第22話

 リリィとヴィオが、そんなことをしているうちに、レッドボアの解体は終わったようだ。

 ジェフは、手に持っていた何かをリリィに向かって放り投げる。

 リリィは慌てて受け止めると、15cmはあろうかという紅い魔石だった。


「あの、これは?」


「リルに与えてやれ」


「でも、これって、レッドボアの魔石ですよね?流石にこれはいただけませんよ」


 とリリィは固辞するが、それを見たジェフはため息をつく。


「昨日話しただろ。リルを強化する、と。だから素直に受け取れ」


 ジェフにそう言われるが、リリィは魔石を見つめ悩む。

 じれったく感じたジェフが口を開こうとした時、ヴィオが咳払いをした。

 ヴィオの様子から、何か考えがあると判断したジェフは、一歩下がる。


「リリィさん、何をそんなに悩んでいるんですか?」


 ヴィオの促され、リリィは悩みを口にすることにした。


「レッドボアは、Cランクの魔物ですよね?」


「ええ、そうです」


「しかし、今のリルの強さはCランクには至っていません。格上の魔物の魔石を食べれば、その分急激に強くはなりますが、危険度も増すんです。だから、与えるべきかどうか悩んでしまって」


「なるほど。そうだったんですか。そんなことも知らずに与えようとしてたとは、これは私たちの落ち度ですね。しかし、どうしますか。ハイリスク、ハイリターンを承知の上で与えるか、それともノーリスクでいくべきか。ジェフ、どうしますか?」


 ヴィオに振られたジェフも考え込んでしまう。

 まさか、魔物にもこんなリスクがあるとは思わなかったからだ。

 だから、格上の魔石を与えるとどれほどのリスクになるのか、判断がつかない。

 そもそも、テイマー自体がそれほどいるわけではないので、こういった情報が手に入りにくいという問題があった。

 情報がないため、素直に聞くしかない。


「嬢ちゃん、どれくらいのリスクを伴うんだ?」


「リルとの力の差がどれくらいあるのかによって異なるんですが、このレッドボアの魔石を与えた場合、良くても五分五分、だと思います」


 リリィの答えを聞いて、ジェフは思わず頭を掻いてしまう。

 リスクが高すぎる、と。

 良くて、ということは、実際には成功する確率は5割以下ということだ。

 せめて失敗する確率が3割、いや、4割くらいでなければリスクを冒す気にはなれない。


「辞めだ。リスクが高過ぎる。ランクの低い魔石にしよう」


「そう言いますが、今のこの森の様子からすると、ちょうどいい魔物と遭遇するのは難しいかもしれませんよ?」


「仕方ない。その時は一旦引き返えそう」


「ジェフがそういうのであれば」


 ヴィオはジェフの決断に素直に従うことにした。


「という訳で、その魔石は預ける。嬢ちゃんが大丈夫だと思ったときに、リルに与えてくれ」


「いいんですか?私が持ち逃げするかもしれませんよ?」


「はっ!そういうことをする奴は、そんなことを聞いたりしねぇんだよ。それに、その程度の魔石なんぞ、俺たちにとっては簡単に手に入れられる」


 ジェフは、そういってニヤリと笑う。

 が、そこにアンリが水を差す。


「ちょっと、ジェフ。それは言い過ぎでしょ。流石にこのレベルとなると一苦労よ」


「アンリ、ジェフが見栄を張っているんだから、そういうことは思っても口にするべきじゃない」


 ビリーが、アンリの方に手を置いて小声で咎めるが、その場にいる全員に聞こえていた。


「お・ま・え・ら・なー!」


「何よ!」


 と、ジェフとアンリが口喧嘩を始めてしまった。

 その様子を見ていたリリィはポカンとしていたが、ビリーとヴィオは溜め息をついた。

 しばらくしても止まない2人の喧嘩を見ていたいリリィは、くすくすと笑いだす。


「なんだか、お父さんとお母さんみたい」


 リリィの言葉が聞こえたのか、ジェフとアンリはリリィの方を向きながら互いを指差し、


「「誰が夫婦だ(よ)!」」


 と、2人の息はピッタリとあっており、リリィの指摘した通り夫婦としかみえない。

 その事が2人にもわかったのだろう、互いに顔を背ける。


「はいはい、お二人ともそこまでにして。リルを強くさせるために、魔物を探しに行きますよ」


 ヴィオにそういわれ、ジェフとアンリは渋々といった感じで移動の準備を始める。

 その様子を見てなおさら、お父さんとお母さんみたい、とリリィは思った。


 再び魔物を探すために移動を始めるが、予想した通り、なかなか出会うことができずにいた。

 出会えてもGランクのスライムや魔蟲と呼ばれる、蟲型の魔物くらいだった。

 これでも多少は足しになるかと思って倒し魔石を得ていたが、それで得られる力は極僅かであった。

 仕方なく、一旦休んで昼食にする。


「こうも出会えないとはな。本当に何が起きているんだ?」


「わかりません。この様子では、一旦別のところに行った方がいいかもしれませんよ」


「かもしれないな。その前に、どうだ、嬢ちゃん。カラミティがいるかわかるか?」


「えっ!?あ、はい。ちょっと待って下さい」


 急に話を振られたリリィは慌てたものの、話を理解すると目を瞑り、近くにカラミティの存在を感じられるか集中する。

 すると、感じられたものはリリィの予想とは違ったものだった。

 目を開いたリリィは、その事がどういうことなのか、考え込んでしまう。

 その様子を見ていたジェフたちは、戸惑う。

 何があったのか、と。


「どうしたんだ、嬢ちゃん?」


「あ、いえ、その、よく、わからないんです」


「わからない、とはどういう事だ?」


「今までしたら、ラミィの存在は近くにないと断言できたのですが、今探ってみたところ、近いような、遠いような、よくわからないものを感じとったんです」


 リリィの答えを聞いて、全員納得する。

 そんな矛盾したものを感じ取ったのであれば、悩むのも当然だ、と。


「しかし、今まではそういったもんも感じ取れていなかったことを考えると、近くにいる、という裏返しなんじゃねぇか?」


「いえ、そうとも言えませんよ」


「なんでだ?」


「カラミティの体の一部が残っていて、それに反応しただけ、という可能性もあります」


「なるほどなぁ。そういう可能性もあるのか。どうだ、嬢ちゃんそこまでって、その顔は分からねぇ、てことか」


「はい、すみません」


「謝る必要はねぇさ。なにせ、ここには、カラミティに関係する何かがあることがわかっただけでも十分だ」


「そうよ。今までは、これというものは見つかってなかったんだから、大きな進展よ。これは」


 ジェフたちがいうように、この森にはカラミティに関する何かがある。

 それがわかっただけでも、大きな意味がある。

 今までは状況証拠から、カラミティがいたのだろうとしか言えなかったのが、ここには確実にいる、もしくは、いた、と断言できるのだから。

 それが、体の一部だとしても、それを調べれば、何かしらが判明することも。

 そうと分かれば、この森を限界まで調査するのは必然となった。

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