終末荒廃一人旅
今際健
プロローグ
その世界はいくつもある種族の中で人間という種族が支配していた。
人間は群をなし、村を作り、街を作り、さらには国を作った。
国が複数出来た頃、戦争が始まる。
資源を求めて戦い、同じ種族を殺していた。
資源がなくなったら戦って奪い、また無くなったら戦って奪う。連鎖だった。
しかし、その戦争の連鎖は終わる。
人間の敵が現れたのだ。その名は"魔王"。
魔族という種族を従え、魔物という種族を飼う最強最悪の人間の敵。
人間は焦った。このままでは負けてしまう、と。
ならばどうするか、手を組んだのだ。
人間は争いをやめ、人間という種族が生き残るために協力しあった。
七つの国から一人ずつ精鋭が選ばれる。
人間の国家で最も強いと言われる"インザイエ王国"からは"勇者ラインハルト・ペンドラゴン"が。
防衛という一点においては右に出る者がいない"ディアメント帝国"からは"守護者フィヨルド・ガガー"が。
神を信仰し、その力を使うとされる"ヒエロファニー聖国"からは"聖者キャッシュ・アルシエル"が。
剣の国とも呼ばれる"ダーソー衆国"からは"剣聖アーサー・デュラン"が。
食というものを探求した"キンドムユ夢国"からは"賢者バッカス・ハイドリヒ"が。
ほんの数人の強者の存在によって成り立っていた"ストゥーパ列国"からは"強者ロード・ウェイバー"が。
全ての兵が平均以上の強さを持つ"ゼータナベラ立国"からは"覚者フラ・ヴァレンシュタイン"が。
この七人は次々と魔族、魔物を倒していき、ついには元凶の魔王を倒した。
そして、世界に平和が訪れたーーー
ーーーはずだった。
◆
「これは……どうやらもう無理そうだね」
そう呟いたのは勇者ラインハルト。
その目線の先には異形がいた。
肌は赤黒く、ねじれ曲がったツノが生え、人を縦に三倍、横に六倍したようなデカさだった。筋肉と思われるものは胸のあたりで大きく上下に揺れていた。
「まぁ頑張った方じゃろ」
髭の生えたがっしりとした体型の男がそういった。
彼は守護者フィヨルド。
自身の倍はある大きな盾を持ちその中心にはダイヤモンドのような美しい輝きを持つ透明な功績が埋められていた。
「そうね…私たちにしては頑張った方よね……」
彼女は聖者キャッシュ。
この七人の中で唯一の紅一点だ。着ている服は白を基調としたローブで、飾りとして金の刺繍が施されている。杖も同じ白色の杖で、いくつもの木が捻れあってできたものだった。
だが、一目見るだけで高価とわかるその服と杖は今や見る影もなかった。
服は破れ、手にしている杖は粉々に砕け散っている。彼女の腹部からは赤い液体が垂れていて、誰がどう見ようと重症だった。
しかしこの場にいるものはそれに心配などするものはいなかった。
手遅れ、というわけではない。する必要がないのだ。
「世界の滅亡を止められただけでも御の字だろ」
魔王の様子を見ながら剣聖アーサーが話す。
彼が持っている元々は美しく輝いていたであろうライトブルーの剣はキャッシュの杖と同じくーーアーサーの方がサイズはでかいがーー粉々に砕け散っていた。
「私もアーサーさんに同意ですね。……アーサーさんってやっぱり言いにくいですし、違和感がありまし、何より名前にさん付けするのもおかしいですね。どうせ最後ですから呼び捨てにしましょうか。……私もアーサーに同意です」
眼鏡をクイッとあげる動作をする賢者バッカス。少し顔を赤らめているところを見ると、アーサーに恋ーーバッカスは男ーーをしているようだが、それは違う。単純に呼び捨てにするのが慣れなくて、なんだか恥ずかしかったのだ。
彼も杖を持っているが、それはビビが入り、もう壊れそうだがまだ原形をとどめている。
「かーっ!やっぱり魔王ってのは一筋縄じゃあいかなかったんだな!」
おおらかに笑う男は強者ロード。
片腕で、大剣を持ち、身体中に切り傷がある。彼の片腕は既に無くなっており、顔は青白い。先程の威勢の良い発言も無理をしているのだとわかる。
「ここでもう、皆さんとお別れですか」
悲しそうに、辛そうに涙をこらえながら話すのは覚者フラ。
顔は中性的で、女だと言われても信じてしまうくらいだ。
そんな彼だが周りと比べて異様に背が小さい。それもそのはず、彼はまだ十歳なのだ。
ゼータナベラ立国は一人一人の平均が高い代わりに、周りより頭一つ抜き出た存在が少ない。特に今の時代はそうだった。唯一、才能があったのはフラのみだったのだ。
まだ十歳の彼を死なせるのは、と考えているのはバッカス。
魔王は縮こまるように上半身を上から被せている。体からは数千度の熱風が吹き荒れると同時に、空間すらも歪めるほど魔王を中心にすべてのものが吸い込まれている。
彼らになんの影響もないのはバッカスが守っているからだ。
魔王を倒すのは順調だった。が、最後の最後で魔王は自爆を選んだ。どうせ死ぬのなら、というやつだろう。
