【夢録】wachtraum

海玉

第1話

 しばらく雨が降っていないので、開けた大地は乾燥していた。ジープが駆け抜けるたびにもうもうと土埃がけぶる。敬礼した兵士が数人、ゲホゲホとむせた。

 重油の匂いがたちこめるここは、帝国軍第八基地。

 国内最大のエネルギー源の採掘場であり、最重要拠点のひとつである。常に最大限の軍備がなされ、帝国最強の護りを誇る要塞とまで名指されていた。

 だが今日は軍本部から視察が来る日である。鍛え抜かれた屈強な兵士は、よりきびきびと行動を心掛けていた。

 案内に誘導されてはいってきた数台のジープ。ひときわ大きな一台のドアが開いた。

「わー、ここが第八基地ですか すっごいですねー!!」

 真っ先に飛び降りたのは──見目麗しい少女だった。透き通った白い肌は、むさくるしい男どものそれと違い、日焼けおしておらず、ひどく傷つきやすそうな柔肌だ。目をびっしりとふちどるまつげは髪と同じ薄い金色で、風に吹かれてゆらいでいる。背は低く、マントを着るというより着られているといった風情だ。あどけないようでいて、くちびるなどは蠱惑的なツヤをまとい、煽情的な目つきをしているようにも感じられる。

 まだ成人もしていないように見えるが、身にまとうのがれっきとした軍服であるからには、軍人なのだろう。おおかた、秘書替わりに連れ歩いている書記官だろうか。

 上層部ばかり楽しみを得る現実を考えると唾のひとつも吐きたくなるが、すぐに壮年の男性が車を降りてきたので、兵士たちは慌てて姿勢を正した。

 はしゃぐ少女を見ると、男はため息をついた。

「少しは落ち着け。君の品位が知れる」

「はいっ、すみません!!」

 男の階級は肩章から少佐だとわかった。ふと少女の肩口を確認すると、そこには一等兵の印すらついていない。やはり文官か。

 彼らを出迎えるべく基地から派遣された兵士たちは、整列し敬礼をした。

「ようこそ起こしくださいました、少佐。ご案内いたします」

「ご苦労」

「そちらのお嬢さんは……」

「お嬢さんとは、まったく失礼しちゃいますね! 私はこう見えても少佐の副官なんですよ!!」

 女に好き勝手言わせてやがる、と内心毒づきながらも、基地を預かる中尉は慌てて頭を下げた。

「こ、これは失礼いたしました……」

「さて、挨拶は抜きだ。さっそくだが我々の予定に少々変更があるため──」

 書記官の仕事をするでもなく、少女はぶらぶらと歩き、そばにいた同年代の兵士に声をかけた。

「こんにちはー、はじめまして! お兄さんはここの人ですか?」

「はい。ここに配属になって一年半になります」

「そうなんですねー、だからかー、こんなに筋肉ついてるの」

 むきむきだー、と言いながら、彼女は兵士の腕をつつく。

「え、あ、あの!」

「真っ赤になっちゃって、かーわいー」

 ゆでだこのように真っ赤になった兵士を前に、少女はくすくすと笑う。少しのぞいた白い歯の奥、うねる赤い舌と唾液に、兵士はこっそり唾を飲み込んだ。

 そのときだった。

 ズドン、と地面を揺るがす大きな音がした。

「きゃあっ!?」

「何事だ!?」

「いまの時間、ダイナマイトは使用していないはずだぞ」

「まさか――」

 地響きのしたほうから、赤い煙があがるのが見えた。赤、それは――革命軍の色。

「革命軍だー!!」

「総員、配置につけー!!」怒号が飛び交う。

 とっさに少佐が銃を抜く。だが、構える暇もなく、銃声とともにその体が無様に転がった。

「少佐!?」

 駆けつけた者も、すぐに銃弾に倒れる。

「お兄さん!」

 少女が兵士に抱きついた。密着する体。ささやかだがメリハリのあるなまめかしい凹凸をはっきり感じると、兵士は慌てて自分の役割を思い浮かべ、冷静さをなんとか取り戻そうとした。

「大丈夫ですか!? こんなときに革命軍のゲリラなんて……少佐はともかく、あなただけでもこちらへ」

 狙撃は止まず、ばたばた足元に人が倒れていく。兵士が少女に覆いかぶさるように抱きしめてくる。少女はもっとと言わんばかりに兵士の腕を握りしめる。か弱き力。兵士は表情をりりしくひきしめ、しっかりと頷いた。

「ご安心ください。自分が必ず――」

 カチリ


「――あなたを地獄へと導いてみせます」


 にっこりと笑う兵士。その白い歯の間には、引き抜かれた手榴弾のピンが挟まっていた。

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