第15話 始まる予感は緩和な閑話
9勝3敗。
1年2学期中間テストの俺の成績だ。なんと、圧倒的勝利である。
3敗とは、まあ、追試の数なのだが。
それを聞いた時の志戸はがっくりと肩を落とし、心底悲しそうな表情をしていた。
いや、俺としてはあの状況で追試が3教科で済んだのはかなり素晴らしいことだったのだ。1学期の期末テストでは4敗だったので、むしろ成績が上がっている。
そんなわけで喜んで報告したのだが、志戸にとってはかなりのショックな事のようだった。そりゃあ、全教科
志戸よ、留年とかじゃないから俺は平気だからな。
もちろん、俺の一夜漬けの頑張りはある。だが、ピンチを乗り越えられたのは、何よりも音成先輩のノートと、志戸のおかげだった。
※※※
懸念していた襲撃は、悪い予感どおりテストだろうと構わずやってきた。
テストが始まって30分ほど経ったときだ。
紙に文字を書く音だけの教室で、俺のカバンの中から微かなバイブ音が聞こえた。短く3回、長く3回、再び短く3回。
ファーファの救難信号だ。
昨日、ファーファ達は音成先輩からモールス信号というものを教えてもらったらしい。
『これは、エスオーエスといって、助けてくださいという、いみなのです』 と言っていた。
無表情のファーファ達がなんとなくドヤ顔に見えたのだが気のせいだろう。
モールス信号というものはよくわからないが、長短2つの組み合わせで文字を表現できて、文も伝えられるそうだ。そういう知識を覚えるのは早いのな、宇宙人。
まあ、確かに名案だ。音や振動だけで救難信号だとわかる。
筆記具以外は机の中に入れてはいけないルールだったから、いつものように腹を押されて小声でやりとりなんてできなかったからな。
『すみれ、おうようほう、すみれ――と、おぼえるのがよいのです』
S、O、Sはスミレ、応用法、スミレ?
宇宙人、お前たちの学びはどちらに向かっているのだ。
救難信号は恐らく志戸のカバンからも聞こえたのだろう。
フリーズしているかと思ったが、志戸はチラッとこちらを見ると俺にだけ見えるように小さく親指を立てた。サムズアップか?
そして、緊張した面持ちで静かに席を立つと、カバンを持って教室を出たのだ。
そう、『テストが早くできた者は自己判断で退室できる。』
テスト時だけの特別ルールを活かした合法退室だった。
俺にはできない、逆に志戸にはできる行動だった。
しばらくすると、カバンの中で2回ずつのバイブが聞こえた。
どうやら撃退できたようだ。ひとまず安心して、テストに集中しよう。
ちなみに2回バイブは――
『ちんかしょう、です。かじをけしたあとに、ならすのです』とのこと。無事に収めたと言いたいらしい。
ドヤ顔のように見えたのは気のせいだろう、たぶん。
これも音成先輩からの知識を気に入ったのだろうなあ。
4日のテスト期間、どの教科のテスト中に襲撃されるか分からず、不得意教科に当たらないかひやひやしたものだが、志戸はそのたびごとに親指を立てて早々に退席していった。
テストの休憩時間にいつものトイレに向かい、音成先輩に志戸が頑張って助けてくれたことを伝えたところ、
「さささすが、しししし志戸さんっでっすね!!」
――と喜んでいた。
そういえばここで、テストの時間中に襲撃されても対応できないぞ、とファーファに話していたことがあった。それを先輩は聞いていたはずだ。
あの時、先輩からの返信を読んだ志戸は最初、ほわーっと笑顔を見せていた。だが、読み終わるころには妙に緊張した顔になっていたのだ。
先輩から事前のアドバイスでも書かれていたのだろうか。
まあ、先輩は志戸の手柄という形にしたいんだろう。深くは突っ込まない。何より志戸が頑張ってくれたのは事実だ。
そして、先輩は頑張って教室でテストを受けていると話してくれた。
「ててててテストは……ささべらなくて、いいいから……」