その威力はこの星を滅ぼせるほどだった。それを阻止しようと彼らは力を尽くしたが、それは自爆の威力を下げるまでにしかできなかった。これほどまで近くにいる彼らならば確実に死ぬだろう。
それに下げたと言っても滅亡を避けられる程度。この後世界中に大量の死者がでて、混乱に陥るのは火を見るより明らかだった。
バッカスは自身の杖を見る。既にボロボロで今にも壊れてしまいそうだが、後一回だけならばまだ耐えられそうだった。
「ラインハルト……さん。後一回だけならば魔法は使えます。もちろん転移魔法も」
その言葉にラインハルトは驚いた様子だった。ほかの五人も同様だった。
「転移魔法…ということは一人だけ助かるということだね」
「はい」
バッカスはぐるっとあたりを見渡す。
一人を除いて、誰を助けるべきなのか把握しているらしい。そんな顔をしていた。
「当たり前ですが助ける人は」
ここで一泊おく。皆とタイミングを合わせるためだ。
「ラインハーー」
『フラだ(ね)』
「ーーえ?」
だらしなく口を大きく開け、目が点になるフラ。
フラの頭には何故僕?という考えしかなかった。
そんなフラの気持ちを知ってか知らずか、ラインハルトはフラの前に行き、目と目を合わせるように腰を下げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!!なんで僕なんですか!?ここはラインハルトさんがーーー」
「フラ。よく聞くんだ」
有無を言わさない迫力のある声。
その声で無理矢理フラを黙らせた。
「これから君を転移魔法で遥か遠くに飛ばす。君だけは生き残るんだ。この先、この爆発のせいで世界は混乱するだろう。暴動が起きるだろう。争いが起きるだろう。でも君だけは…生きるんだ。それが僕たちの願いだよ」
周りの五人も首を縦に振っている。
既にフラの目は潤んでいて、今にもこぼれ落ちそうなくらいだった。
「本当はもっと言いたいことはあるけど、みんなの分も残しておかなきゃいけないからね。…じゃあ一言だけ。……君といた日々は楽しかったよ。……絶対に生き残ってくれ」
一言じゃなかったね、とラインハルトは少し笑いながらそう言った。
フラは耐えきれず、声を出して泣いてしまった。
「フラ。泣くんじゃない。最後はピシッとせんか。そんなんじゃいつまでたっても彼女ができんぞ?…ま、そうじゃの。お主に彼女ができたらわしが見定めてやる。わしの墓に連れてこい」
フィヨルドは孫を溺愛する祖父のように優しく話しかけた。
フラは丸まっていた背筋を伸ばし、きちんとフィヨルドの顔を見て話を聞いていた。
「血がついちゃうけど、ごめんね」
そう言ってキャッシュはフラを抱きしめた。一生分の愛を注ぐように。後悔しないように。子を愛する母のように。
「あー、まー、その、なんだ、えーとだな」
言いたいことをうまく言えずどうしたらいいか迷っているアーサー。頭をガシガシとかいていた。
「早くしてください。後ろが詰まってるんですよ」
「いや、わかってるよ。あーーー、よし。フラ。あー、いや、その後悔だけはするんじゃねぇぞ。人は脆いからな。いつ壊れてもおかしくないんだ。言いたいことがあったら思った瞬間に言っとけ。俺はできなかったことだ」
バッカスに急かされながらも言いたいことをはっきりと言えたアーサー。その言葉を心に刻むようにフラは一心不乱に首を動かしていた。
「そうですね。フラ、これをあげます。お守りです」
取り出したのはネックレスだった。銀の鎖のようなもので出来た、緑色の水晶が美しく輝くネックレス。それをフラの首にかけた。
「あとは…フラ。その、頭を近づけてくれませんか?」
フラは言われた通りに近づける。すると温かいものが頭の上に乗っかった。それはバッカスの手だった。バッカスは少し恥ずかしそうにして、フラの頭を撫でていた。
「おい!フラ!お前は強いんだ。俺が認める。俺が認めた相手が心が弱くて、それが弱点ってのは許せねぇ。だから、それを直せ。真の強者ってのは心も強ぇんだよ」
親指で右胸を指しながら言うロード。
そこに突っ込みが入る。
「あーその言いづらいんだけど、ロード?心臓の部分を指したいんだったら右胸じゃなくて左胸だよ?」
ラインハルトが気まずそうに言った。
「あん?そんなもん、わざとだ!わざと!」
あはは、とラインハルトが変わらないな、と思いながら苦笑いした。
「…さて、そろそろ時間です」
「……そうか」
フラの足元に魔法陣が描かれる。円の形をした、青い魔法陣だ。その魔法陣からフラ以外が離れる。
「ぼぐっ…ぼぐわずれまぜんから!!あなだだちのごと、ばずれまぜんから!!」
涙と鼻水でまともに喋られなくなった。しかし、言葉は届いたようで、聞いたものたちは全員笑顔になっていた。
フラが光に包まれる。転移魔法が発動する前兆だ。
フラが最後に見たのはフラの方を見ながら笑う勇者、守護者、聖者、剣聖、賢者、強者の六人と、爆発し始めた魔王の姿だった。
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