第2話 君をよぶな
志戸も俺もバス通学だ。
通っている高校は、私立
この町は大都市からかなり離れた山間で、河川が数本通る拓けた盆地だ。
但し、ど田舎と思うなかれ。雰囲気は郊外の新興ベッドタウンだ。まあ、田んぼもたくさん残っているけど。
駅周りの中心地はこじんまりとはしているが、ビルも建っている。
偲辺市はいわゆる企業城下町と呼ばれる町だ。自動車の豊田市やダイハツ町、化学の宇部市、変わったところでレジャー産業の浦安市と言えば分かるだろうか。一企業の関連会社が集まり町を形成していて、住人も殆どが関連会社に関係している。
この町は偲辺産業という企業のお膝元になる。明治の頃に窯業から興り、化学、機械、セラミックスと発展して、今は薬品、電子デジタル関連など。ありとあらゆる産業に首を突っ込んでいる世界的な企業だ。
本社や工場などは大都市や海外に移り、本家本元のこの地は研究機関などの一部が残るだけの静かな町である。
田舎と住宅地と研究施設、そして移転した偲辺産業施設の空き地が混じったそこそこ発展した田舎の町。それが俺たちの住んでいる所だった。
※※※
「み、みはらくん、そ、それじゃ、れ、連絡さきを教えてく、くださいっ!」
前の座席に座ってしばらくおとなしかった志戸さんが、ブンとばかりに振り向いてきた。片手には水兵服を着たこぐまが描かれたスマホカバー。
運よく、乗客は居ない。
「お、おぅ」
「い、いざというときに、アレです、なにかあったときにれ、連絡しないといけないとですから、ととうぜんですよね!」
「ま、まぁそうだな」
いつも冷静を心がけている俺だ。志戸さんのように分かりやすくはないが、声が上ずらないように気をつける。
それにしてもガチガチだな。安心しろ、俺も女子の連絡先を教えてもらうのは初めてだ。
お互いのスマホを近づけてコソコソする。お互いに慣れないことにあたふたしながらも、なんとか交換できた。
下の名前、すずみというのか。
これで秘密の仲間レベルがさらにアップしたってことだ。
「こ、これでヒミツ仲間ですねぇ」
見原礼人、と登録されたスマホを片手に、えへらと笑う志戸さん。
『それでは、わたしもみはらくんに、わたしをわたします』
志戸さんの胸ポケットに移ったミーファがひょいと顔を出した。
今、なんて言った?
ミーファの日本語はそこそこきちんとしているが、どこか違和感がある。
『わたしは、スズミとともにいますので、みはらくんには――』
「君、は付けなくていいよ。ムズムズする。アヤト、でいい」
『しょうちしました。アヤト、いつもいっしょのものはなんですか?』
とっさには思いつかないが……そうだな……。
「しいて言えば、こいつかな」
手に持っていたスマホを見せる。
『しょうちしました。アヤトにはもうひとりのわたしをあずけます』
そういうと、ミーファが小さな腕を伸ばして俺のスマホにタッチした。
ミーファが触れたところから虹色の奇妙な色がスマホの表面をさざなみのように広がっていく。
!!!!
急にスマホがじわじわと動き始めた! とっさに落としそうになったが、スマホの一部が俺の指に引っかかるように変形し……ひときわ、くにょんと凸凹が付くと……人の形に変わった!?
落ちないように俺の指にぶら下がっている姿は……ミーファそっくりだ。
あわてて落ちないように握る。が、凸凹のしっかりした柔らかい曲線の握り心地に思わず手を開いてしまった。再び、ぶらんとなるミーファの……コピー?
『なぜ、おとそうとする、のですか?』
志戸さんのポケット側のミーファが不思議そうに言う。
「いや、ちょっと、びっくりしたもんで……」
正直な所は、この二人には言えない。
『わたしのいしきを、わけました。もうひとりのわたしです』
淡々とポケット側のミーファが説明した。
ええええええええっ!? そんなことできるんかいっ!?
※※※
『ちきゅうでは、そんざいをにんしきするためには、なまえがひつようとききました』
ミーファコピーを俺の胸ポケットに入れたのを確認した、志戸さん側のミーファオリジナルが提案してきた。
「ミーファの文明では名前はいらないんだったよね」
自分の胸ポケットのミーファオリジナルの頭を優しくなでながら志戸さん。
「どっちもミーファだと、わかりにくいもんね」
そして俺の方を向くと、
「名前をつけてあげないとですよね……あ、あ、アヤト……」
志戸さんの目線が泳いでいる。
「え?」
「え……っと……。クン、を付けると恥ずかしいって言ってたから……」
小さな顔がまっかになっている。
「それ、ミーファに言っただけなんだけど……」
「え?」
途端に首筋までまっかになる志戸さん。勘違いした……のか?
