第33話 風の吹く先


 偲辺学園祭の最終日は、昼過ぎまで来賓者に開放されるが、その後は学園生徒のみになる。これからは内輪向けのお祭りになるのだ。

 対外的な成果発表や学園アピールをする場から、生徒同士が親睦を深める時間に、という事らしい。


 参加も自由となり早々に解散もできるのだが、最後の一稼ぎや出会い目当ての連中が色めき立ち、見て回る側も出店側も盛況のままだった。

 中には男女二人で楽しんでいる姿もあり、羨望やらやっかみの目を向けられていた。


 そんな事には全く無縁の俺と志戸はといえば、廊下のチラシ配りや客寄せパンダとしてのハードワークを訴え、解放してもらう事に成功していた。


「片付け? いいよいいよ、ちゃちゃっとやらせるから。じゃ、おつかれー」

 ――と、2日間の成果であるチケットの束をホクホク顔で数えていた女子が、ヒラヒラと手を振った。

 須鷹よ、もう何度も言ったと思うが、これがお前の言う普段の女子の姿だからな。




 志戸が来賓者用の駐輪場からピンク色の小さな原付スクーター――スズキのレッツGを出してきた。まるっこいフォルムがかわいらしい。これならちんちくりんの志戸でも乗れそうだ。


「バイク乗れるのかよ」

「アッちんと一緒に免許取っちゃいました」

 えへらーと笑う志戸。


 うちの学園がバイクに乗ることを問題視しない事もあり、結構な割合で免許を取る奴がいる。俺も免許は取った。

 続けて原付の購入費用を貯めるためにもバイトをしているんだが、先を越されてしまったか。


 それにしても……志戸って免許取れたのか……まあ、へっぽこだけど不器用じゃないからなあ。



※※※


 トンネルの壁に沿った人一人が歩ける程の簡易な柵付きの通路――作業や避難用に使われるキャットウォークに自転車で進入してしばらく走ると、ヘッドライトを消したセローとレッツGが見えてきた。早めに到着していた志戸が手を振っている。


「ここか」

 オレンジ色の照明に満たされたトンネルの中、出口直前に分岐路があった。

 工事用のメンテナンス道路だろうか? 1車線がずっと奥に続いているようだ。但し、今は車が進入できないように遮断棒が下ろされている。


「巧いことやるわね」

 片手を腰に当てながら悦田。

「ん?」

「ドライバーってトンネルの出口近くになると、どうしても出口の方に集中するじゃない。ここにこんな地味な分岐があるなんて、あらかじめ知っていないと気が付かないわ」

「何かあるだろうと思ってゆっくり走らないと分からないってことか」

「そ、それじゃ……この先に先輩が連れて行かれたの……かな?」

「そうだろうな。突然消えたように見えたのは、ここですぐ横に入ったからだろう」

 遮断棒で閉じられているのも、色々見てしまった俺たちには怪しいカモフラージュに思えてくる。


 俺は遮断棒の隙間から自転車を滑り込ませた。分岐路の奥に向かって背後から風が吸い込まれていく感じがする。


「だ、大丈夫かな?」

「わからん。けど、今のところ一番怪しいしな。とにかく行くしかないだろ?」

「そ……そ、そだね!」

「危なそうだから、すずは帰った方がいいよ?」

 続けてセローを通した悦田が振り向いて言う。

 

