第9話
巨大な獲物を目の前にしたトカゲは、どこから食べるか迷った。
いつもであれば、胸部だけを食べるのだが、これだけの獲物は二度と手に入らないかと思うと、無駄にはできない。
散々迷った挙句、腹部から食べることにした。
場所を移動し、女王アリの腹部を正面にする。
正面から見ると、圧倒的な大きさで圧倒される。
なんせ腹部だけでも、ビッグアントの体積よりも大きいのだから。
下手をすれば2~3匹分はありそうだった。
トカゲは口を開き、腹部に噛み付く。
すると、腹部の皮が破け体液が溢れてきた。
女王アリの体液は、今まで食べてきたアリよりも濃厚で美味く感じた。
その体液をゴクゴクと飲み干していくが、次から次へと出てきて飲み終わらない。
しばらく飲み続けると、腹がだいぶ満たされた頃、ようやく体液を飲み干すことができた。
しかし、体液を飲み干したにもかかわらず、腹部はまだ膨らんでいる部分があった。
トカゲは一旦口を放し、膨れている部分を前足で触れてみる。
触ってみると、ブヨブヨと柔らかい感触がする。
どうなっているのか気になり、爪を使い腹部を切り裂く。
切り裂かれ中身があらわになると、そこにあったのは、白く丸い塊がいくつもあった。
それは女王アリが産む直前の卵であった。
トカゲはそんなことも知らず、アリの卵をパクリと食べてしまう。
口の中に入った卵は、ブチュッと潰れしまう。
卵の中身は、女王アリの体液と比べると淡白だが、普通のアリと比べると少し濃いかな? というくらいだった。
ただ、食べた時に潰れる感触が面白く、次々に口に入れては卵を潰して飲み込んでいった。
全ての卵を食べ終えたトカゲは満足して、食休みと言わんばかりに女王アリから少し離れると伏して目を閉じてしまう。
すると、いつの間にか眠りに落ちてしまう。
翌日目を覚ましたトカゲは、一瞬どこにいるのかわからなくなって周囲を見渡し、女王アリを目にしてアリの巣の中にいることを思い出す。
いつもであれば、目を覚ますと獲物を狩りに行くのだが、今は必要ない。
一晩眠って腹を空かせたトカゲは、食べ残した女王アリに近寄る。
女王アリの残った部分は胸部と頭部、そして足だが、足はほとんど食べる場所はないので、食べれるのは胸部と頭部だ。
その2つを見比べ、頭部は頑丈で食べづらそうに思ったので、胸部から食べることにした。
足を退けて、胸部へと噛み付く。
が、胸部の皮——外殻——は思ったより硬く牙が刺さらない。
トカゲは、顎に力を入れて噛むと、パキッという音ともに殻が割れる。
殻が破けてしまえば、中身は柔らかい肉なので、簡単に噛みちぎることができた。
そのまま破れた殻へ口を突っ込み肉を食べ続けていくと、ガリッと硬いものを噛んでしまう。
なんだと思い、その硬いものを口の外へ吐き出す。
吐き出したものは、女王アリの魔石で、大きさは10cm近くもあった。
今までトカゲは、アリの魔石を殻ごと食べていたので気づいていなかったが、アリの魔石の大きさが2~3cm程度なので、段違いに大きいことがわかるだろう。
トカゲはじっと魔石を見つめていたのだが、唐突にパクッと咥えてそのまま飲み込んでしまう。
魔石を飲み込んだトカゲは、また女王アリの胸部を食べ始めた。
胸部を食べていると、腹に違和感を持った。
なんだか、熱いのだ。
その熱は徐々に体に広がっていき、しかも力が抜けていった。
ついには、完全に全身の力が抜けてしまい、その場に倒れてしまう。
トカゲは、この状態に身に覚えがあった。
初めて魔石を口にした時だ。
あの時は、運良く生き延びることができた。
このままでは危ない。吐き出さなければ。
そう思うのだが、身体は言うことを聞かず吐くことができない。
しかも、段々と意識が薄くなっていき、
しかし、これは意識を失うことで余計な力を使わせないための本能だった。
トカゲが意識を失ってから数時間経ち、時折体がわずかに動いていることから生きていることがわかる。
そして、ある時間が経った頃、トカゲの体に変化が起こる。
トカゲの体がムクムクと大きくなっていった。
その変化は、飲み込んだ魔石がトカゲの身体に馴染んだ影響だった。
体が一回りどころか二回りほど大きくなった頃、トカゲの目が開く。
目を覚ましたトカゲは、今まで感じたことがないほど全身に力が漲っていることがわかった。
今なら、大きな蛇と戦っても勝てるのではないか、と思った。
だが、その前にと、トカゲは女王アリの頭部に噛み付く。
すると、いとも簡単に頭部を噛み砕いてしまう。
そのまま咀嚼をしながら、やはり力が強くなったと思った。
残っていた頭部を食べ尽くすと、周囲を見わたしすと焦げていないアリがあることに気づく。
そのことに気づいたトカゲは、しばらくはここにこもる事を決める。
力が強くなったとはいえ、わざわざ蛇に立ち向かう必要はない。
そんな事をしなくても、ここに十分な餌があると考えたからだ。
トカゲの考えは正しく、このアリの巣にいたアリの8割近くは、燃え尽きたり焦げ付いて食べれなくなっていたが、何百匹もいて、残る2割近くの100匹ほどは食べれそうだったのだ。
これだけあれば、体が大きくなったトカゲでも、十数日は食べることに困ることはなかった。
冒険者たちは、草原で大量繁殖していたアリを退治することに成功していたが、そのせいで新たな脅威が生まれたことに気づかなかった。
もし、この事に気付いていれば、すぐにでもトカゲを始末しようとしていただろうが、そうはならなかった。
この日、世界の運命は大きく変わる事になる。
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