第6話 水は低きに流れ、人は易きに流れる。だけど、一番抵抗の少ない道を選んではいけない。
「おはようございます」
目が覚めると、いつものようにファーファが枕元に正座して俺が起きるのを待っていた。
ということは、朝方に敵が来ていたのか。たぶんファーファは通知したけれど、俺は気づかず目を覚まさなかったんだろう。
もう何度目かになるが、順調にクリアしているようだ。ファーファがきちんと結果を教えてくれる。
今回も殆ど被害はなかったようだ。我が家の朝のトイレ戦争も回避できた。家族への被害も無くてよかったよかった。
※※※
放課後。作戦会議という名のお茶会の時間だ。
「そういえば、少し気になることがあるんですけど」
シャリシャリと皮をむいたリンゴを小さく刻みながら、ふと志戸が口を開いた。
「今日現れた敵、点滅する光が今までと少し違う感じがするんです」
「そうなの?」
むいてもらっていたリンゴを摘まみながら、気の無い返事をする。
ミミとファーファは窓際に腰掛けてグラウンドの様子を眺めている。
「緑の点滅が早くなっているかなぁって」
「んー、そうかなぁ」
最近はファーファに戦闘を任せていることもあり、ちゃんと見ていない。
「今度注意して見てみるよ」
小さく刻んだリンゴの欠片をシャクシャク食べているミミとファーファを眺めながら、ノンキに答える。
「ご、ごめんなさい。ちょっと気になったので……」
「何がどうなるのかわかんないし、まず様子見でいいんじゃない?」
思ったよりも楽勝な宇宙戦争だ。この調子なら結構な数を護りきれそうに思う。
「ところでもうすぐ中間テストだけど、そっちの方は順調?」
「はい、中間テストは教科書の範囲そのままですよね? それならなんとか……」
そうだよな。真面目な志戸だもんな、きっちりこなしてるはずだ。尋ねるんじゃなかった……。
ファーファと一緒にテレビやら漫画やら観てる場合じゃないか。一応社会勉強させているつもりなんだけど。
※※※
『きんきゅうじょうきょうです』
ファーファが教室の机の中から袖を引っ張ってきた。
「えっ!?」
思わず声が出た。周囲の視線が一斉にこちらに集まる。
昼過ぎ。古文の授業中だから当たり前といえば当たり前だ。
先生がテストの範囲をぼかして伝えてくれている最中に奇声を上げればさもありなん。
「見原、どうした?」
「い、いや、思っていたのと違っていたんで……」
「お。きちんと予習してきたからこそのセリフだな。テスト頑張れよ、見原」
皆、こちらを見て楽しそうにクスクス笑う中、志戸は困ったような無理笑いの顔をしていた。
そうか、そっちにも通報が入っているよな。今日は志戸の担当日だった。
志戸にとって授業中の通報は2度目だ。今回はフリーズしていないな。
間もなく緊張した顔に変わった志戸が、意を決したようにこちらに頷いた。
ひとしきりの笑い声が収まり、先生からの有り難いテストのヒントが再開される。
「よし、今から読むところ、非常に重要だからな。見原、ちゃんと聞いておけよ」
ファーファが腹の部分を押してくる。
『こんかいのてきは、いつものさくせんが、つうじません。どうすればよいでしょうか』
囮&盾作戦が通じていないのか。
『てきは2たい。きょりをとられておいつけません』
そうきたか……これはマズい。
……けど、授業が終わるまでもってくれないかな。テストの範囲は知りたい。
静かになった教室の中、手を上げようとしているのだろう志戸がモゾモゾしている。
――と思ったら、顔を真っ赤にし始めた。
『ぜんめつよそう。すいてい10ふんごです』
志戸が小さく手を上げた。
「あ、あの、せ、せんせい……」
先生は朗読しながら、黒板に重要ポイントを書いていて、気が付かない。
そう。今回は志戸が頑張ると言っていた。だけど、そんな小声だと聞こえてないぞ。
「せ、せんせいっ!」
首まで真っ赤にした志戸が彼女なりに大きい声を出して立ち上がる。少し震えているな。
異常に恥ずかしがってるけど、ひょっとして……。
「だれだ? お。志戸か。質問か?」
仕方ない。
「あ。先生スイマセン。腹の調子悪いんでトイレ行ってきていいですか?」
突然立ち上がった俺は、そう言うなり教室の出口に向かって歩き出した。
「あ? 仕方ないな。早く戻ってこいよ。で、志戸はなんだ?」
キョトキョトと、俺と先生を交互に見ている志戸を放っておいて、俺は教室から足早に出て行った。
校舎の端のトイレに駆け込み、一番奥の個室は……修理中なので、その手前に飛び込む。
『ぜんめつよそう。すいてい3ふんご』
ファーファの報告を聞いて、3分じゃ間に合わないかもな、と思う。
個室トイレに鍵をかけて秘密基地化を開始。左壁がスライドし始めた。いつもより遅く感じる。
『ぜんめつしました』
ドアのモニタが点った瞬間だった。
『じょうきょうかいしじ、てきすう、2。こちらは、213。15ふん23びょうけいかして、のこりは、てき、2。こちらは、0です』
ファーファがいつもの淡々とした声で報告をした。
点ったばかりのモニタには薄黒い塊が多数浮かんでいた。
ファーファ達の仲間だったものだ。虹色のさざなみのような光が無くなっている。
近くの恒星の光が当たり陰影が浮かび上がっているが、それは夜の沼に浮かんだゴミのように見えた。
初めて全滅させてしまった。
だが、200個以上の塊が浮かんでいる様子を見ても、不思議と恐ろしくも悲しくも感じなかった。
『どうすればいいでしょうか』
今回は失敗したということだ。
「次はもっと早く対応しないといけないな」
一瞬、パッチワーク柄の塊が、いくつもの穴から綿を見せて視界を横切っていった。と思うと、ふいに画像が途切れた。
『モニタをしてくれていた、なかまのはんのうが、なくなりました』
ファーファの涼やかでも感情のない声が、事務的に告げた。
その時になって俺は初めてドキリとした。
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