「み、みんなと一緒にいくよ!」

 志戸も急いで遮断棒をすり抜けてきた。


 分岐の先は暗く、少しカーブしながら奥へと続いている。風が流れ込み、遥か先でヒョウヒョウと何かが鳴いているようだ。


 遮断棒を越えてしまった3人が並んだ。


「よし。先輩を捜しにいくぞ」


 これが境目なんだろうな――俺は一瞬だけ後ろを振り返った。



※※※


 分岐道路を走り始めてからだいぶと経ったように感じる。時計を見るとまだ5分も経っていなかった。

 徐行しているセローの悦田とレッツGの志戸。そして、自転車をガシガシと漕ぐ俺。

 こんなところを走っている姿を見られる訳にはいかない。迷ったと言い訳するにも無理がある。

 無駄な言い訳を色々と考えながら、焦ってひたすら自転車を漕ぐ。早く隠れる場所が欲しい。


 ここは、本線と違ってオレンジの照明も少ない。

 『制限速度10キロメートル』とデジタル文字が流れるパネルだけが、まだ外界とつながっている気持ちにさせてくれる。


 オレンジの光が増えてきた。『この先ゲート』と点滅する電光パネルが現れる。


 ついにトンネルのものとは違う照明が先に見えた。


 その100メートル手前辺りまで近づくと、俺は二人のエンジンを止めさせた。大きく深呼吸をする。


「まずは俺だけで見てくる」

「私が行くわ。いざという時、あんた逃げられないでしょ?」

 むぅ……。


 悔しいが、悦田の身体能力の方があてになる。ヘルメットで顔もばれないだろう。

「そうだな……頼む」

「この前のようにするの?」

 悦田がヘルメットをコツコツ叩く。

「そうだな」

「ほら。ミミ、頑張ってね」

『しょうちしました』


 悦田は、志戸が両手で差し出したミミの頭を撫で、スッと胸ポケットに入れた。

 顔をひょこんと覗かせたミミがヘルメットにタッチすると、バイザー部分に虹色の光が走った。

 ファーファもレッツGのメーターパネルにタッチする。即席モニタに変化し、こちらも準備ができたようだ。

 ミミもファーファも戦う武器と違ってこういうものの飲み込みは本当に早いな。



 バイクを押し、するするとゲートへ近づいていく悦田。

 ミミの視界から送られてくる映像がレッツGの即席モニタに映し出されている。

 息を詰めながら覗き込む志戸と俺。胸ポケットで顔を覗かせているファーファも、心なしか息を止めているようだ。


 バイクを途中で停めて、そこから10メートル程度にまで単身で近づく。

『機械のゲートじゃないわね。遮断棒と、ボックスに警備員がいるわ。一人』

 悦田のくぐもった声が届く。

「どうだ?」

『たぶん黒SS』

「や、やっぱり……」


「通れそうか?」

『何か事務作業をしてるみたい。青SSのお爺さんみたいにウトウトはしてないわね』

 昼間のトイレ探しの話を聞いたようだ。


「ゲートの向こうは?」

『よくわかんない。少し先に行くと開けているみたい。色々なエンジン音やタイヤがキュッキュ鳴っているわ。駐車場か何かの搬入スペースかもしれないわね』

「開けているのなら、ここでまごまごしているよりも中に入ってしまった方が身を隠せそうだ。何とかゲートを通ろう」


 言ってはみたものの、ノープランだ。

「黒SSに見つからないように通り抜ける方法はないもんかな」

 志戸が頑張って悩んでいる。

「と、トンネルの……電気を消しちゃって真っ暗にするとか?」

『「はぁ!?」』

「ひっ……」

 たじろぐ志戸。

「電気消したら、俺らまで見えなくなるだろうが。お前、あほか」

「そ、そんなぁ……」

『あんた、そこまで言うことないじゃない! すずがかわいそうでしょ! 頑張って考えたんだけど、ちょっと面白いこと言っただけじゃない』

「アッちん、ひど……」

『ほら、あんたのせいで、すずが泣きそう声してるでしょ!』

「「……」」


 冷静さを取り戻すために、俺はいつもの深呼吸をした。

 何か無いか……俺たちが今持っているモノでなんとかできないか……。


「他、なんか無いか、志戸」

 潤んだ目の志戸に再チャンスだ。

「え、えと……それじゃ、警備員さんに目隠しするとか……」

「よし、それでいこう」

「え? それでいいの?」

 知らん。他に思いつかん。ギャンブルだ。


「ミミ、悦田、一か八かだ。ミミが学習している方法を使ってみよう」

『わかったわ。ミミ、よろしくお願いね』

『しょうちしました』

 ミミの淡々としたよく通る声が届いた。


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