第5話 戦って、ただ勝って。
我が校は、新設校といわれる私立高校だ。
何が言いたいかといえば、トイレが快適なのだ。学校では経費削減、掃除のしやすさから和式トイレが多い中、この学校は洋式トイレの数が多い。
教室から飛び出した俺は、教室近くの……は避けて、校舎端の男子トイレに駆け込んだ。
授業中ということもあって、誰もいない。一番奥の個室は……修理中なので、その隣へ。
鍵をかけたと同時に胸ポケットから出てきたファーファが、トイレの中を秘密基地に改造し始める。
自宅のトイレと違うからか、前面のドア改造モニタと壁面ディスプレイ群だけの簡略版が現れた。
最近では見慣れた、敵との勢力を表示するモニタを確認。
画面の一方を覆う護るべき味方、約200。対して敵は……居るの?
――居た……って、3体かよ。
しかし、戦い方を知らない、反撃できないということは恐ろしい。
かつてはこの数で半数がやっと逃げられるか、下手をすると全滅しそうになったというのだ。サメが小魚の群れに踊りかかるような感じか。
最前線の宇宙戦士――こぐまのぬいぐるみが既に準備されていた。カラフルなパッチワーク姿で、これはこれで結構かわいい。
さてと、サッサと終わらせて授業に戻るか。
「ファーファ、いつもの囮&盾作戦、いくぞ」
『しょうちしました』
※※※
「ということで、無事戦闘終了なんだけどな」
『はい』
「まさか授業中に来るとはなあ」
『いつもはあさか、よるおそくですね』
「今回は何とかごまかしたけど、こんなこと何度もできないぞ」
『いえとちがって、トイレはたくさんありますよ』
「そういう問題じゃないっ!」
いつもの作業的な戦闘終了の後、俺達は気の抜けた会話をしながら撤収の準備をしていた。
「お前もこれくらいなら、もうそろそろ自分で対応できないか?」
『しょうちしました。このつぎは、ためしてみます』
「ムリそうなら教えてくれ。スマホの……バイブ機能で通知してくれればいいから」
『しょうちしました』
あ、忘れていた。
急いでポケットの中をゴソゴソと探り始める。
あちこち探ってみたが、よさそうなものが無かった。この場にあるものはトイレットペーパーくらいだが、さすがになあ。しかたない。
「それと、今回の材料だけど、なにも持ってきてなくてな。これで頼む」
ポケットから引っ張り出したストライプ柄のハンカチをファーファに見せる。
今回は少しバタバタしたこともあり、攻撃を何度か受けてぬいぐるみ戦士に破れがきていた。ほったらかしにもできないので、補修をするのだ。
ボロボロのままでは見た目も滅入るだけじゃなく、耐久性や動きなどにも影響があることが何度かの戦闘でわかった。まぁ元々、志戸のぬいぐるみだしボロボロのままにしておくのも気分がよくない。そこで補修することを思いついた。
補修するにしても材料がなければ直せない。ファーファの相転移の能力で転送した上で、その物質を使ってぬいぐるみの形状をリセットするのだ。だからそれ相当の物質量がなければ再構成しようにもできないわけだ。
似たような性質の材料を相転移で送り、その材料イメージを使って破れた生地の部分を再生する。
志戸の持っていたパッチワーク柄のテディベアを触らせると一発で理解した。
そう、こぐまのぬいぐるみ戦士はパッチワーク柄になって、今も現役なのだ。
ちなみに今までの戦士はどうなったのか志戸に尋ねたが、じわ……っとした顔をしたのでそれ以上は突っ込んでいない。
「えっと、この中に入れるんだよな」
俺はゴトゴトとトイレタンクのフタを持ち上げた。中は油膜のような不思議な表面の物質に満たされていた。金属のような液体のような、例えるなら水銀か……ファーファ達に出会った時の塊と似ている。
その中にハンカチを放り込むと、ゆっくりと沈み始めた。
『かいせきをはじめます。そのご、ぶんかい、てんそうをかいしします』
「届き次第、補修もやっといてくれな」
『しょうちしました。かいせきかんりょうまで、1ふん。そのご、こちらのげんじょうふっきをはじめます』
バタバタとモニタが裏返ったりスライドするのを眺めつつ、ファーファに毎度の質問をする。
「で、転送完了時間は?」
『12じかんご、です』
……俺は盛大にため息をついた。
※※※
志戸がぺこぺこと頭をさげている。
放課後。いつもの作戦会議室。まぁ、天文部の部室というか、文化部合同の倉庫というか、がらくた部屋のことだが。
志戸はカバンを両手で握って、「ごめんなさい」を繰り返している。
「今日はわたしの担当なのに……ご迷惑をおかけしましたっ」
他人行儀な……。
「授業時間なのに……アヤトくんの勉強を邪魔しちゃって……」
最初から寝てました。
「お互いでフォローするって話だったろ。気にしてないから、座れって」
「この次はがんばりますっ!」 と宣言するとようやく落ち着いたようなので、作戦会議を始めることにした。
学校なのにどうやったのかとの問いに、腹を壊した理由にしてトイレに司令室を作った話をすると、
「すごい! 鍵もかかるし、グッドアイディアですよっ! わたしには絶対考えつかないですねっ!」 と絶賛してくれた。
自宅でもトイレにこもっているから……なんてことは、話していない。なんというか……かっこ悪くて恥ずかしい。志戸も女子だしな。
※※※
「だけど、今まであんな時間に緊急状況になること、無かったですよね」
ミミとファーファにプリンを掬って食べさせながら、志戸がつぶやいた。
「いつも夜中か明け方だから、おかしな話だよな。お前達、何か知ってるか?」
俺もとろりとしたクリームの乗っかったプリンを小さなプラスプーンでちまちまと口に運びながら、問いかける。
『いぜんから、およそいっていのしゅうきで、あらわれていました』
『ほかにかんれんしそうなことは、わかりません』
クリームの付いた口元を志戸に優しく拭いてもらいながら、2体の宇宙人が答える。
こいつら役にたたねえ。
「まぁ、たまにはこういうこともあるってことか」
グラウンドで声を出している野球部の練習風景を見ながら、本日の作戦会議は無事終了した。
※※※
「あにき、ちゃんとヨーグルト、食べなよ?」
妹のそらが目ざとく見つけてツッコミを入れてくる。
最近、朝食にヨーグルトが出てくるようになった。朝から酸っぱいものを食べる気はしないので、食べた振り程度で逃げようとしたのだが。
「最近、トイレにこもらないし、ぜったい効果あるんだって!」
そう。ここ1週間、朝のトイレ戦争は回避できている。
ファーファが自分なりに戦ってくれているのだ。
大体決まった時間に緊急状況発生を知らせてくるがそのまま自力で戦っているらしく、しばらくすると戦況報告を教えてくれる。
ファーファも戦うことに慣れてきたようだ。
戦闘をしているというより作業を行っている感覚なのだろうか。それゆえ無難にこなせているのかもしれないが。
しかし、これは楽だわ。ファーファは経験値が増えるし、俺の睡眠時間も増える。さしずめスマホゲームのオートモードってところだな。
異星人の宇宙戦争は拍子抜けするほど順調だ。
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