第38話

 カラミティがワイバーンに乗って移動をした数時間が経ち日が暮れ夜も更けた頃、リリィは宿の一室でベッドに寝転んでいた。

 ギルドの依頼を完了し、食事が済ませてようやく寛ぐことができたのだ。


 ベッドに寝転んでいるリリィは、従魔たちの成長しているが、それは思っているよりも遅く、もどかしく感じていた。

 だが、元がEランクであったグレイウルフのリルがCランクに、Fランク出会ったコボルトのアイギスとイージスがDランクになっていることを考えれば、十分すぎる成長である。

 それでも、魔の森の中心にいるカラミティに会おうとするならば、力不足であることは確かであった。

 かといって、急激に成長させようとすれば、強力な魔石を与えなければならず、そうなると命の危険があるため、それをするわけにはいかなかった。

 それがわかっているからこそ、リリィはジレンマを感じていた。

 しばらくの間、ベッドの上でそのことで悶えていたが、やはりじっくりと育てていくしかないと、結論づけた。


 一体ラミィは、どうやってあそこまで強くなったんだろう?

 名前持ちになったから、名前無しと比べて成長は早くなる事は、リルたちを育ててるからわかってる。

 それでも、ラミィみたいな急成長はあり得ない。

 初めてあった時のラミィはEランク、次にあった時はびっくりするくらい大きくなっていたけど、よくてもDランクだと思う。

 それから、10年経っていたとはいえ、再会した時は、少なくてもAランクになっていたわ。

 Bランクなら、まだ納得できたかもしれないけど、さらに上のAランクというのはおかしい。異常よ。

 そもそもCランクからBランクに至るまでが大きな壁なのに、どうすればAランクになれるのよ!?

 ……ううん。本当は分かってる。

 わずか10年でAランクになったという事は、相当な無理をしたということを。

 ラミィは10年の間、自分よりも強い魔物を倒して、魔石を食らってきたのだろう。

 それは危険を伴うが、うまくいけば強力な力を短時間で得られる。

 ラミィはそんなことを繰り返していたんだな、と。

 でも、そんな危険な事を、リルたちにはできない。


 そう考えたリリィはため息をつく。


 これ以上考えても仕方ないと思い、眠ることにする。

 その前に、とリリィは、カラミティとの繋がりを確かめる。

 一年前にカラミティと再会してからは、毎朝毎晩カラミティとの繋がりを確認するようになり、いまではそれが習慣となっていた。

 そして、今もそれを行ったのだが、いつもと違う感覚に戸惑いを感じた。

 いつもであれば、北にある魔の森の方からカラミティを感じるのに、今は、その反対に近い南の方から感じたのだ。

 しかも、繋がりが徐々に弱くなっていることにも気づいた。

 そのことに、一瞬ラミィが死にかけていると思ったが、すぐにそうではなくラミィが急激に遠ざかっているのだとわかった。

 だが、そのことにおかしい、と思った。

 いま感じている速度で移動しているのであれば、そのことに気づかないはずがない、と。

 例え小さくなっていたとしても、何かしらの痕跡を残しているはずだ。

 しかし、先ほどギルドにいた時に、それらしい話はなかった。

 もちろん、リリィが聞き逃していたという可能性もある。

 その事も踏まえて、もう一度ギルドに向かうべきだと判断し、外していた装備品を身にまとい部屋を飛び出す。

 ギルドにたどり着いたリリィは、受付カウンターにいる受付職員に話しかける。


「ねえ、今日魔の森から巨大、かはわからないけど、トカゲが現れたという話は聞いてない?」


「魔の森からトカゲ、ですか?私は聞いていませんけど」


 職員はそういうと、近くにいた他の職員たちに顔を向けるが、その職員たちも首を横に振る。

 それを見ていたリリィは、誰もそんな話を聞いていないことがわかった。


「そう。それなら、変わった事はない?」


 そう尋ねてみると、その職員は首をひねり考え込む。


「……そうですね、変わった事となりますと、ワイバーンが久しぶりに目撃された事、くらいでしょうか」


「ワイバーン、ですか?」


「はい、そうです。しかも、やや小型らしいです」


 それを聞いたリリィは、もしかしてそのワイバーンにラミィが載っているのかも、と思った。

 それならば、ラミィらしいものが移動したという話が出てこないことに納得できる。

 となれば、ラミィが一体どこへ向かったのかが問題だ。


「ねえ、地図はある?この近辺だけでなく、広く載っている地図」


「ええ、あります。少々お待ちください」


 職員は、そういうと奥に引っ込みしばらくして、一枚の巻物を持ってくる。


「お待たせしました。こちらがここにある一番広く載っている地図です」


「ありがとう」


 リリィは地図を受け取ると、カウンターに広げ現在地を探す。

 それが見つかると、カラミティが移動している方向へと指でなぞっていく。

 すると、ある荒原にぶつかる。

 そこは、魔境と言われている荒原であり、通称べへモスの巣、と言われている場所であった。


 ここだわ!ラミィは、この魔境に向かっている。

 という事は、ラミィの目的は、ここに生息しているべへモスね。

 でも、べへモスって、名前くらいしか知らないわ。

 この職員さんは知ってるかな?


「ねえ、あなた。べへモスって、知ってる?」


「ええ、もちろんです。有名な魔物ですからね」


「ならよかったわ。私、名前くらいしか知らないから、教えてもらっていい?」


「いいですよ。べへモスは、5mから6mほどの大きさがある牛に似た姿をした魔物です。その体は、黒光りしていて、鋼よりも硬い筋肉を身に纏っています。その硬さは、ドラゴンの鱗に匹敵するほど、とも言われています」


「ドラゴンの鱗に!?という事はべへモスはSランクですか!?」


「もしくは、それに近いAランク、と言われてますね。まあ、どちらにせよ、人族には手の出せない魔物には変わりはないですけど」


 それを聞いたリリィは、黙り込む。

 カラミティと再会して1年経ち、さらに強くなったであろう事はわかる。

 しかし、Sランクに至ったかと問われれば、首を傾げざるを得ない。

 そんなカラミティが、Sランクと思われるべへモスに挑もうとしていると分かり、血の気が引く。

 だが、今のリリィでは、カラミティを手助けできるほどの力はない。

 そのことがわかっているから、どうすればいいと、考え込んでしまった。


「しかし、なんでまた、べへモスのことを?ここから馬車で10日以上離れた場所に住んでいるですよ?」


「……ラミィが移動してます。多分、目的地はそこです」


 それを聞いた職員は息を呑む。

 もし、それが本当であれば、自分の手には負えない重大事であるからだ。


「それは、本当ですか!?」


「ええ、本当です。目的地については、確証はありませんが、感じられる方向からその確率が高いと思います」


「と、とりあえず、マスターに報告してきますので、待ってて下さい」


 職員は慌てて、マスターのいる執務室へと向かっていく。

しばらくすると、職員は戻ってきて、リリィに伝言を伝える。

その伝言は「何もできる事はないわぁ。大人しく静観する事ねぇ」という無情なものであった。

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