異世界に戻りたい女悪魔
あおかえる
送還
繁華街の裏通り。雑居ビルの場末のカラオケスナック『なかよし』で半年以上の期間、ホステスとして勤務する
彼女は異世界で君臨する堕天使アゼザルに仕える、女上級悪魔エノクの成れの果てだった。
彼女が悪魔だった時は、彼女は自身のいた世界で堕天使アゼザルに忠誠を誓い、人間界に不信と憎悪を芽生えさせ、その世界を混乱に陥れる手助けをしていた。
彼女は、この世を謳歌していた。……そう、異世界から来た『タカシ』とかいう、わずか17歳の少年の『救世主』が出現するまでは。
奴の魔力は、彼女の主、アゼザル様をも凌ぐ凄まじさだった。彼の能力の下に人間どもは集結し、蜂起した。エノクはそれを知るや、隷下の悪魔軍を討伐に差し向けたが、奴の破壊魔法は凶悪だった。奴が指先を向けるだけで忠実な悪魔たちは飴細工のように溶け、床に落としたガラス細工のように砕け散り、綿菓子のようにちぎれては飛んで行った。
彼が放った魔法の回数の十倍の悪魔が一会戦で消滅した。
アゼザル様の人間界への支配が揺らぎだした。エノクはタカシ率いる人間軍との絶望的な戦いに挑んだ。ただ、タカシを擁する人間軍は意気軒高で、悪魔軍は各地で敗戦を重ねた。特にタカシが参加している本隊は無敵の強さを誇り、無傷の連戦連勝。遂にはエノクの居城にまで到達。
城の内外で人間軍と悪魔軍が激しく戦うなか、エノクはアゼザル様から授かった『悪の鎧』を身に纏い、腹心の『四天王』と呼ばれる悪魔を引き連れ、城の謁見の広間まで侵入した『タカシ一行』を迎え撃った。
奴もまた、数名の親衛隊を引き連れていた。露出狂のような変態的な鎧を身に付けた美少女のエルフ二名とヒューマン二名だ。
(それ、鎧の意味為してないだろう)
エノクは、思わず心の中で呟いた。しかし、次の瞬間、タカシとかいう冴えない風貌の少年から放出される、凄まじいマナの放出の力に現実に引き戻された。
(なんだこのマナは……)
マナのオーラを感じつつ、忠実な四天王達はそれに怯まず、タカシの親衛隊に斬りかかる。彼女らも迷う事無く応戦する。エノクとタカシは広間で二人睨みあう。
舞台は整った。エノクとタカシの一騎打ちの火蓋が切って落とされた。
エノクは小手調べなどする気は無かった。最初から自分の最も得意な破壊魔法を奴の顔面にぶち込んでやるつもりだった。……自分のマナを掌に集中する。主から授かった『悪の鎧』が、マナを増幅するの手伝ってくれる。
(アゼザル様……!)
彼女は、自分の得意な雷撃魔法の最上位呪文『テスラ』を詠唱すると、手の平を奴の顔面に差し出した。
轟く雷鳴。光る雷光。走る閃光。
青白い稲妻が奴の顔面に吸い込まれた。
(死ねや)
エノクは勝利を確信した。
……奴の顔面に吸い込まれる直前で、彼女が放った渾身の稲妻は何かに跳ね返されたように斜めにはじけ飛び、奴の背後にある装飾柱に直撃した。石造りの巨大な柱が轟音を立てて崩れる。
「えっと……今、なんかしましたか?」冴えない少年が白けた顔で問い返してくる。
「マナ……シールド?……嘘でしょ?」エノクは驚愕した。基本防御魔法のマナシールドで『テスラ』を跳ね返した?……だと?
その時、周りで戦いの音が止んでいるに気が付いた。眼だけをそっと動かし辺りを探る。タカシの美少女親衛隊が血塗られた抜き身をぶら下げてこちらを見ている。
彼女らの足元には、『最凶にして最強』と呼ばれた四天王達が横たわっている。
(わずが一太刀交わしただけで……)
エノクは敗北を悟った。『力』が違い過ぎる。ただ、このままでは終われない。彼女はマナを集中し、詠唱を開始した。
(まだだ……まだ終わらんよ!)
究極の自爆魔法『スイサイダル・テンデンシー』を彼にぶつけてやるつもりだった。エノクは悪魔だ。つまり不死だ。自爆魔法で肉体が消滅してもアゼザル様がいる限り数千年で復活できる。
(こいつの命と引き換えなら数千年なんて短い時間だ)
「お姉さんは悪魔だから、完全に消滅させることが出来ないよね」
突然、タカシが話しかけてきた。なんだこいつ。
「送還魔法で、異世界に跳ばす事にするよ」
いきなり、彼は腕を差し出しこちらに手の平を差しだす。……詠唱?! でもこちらの方が先に詠唱を開始している。……間に合え!……間に合う!
刹那、奴の手から紫色の光が飛び出した。無詠唱魔法だ。高度な送還魔法を無詠唱で?!こいつの魔法スキルは化け物か。
(嘘でしょ……?)
紫の光弾がエノクの身体にぶつかる。激しい衝撃をうけながら彼女は呆然としたまま意識を失った。
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