簡単に言っているが、普段隠れている人間がその時だけみんなの居る教室に行くのだ。その視線に耐える精神力はどれほどのことか。
開始直前に入室してテストを受けてすぐに教室を出るそうだが、それだけでも凄まじい勇気を出したに違いない。
「……るるるうねん、でででききないから。せせせ先っぱいだから……」
かわいい声で照れたように、そう言っていた。男子とは思えないけど、これが音成先輩の声なのだ。
俺がトイレに来た時は既に個室に居たから、志戸のように早々にクリアしてこちらに戻ってきているのだろう。
「じゃあ、そんなわけで」
俺は先輩が安心して教室に向かえるよう、すぐに個室から出た。まだ俺たちには姿を見せられないということだから、早めに出て行ってあげないとな。
「あああああ、あの……」
「はい?」
「か、か……かっならず、ゆゆゆ勇気出して、みみんなに会えるように、すすっするかっら……」
なんだそんなことか、無理しなくても別に……いや、違うな。
「いいですね。楽しみにしてます。音成先輩」
「ははははい」
壁越しの先輩の声は、やっぱり嬉しそうに照れていた。
頑張ったといえば、志戸も相当根を詰めていたようだった。
全てのテストが終わった後、例の作戦会議室で志戸の好きな羊かんを「おつかれ」と渡した時は、ぱああっと笑顔になったものの、小さく切った羊かんをミミたちに食べさせようとした姿勢のまま、うつらうつら眠ってしまっていた。
目の前でオアズケ状態になったミミたちが困ったかのように羊かんをじっと見つめる姿には、悪いが爆笑してしまったものだ。
テストが終わり、結果が返った後は、学園祭がやってくる。来週にはクラスで何をするか話し合いが始まるらしい。そこからはまた忙しくなる。
※※※
「音成先輩、それじゃメールって殆どしたことがないんですか?」
いつものトイレトークだ。最近はトイレに籠もっている間の話相手ができた。
「すすす、すスマートホン、もっってないから……けけ携帯だけ……」
「秘密の仲間になったから、みんなで連絡取り合いできればなぁって思ってるんですけど」
「!!」
「どうです?」
「み、みみみみみんなっっでっ、めメール……ぃぃいいなぁ」
そわそわした雰囲気の声が返ってくる。
「ガラケーでもメール打てるでしょ? パソコンは持ってないんです?」
「めめメール、かかか母さんに、うううった事あるくらぃ……ぱぱぱパソコンは、いいい家にあるけっど、ああああまりわからなぃ」
先輩、家でも本ばっかり読んでるんだろうな……。
「それじゃ、今度からメールでもやりとりしましょうよ。声を出さなくていいから、先輩も話しやすいでしょう? 志戸のメールアドレスも伝えますから」
アドレス交換をしたことが無いとの事だったが、ファーファに壁を乗り越えさせて何とか終えることができた。
俺と志戸、同時にメールを打てるようにと同報メールのやり方を教えると、ただただ感激していた。
「これで、秘密の仲間度が上がりましたね」
「ひひひ秘密の、なな仲間……」
なんだか嬉しそうな声が壁越しに聞こえた。
先輩からの初メールは「今後とも宜しくお願い申し上げます」だった。
そして志戸からは「こちらこそ、よろしくおねがい申し上げます」という返信が送られてきた。つられてどうする。
ミミに着ぐるみ着させた画像を送ってきた時のような、いつものフニャフニャしたメールはどうした。
※※※
「そういえば先輩、ノートはちゃんと受け取ってくれましたか?」
昨日、個室に置いて出て行ったのだ。一度はいらないと言っていたノートだが、きっとまた使うだろうし。
「あああ、ああありがと……ややや役にたったかな……」
壁越しにバツの悪そうな声がする。
「先輩のノートのおかげで中間テスト乗り切れたようなもんです。で、お礼したいんですよ。今回ほんとにピンチだったんで」
たぶん、志戸に助言もしてくれたんだろうし。
「そそそそ、そんな……」 と、ひたすら遠慮しているけれど、志戸が、
