによ!?」
クールを意識している俺も、さすがにカチンときた。
「お前、なんでも自分の思うとおりになるとは思うなよ? ちょっと美人でスタイルよくて運動神経が並外れているからって、無敵ぶって調子に乗ってるといつか痛い目に――」
「無敵? そうよ! 悪い? 他人なんてアテにできないわよ、すぐ手のひらを返すしね! だから私は自分だけで! 全部! 全部、自分の力で解決できるようにしたもの! なに? それが悪いの?」
「ちょ、ちょっと、アッちん!」
たまらず志戸が抑える。
「だ、大丈夫だよ、アッちん! アッちんはものすごく頑張ってるよっ! もう誰も馬鹿になんてしてないよッッ!」
目にうっすらと涙を浮かべている悦田を、志戸が小さな身体で抑えた。
「わ、わたしは絶対にアッちんの味方だから!」
しばらくうつむいていた悦田が顔を上げた。
「すず……ゴメンね。ありがと」
そして、俺から顔を背けた。
「………………ゴメン。ちょっと言い過ぎたわ」
くるりと振り返ると、
「見た目で決め付けるなんて私が一番嫌ってる事、言っちゃったわ……ごめんなさい。許して」
俺は、大きく深呼吸をした。
「いや、確かにさっきのは俺のミスだ。みんな、ゴメン」
「悦田、焦るのはわかる。でも、ここが何か、どこかも分からない。さっきのゲートに黒SSが居たということは表立った場所じゃないはずだ。そんな所で闇雲に動くのは危険だろ?」
「そうね、だからこそ、やっぱり私一人で捜してみるのがいいと思うの。すずを危険な場所に連れて行きたくないし、あんたもさっきのようなミスをしたら、今度こそ命取りよ」
「アッちん……」
志戸が悦田の手を握る。
「私は大抵のことは一人でできるようにしてきたわ。こういう場所で捜しまわるのなら問題ないと思う。それに先輩の顔を知っているのも私だけよ」
悔しいけど、反論ができない。
だけど、納得はできない。
先輩捜しを途中で逃げ出すこと。悦田を一人で行かせること。人任せにすること。志戸を危険に晒すかもしれないこと。
自分のヘタレぶりが悔しい……。
『『きんきゅうじょうきょうです』』
ミミとファーファが見事にハモった。
なに!?
時計を見る。まだ夜じゃない。いつもの時間とは違うじゃないか!!
さっきの運の良さに代わって、運の悪さがやってきた。
「ファーファ、こっちも緊急状況だ。自分たちでなんとかしてくれ!」
久々のオートモード。今回はズルをするわけじゃないと心の中で言い訳をする。
『てきのかたちが、いままでと、ことなるため、わたしたちだけではこんなんとよそくします』
「え? 違う形の敵?」
志戸が振り向く。
『てき、2たい、なかま、877たいです』
敵の数が少なくなっている。時間も違う。オートモードは危険かもしれないと頭の中で小さく警報が鳴る。しかし、このままだと――
「ほら。あんたたちはやらなくちゃいけないこと、できたじゃない。私は捜しにいくから――」
「ま、待て! 一旦――」
「すず、気をつけて戻ってね! 私は大丈夫。また電話するから!!」
「アッちん!!」
「あんた、バイク隠しておいて。すずに何かあったら、ただじゃおかないから」
悦田はそう言うと、バイク用の黒いフェイスマスクを取り出し、覆面よろしく被るとコンテナの陰から走り出していった。
「おい!」
あいつ、最初から一人で行動する気だったんだな。あんなもん用意しやがって。思えば、あいつの格好も動きやすい格好をしていた。
追いかけるわけにもいかず、俺たちは新たな問題――イレギュラーが発生した宇宙での戦いを解決するため……
「トイレを探すぞ」
「鍵もかかるし、安全ですもんね」
そうだ。こんな化け物のような場所でもトイレはあるはず。
鍵がかかり、一人になれる。ここで最も安心できそうな場所。
バイクと自転車を片隅に隠した俺たちは、とにかく建物を目指す事にした。
先輩のことは心配だが、ひとまず悦田に任せるしかない。すぐに終わらせて俺たちのできることで先輩捜しをしないと。
はぁ……こんな所でも俺はトイレを探すのかよ……。
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