「いや、ムリしなくていいから」
「じゃ、じゃあ、あ、アヤトくんで」
視線をずらすくらいならムリすんなって。――というか、引っ込みが付かないんだろうな。
「お、おぅ、よろしくな、志戸」
俺も頑張ってみた。志戸が頑張ってるから仕方ないよな。
「しかし、名前っていってもなあ」
「それじゃ、ミミとファーファはどうですか? ミーファが二人にわかれたので!」
志戸。今日初めてちゃんと会話したけど、お前かなり安直だな。
バスが停留所に止まり、4人の初の作戦会議? は終了した。
※※※
「あにき! 電話してんのにスルーしてたでしょっ!!」
帰宅した俺を待っていたのは、エプロン姿で目を三角にし、ふきんを左手に菜箸を右手に握った我が妹だった。
あずき色のジャージに、長い髪の毛を無造作に編んでアップにして留めている。家の中限定、完全家事モードだ。
気が強い子猫のような雰囲気で、図体だけはでかい兄貴を見上げている。
「途中で鶏肉を買い足してきてもらおうと思ったのに、なんで出ないのよっ!」
ああ。今日の夕食当番は、そらだった。両親がいつも仕事で遅くなるので交代で家事をやっている。
「マジかよ、悪い! いつ頃? 今から行く――」
やべえ、気が付かなかったぞ。とっさに胸ポケットからスマホを……あ。
スマホは宇宙人の女の子になっていました。
「もーいーよっ! 有り物でなんとかしたから! 晩御飯、親子丼もどきになったけど、文句いわないでよねっ!!」
――と、文句を言いながらも妹が用意してくれたのは、鶏と牛とイワシを卵とじした丼。いわば超他人ハイブリッド丼だった。
これ、嫌がらせ……でも無いんだろうなぁ。
※※※
お怒りの妹には、プリンと朝の犬の散歩を交代することで機嫌を直してもらった。部の朝練があるらしく、なかなか良い提案だったようだ。中学も2年になれば色々と忙しいんだろう。
親父とお袋が帰宅するのはたいてい0時を回る。それまでに預かったファーファをなんとかせねば。
勉強机の上で漫画雑誌に腰掛けているファーファ。
「ファーファ、宇宙戦争の前にまずはこっちからのお願いだ。うちの家族だけど、さっきのが俺の妹の、そら。あと、親父とお袋、犬のトーンが居る。分かっていると思うけど、ばれないようにしてくれ。まあ、トーンは大丈夫だと思うけど。あと、スマホ返してくれ」
『しょうちしました』
美少女の姿がブンとぶれたかと思うと、スマホが現れた。
『これでいかがでしょう』
声は聞こえるが。
「ん? ファーファはどこ行った?」
『ここです』 スマホがガタガタ揺れる。
……気持ち悪い。
「さっき怒られたとおりだ。電話やメールが来たら俺に教えてくれ」
『しょうちしました。このきかいのきのうは、わかりましたので、だいじょうぶです』
スマホの角がクイクイ動く。
……やはり気持ち悪い。
「ごめん。人型に戻ってくれ」
『しょうちしました。わたしもそのほうが、なれています』
元のミニサイズの美少女に戻った。まあ、元の元はスマホなんだが。
※※※
「それで、どうやって戦ってるんだ?」
『ぺんと、かみをいただけますか?』
雑誌からノートの上に降り立ちペンを抱えたファーファが、せっせと何かを描き始めた。
『ここが、わたしのほしがあったところです。そして、ここがちきゅう』
ヨレヨレした○を描き、そこからフラフラした線を引く。
「悪い。まずもってわけが分からん」
グリーンの瞳で、ジッとこちらを見上げるファーファ。
『ごめんなさい。では、もうすこしわかりやすくしますと――』
悪戦苦闘するファーファを見ながら、俺は志戸の姿を思い出していた。
それから、4時間は経ったか。
『アヤトのりかいりょくは、そうていよりひくいものでした』
「うっせえ。お前こそ意識交流ばっかりに頼ってたから、言葉で伝えるのヘタクソじゃねーかっ! 地球人は言葉で言わないとわかんねーんだよっ」
『いしそつうにかんして、まなぶひつようがでてきました』
まあ、4時間の間に何があったかは思い出したくも無い。声は枯れて肩を揺らしてあえいでいる俺と、無表情ながら疲れきっているようなファーファ。
かなりの疲労感と数十枚の落書きが散らばる中、何とかお互いのコミュニケーションは取れたようだ。
ミミやファーファは意識体だ。物体に干渉してイメージ通りの物体に再構築することができるらしい。スマホを人間の姿にできるわけだ。
そしてイメージに基づいた動きをさせられる。ファーファ達の技術なのだが、地球人からすると魔法だ。
『そうてんい、ということばがちかい、とおもいます』 だそうな。
言葉はたどたどしいのに、難しい用語は知ってるのな。
相転移だが、外見や機能をファーファがイメージできないと再構築できなかったり不完全になる。
ファーファ達が勝てないのは、戦うことがわからなかったため武器を知らないのと、その武器もどういう機能をするのか想像できないからのようだ。
剣を見せても平らな板としか判断できず、切り裂く道具という発想ができない。
棒を握ったら何かを叩こうとする人間とは根本が違う。
ちなみにファーファに棒を握ったらどうするかを尋ねたら、
『たおれるようすをみたり、くるくるまわしてみます』 と答えた。
そして、もうひとつ重要な技術が、その武器を送り届けて操作する方法だ。遠く離れた宇宙のどこかに送り届ける手段。
尋ねると、空間をずらして意識体を移動させる手法を応用するとのこと。
ファーファが言うには、地球人も夢という形で意識を別空間に飛ばしているじゃないですか。――だそうな。距離もすっとばしてリアルタイムで意識を交流させているそうだ。
ファーファ達はそれを自由自在に宇宙的距離で行えるらしい。
そこで、相転移の情報を意識と共に送り、向こうで再構築する。
地球の技術でいうとFAX、いや最近でいうと3Dプリンタと似ているようだ。
日本人向けに言うと、物に宿る付喪神が人の姿に顕現するとか、霊魂になったら十万億土やら三千大世界を超えて極楽浄土に移動してるでしょう? ということらしい。
宇宙人のくせにマニアックな知識を持っているもんだ。
当面の目的は、追いかけてくる敵からファーファの仲間達を助ける。
ファーファに武器を教えて、それがどんな動き、機能をするのか教える。
でもって、それを戦場に送り届ける。送り届けたものを上手く活用する。
俺がやらなければいけないのは、この辺りのようだ。
さらにヤイヤイと言い合いしているところに、ファーファが突然電子的なメロディを発した。美少女の口から電子音が出てきて、俺はイスから転げ落ちそうになる。
『アヤト、スズミからメールです』
着信音かよ!