「ノートのお礼しないと、ですね!」 なんて言うからな。しかも、
「きっと音成先輩って、引っ込み思案な人だと思うんですよ! だから、です!!」
――なんて事を言って、目をキラキラさせていた。
なにが、「だから、です!」 なのかはわからない。
まあ、壁越しで姿も知らない相手だ。お互い知る機会も少ないし遠慮や手探りな所があるので、こういう形でもコミュニケーションを増やすというのは俺も良い考えだと思う。
決して馴れ合ったり、愛想よくはない俺だがお礼しない訳じゃないから安心してろ、志戸。
「でででも、そそそそんなこと、ぃいいい言われても、くぅには……」
「先輩が困ってる事とか、手伝って欲しい事でもいいですよ?」
どうしようどうしようと嬉しそうな先輩に、仲間だから遠慮無用というとそわそわしながらも答えてくれた。
「ええええ……そ、そそそれざぁ……きき気になっってること、ししし調べって、ほしぃ」
という。
「よよよ、よ夜に、へへ変なううう歌声がしたんでっす」
テストの最終日のこと。疲れからかトイレに隠れているうちに寝てしまい、下校時間を過ぎて夜になってしまったそうだ。
目を覚ましたのは、奇妙な歌声が聞こえたからとのこと。
「ふーーーーっん。ふうううううぅぅぅぅううううっって、かか感じで」
先輩のかわいく鼻にかけたハミングはドキドキしたが、確かにそんな音が夜のトイレに微かに響くなんて気持ちが悪い。
少し高めで波打つようなメロディーだったらしいが、先輩ってハミング上手いな。
トイレの外に出ると聞こえなくなったので、トイレだけで聞こえるという。
ポケットから顔を覗かせているファーファが、前のめりになっているように思えるのは気のせいか。なに食いついているんだ。
それにしても、トイレの中だけと言えば……。
「そ、それって……トイレの花――」
刹那。
「ぃぃぃっぃぃいいいいいいいいいやあああッッッ!!!!」
「うっわああああッッッ!!」
驚いたッ! 驚いたああっっ!!
それにしても先輩、ビビリ過ぎだろう!
いつかのような絹を裂くような叫び声がトイレに響いたが、外には漏れなかったのだろう、誰も駆けつけてこない。本当にこのトイレの場所って大丈夫か? 好都合だけど。
「あああ、ああやとくん、ひひひひひどいよ……」
「え。でも、夜のトイレで歌が聞こえるなんて、花――」「ぃぃぃっぃぃーーーーーーーーーやあああッッッ!!!!」
音成先輩はお化けが怖い……と。
「ああああやとくんに、そそそ相談するんざなかった……」
ぐすぐすした声で抗議する先輩にひたすら謝る。いじめるつもりはなかったんだけど。
結果、断固原因を調べて欲しいということになった。
「その音って夜だけなんでしょ? 昼なら大丈夫なんじゃ――」
「ふふふ普段から居るかもしれないざないですか……たたとえば、そそそそそことか……こここのままでは、あああ新しいトイレにひっっこししないと――」
怖いのね。
「夜の9時頃でしたっけ? それじゃ、明日は土曜日ですし、晩に調べましょう。志戸にも伝えておくので、何か思い出したらメールしてください」
※※※
放課後、志戸にそのことを伝えると、
「天文部なので、夜に泊まるのは、へのかっぱですよ! 夜間使用許可をもらっておきます!!」
――なんてことを言っていた。志戸、役にたつじゃないか。
明日は夜の調査のために色々と準備してくることを音成先輩にもメールする。
すぐさま、
『申し訳ないのですが、ボクは学園の外で待機するようお願いします。よろしいですか?』と返信が来た。
それはそうか。姿が見せられないというのに一緒に調査なんて無理な話だ。代わりに門の外に潜むことにするらしい。
ためしに、幽霊が怖いんですか? とメールしたら、
『断じて違います!』と即座に返信がきた。
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