第2話

少女の顔がさっと青ざめる。

「手榴弾!? まさか、自爆――」

「革命軍に栄光あれ!!」

ドガーン

白い煙が立ち込め、そして数秒後、ぱらぱらと、肉片が空から降ってくる。

ぞくぞくと姿を見せた革命軍は勝利の雄叫びをあげた。

「成功だ!」

「万歳!」

「これで帝国軍の上官はすべて殺れたはずだ。残った兵士を拘束しろ!」

「諸君、勇敢なる同志の犠牲に感謝を!!」

生き残った帝国軍は次々と武器を捨て、降伏の態度をとりつつある。もとより、外敵からには堅強だが、一度内部に入られてしまえばなすすべもない基地。そしてなにより、仲間のなかに裏切り者がいたという事実が、彼らの士気を散じていた。

圧勝。まさしく、ゲリラ隊にはその言葉がふさわしかった。

悠々と、革命軍のリーダーは広場の中央に出でた。予想以上に完璧な勝利だ。エネルギー基地を確保されたのは、帝国にとって手痛いはず。これからは革命軍に有利な戦況となるに違いない。

その確信を仲間に伝えようと、彼は白煙を背後に立ち、拳を突き上げる。


──そして、胸に違和感を覚えた。


一瞬、なにか、氷のような冷たさを体内に感じ、直後に耐えようのない痛みと、ありえない熱。

ゆっくりと彼は自分の胸を見下ろした。

帝国軍のサーベルが、左胸から突き出していた。

「な――」

そこで彼の意識は途絶えた。大柄な身体が地面に倒れる。

革命軍は目の前の光景を疑った。

リーダーの背後から現れた影は、サーベルについた死体の血を振り払う少女の形をしていた。

「あー、危なかった!」

にっこりと笑う少女。ありえない光景に唖然と棒立ちになる革命軍。

「綿密な計画のゲリラ、お見事です! 少佐まで殺すとはなかなかやりますねー。でも、ちゃんと仇はうつので安心してください、少佐」

殺意も覇気もない、見た目相応の無邪気な少女のような口調。爆発前に、兵士と語り合っていたときのような、なんの気負いもない雑談のように、少女はしゃべった。

「う、撃て、撃て!!」

我に返ったひとりが叫び、小銃で彼女を狙った。手が震えているためか、銃弾は少女をかすりもしない。

少女はふと一歩踏み出すと、さっと銃を抜いた。いや、銃を抜いたのか? 彼女の挙動は目で追えなかった――あまりに早すぎて。一陣の風をかすかに感じたが、それは銃を抜いた音だったのか? それとも斬撃か?

次々と上がる血しぶき。それでも無我夢中で射撃を続ける革命軍。

カチ、カチリ。

「弾切れだ!」

叫び、銃弾を交換する間、仲間の援護に隠れようとかがむ。しかし、銃声は聞こえなかった。

「あ、れ……?」

周りを見渡した彼は気づいた。同志はすべて死んでいることに。

――そして、自分の胸に穴が空いていることにを

「あ……」

それが、彼の最後の言葉だった。


少女は銃を腰に戻した。今しがた殺したばかりの男の顔を確認し、ため息をつく。

「残念……。かっこいい男の人となら喜んで戦死するんだけどなあ。どうしていい男はみーんな革命軍なんだろ」

本当にそれは、戦場に、彼女の働きに、言葉の中身に、まったくもって似つかわしくない悩める乙女の声色だった。

呆けていた帝国軍の生き残りに向かって、少女はぶんぶんサーベルを振り回す。

「ポカンとしてちゃダメですよー! ほらほら、被害の確認と周辺の探索してください」

あくまでも、可愛らしく怒った彼女の言葉に、慌てて白旗を掲げていた帝国軍が動き始めた。

「ええと、生き残りはできるだけ殺さないでくださいね。拷問して情報吐かせるので」

「りょ、了解しました」

どうしてだろう。兵士の背中に鳥肌が立っていた。もう戦闘は終わったはずなのに、どうしてこんなに恐ろしいんだろう。

「あ、そこのあなた、ちょっと手伝ってもらえますか? メモとってもらうだけでいいので」

「はいっ!」びくりと肩が震えたのが、彼女にバレただろうか。

あれー、手帳ないなーと独り言を言いながら、軍服のポケットを探り始める少女。恐る恐る、兵士は彼女に尋ねる。

「失礼ですが、あなたはどうやってあの爆発から……」

「えーっとですね。咄嗟に彼の腕を切って、地面の死体の山に押し込んで、爆風は彼の体を盾に防ぎました。ほら、たとえ死体だろうが使えるものはなんでも使えって、訓練で教わったでしょ?」

ばかな、と兵士の背筋が凍った。

手榴弾のピンを抜いてから爆発までは、わずか1秒にも満たない。少女はその間にサーベルで兵士の腕を切り落とし、一度かがんで死体の下に入れ、さらに腕を奪った自分より大柄な男を殺し、死体をかぶる。

どんな速さでそれを行ったのだ。どんなに正確に敵を殺したのだ。

ありえない。だが、兵士の脳裏には、目にもとまらぬ速さで銃弾をさばき、サーベルと拳銃で敵をなぎ倒す彼女の姿が焼き付いていた。

「あなたの、名前は」

かすれ声の兵士に、少女は見つけ出した手帳を元気よく突き出した。

「そういえば名乗ってませんでしたね! 私はエリカ・クシャリニャーコ!!」

金の太陽が箔押しされた皮表紙。

入隊してばかりのころ、風の噂に聞いたことがある。なんでも、超身体能力保持者のみで構成された、秘密特殊部隊があると。

そのすさまじさは現実と思えないほど苛烈であり、まるで白日に見る幻想のようであると言われていた。

故に、彼らの名は――白昼夢ワージトラム

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