「ファーファ! びっくりするからいきなり着信音出すなよ」
ジッと見つめるファーファ。
『いきなり、ですか……では、ステップアップトーンに――』
「お前から変な音が出るからびっくりするの!」
『では、マナーせっていでバイブがよいですか』
「女の子がバイブがよいとかいうな!」
突然、俺の部屋のドアが開いた。
「あにきっ! さっきからお風呂入ってって言ってるでしょっ! 聞こえてんの!?」
ドアを開け放ち、タオルを頭に巻いたお怒りの妹が仁王立ちしていた。
「!!」
とっさにファーファを掴んで胸ポケットに放り込む。
「か、勝手にあけるなよ! 分かったから! 入るから!!」
我が妹は自分の部屋を勝手に開けると怒るくせに、兄上の部屋にはズケズケ入ってくる。
「洗濯当番の身にもなっ――」
胸ポケットをチラッと。
形の良い脚が逆さにはみ出ていた。
慌ててポケットを押さえて立ち上がる。
「あにき。なんかはみ出てたけど……」
「スマホのストラップ! ストラップだ」
「なんか話し声、してたけど……」
「テレビだ、テレビ」
「点いてないけど……」
「……風呂入ってくる」
風呂上りの湯気を立てている妹のそばをすり抜けて、俺はそそくさと逃げ出した。
※※※
足早に階段を下りる。
マズイ。あの言い訳はマズイ。
そしてわかった。
我が家ではファーファを迂闊に出せない。勝手に部屋に入ってくる我が妹は特にヤバイ。鍵をかけたいが両親の主義で部屋に鍵は付いていない。
『アヤト、スズミからのメールはどうしますか?』
胸ポケットから突き出た両脚をモゾモゾさせながら、ファーファがモゴモゴ言っている。
ああ! 忘れていた! 慌てて押さえつけていた手を離す。あー次から次とっ!
いや、落ち着け、俺。メールが来ているらしいから、まずはチェックしないと。
俺はとっさに風呂の手前にあるトイレに入った。洋式トイレに座り、一旦小休止。状況を整理しなければ。
ポケットからひょこっと顔を出したファーファが、
『メールをよみましょうか?』 と言ってきた。
お。
おおおお!
一人で居られる場所、誰も来ない鍵のかかる場所……。
トイレ! ここはイイぞっ!
さすがの我が妹もここまでは入ってこれまいっ!
俺は洋式トイレに座ったままニヤリとした。
「ファーファ、ここなら安心だ! メールを見せて……じゃないな。教えてくれ」
『しょうちしました』
ファーファが読み上げる。
『初めてメールします』
なんだか変な気分だな。
『こんばんは、志戸です、さっそくメールしてみました、届いていますか、今日はほんとにありがとう、アヤトくんが居れば百人力ですよ、ミミも喜んでいます、もちろんわたしもうれしいです、ファーファは元気ですか、じゃあ、またあした、おやすみなさい』
女の子からのプライベートな初メール。
滑らかだが無感情に淡々と読まれるとなぜだろう……すごくもったいなかった気がする。
ファーファをスマホに化けさせて直接読んだほうが良かった。こいつのことだ、絵文字なぞあっても端折ったに違いない。
まあ、ウレシハズカシとバタバタした結果が、ちょっとした挨拶メールだったところはホッとしたような残念なような。
返信に色々悩んだものの結局アッサリ気味の文をファーファに伝え、メールを送らせた。
ファーファが送信確認のため読み返しを始めた時は、すぐさま送信確認機能をオフにしたのだが。
あぁ、今日一日でだいぶと神経がすり減った気分だ。
ぐったりしてトイレから出ようとすると、ファーファが淡々とした声でさらに追い討ちをかけてきた。
『ミミから、きんきゅうれんらくです』
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