第12話 契約魔法

セブル・アリスティア宅。アリスティア城の門前では現在進行形で悪魔と冒険者の戦いが繰り広げられている。美しい模様で彩られていた門は既に血で真っ赤に染まっている。悪魔は倒すと消える為、この血は味方の兵ということだ。


アリスティアは前線ではなく城の入口から〈魔法画面〉マジックモニターで戦況を確認、指示を行っている。近くには護衛の側近が6名いるが、手狭ということは無い。


今回の攻撃をアリスティアは想定していなかった訳では無い。悪魔の襲撃があったと聞いた時から警戒はしていたし、返り討ちに出来る戦略は揃えていたつもりだった。

しかし47万の数は想定していなかった。この街でそのような大規模戦闘は歴史上起こっていなかったため少し対応が遅れ、ギリギリの戦闘を強いる事となったのだ。


しかし南と東側は大量の悪魔で埋め尽くされているのに北と西側は悪魔が少ないためこの後大きな動きが無いか心配になる。

「北、西側の状況は?」

アリスティアは近くの〈念話〉メッセージ要員の衛兵に向かって冷静に尋ねる。戦士程ではないが指揮を行うのも精神力が必要だ。しかしアリスティアは疲れを感じさせない。

「は! 北、西側に向かった兵の話によりますと、カストルス卿が低位悪魔の殲滅を行なっているとの事です。現に北、西門前に悪魔が少ないのはそのせいかと」


召喚された生き物の性質上、強者に集まりやすいのだ。アリスティアは今後について考える。北、西側から兵を少しこちらに移動させるべきかを。

そしてアリスティアは瞬時に決断する。この場で長考はあまり良くない。

「よし、北、西側の兵をこちらに移動させて。最低限の人数でいいから」


「は! 畏まりました!」

そう言って衛兵は伝達担当へと向かっていく。

「これであと10分って所かしら?」

アリスティアの作戦は単純で1番効果的である。


「一番問題なのはこの後の復興よね」

アリスティアが予算の事を考えていると別の〈念話〉メッセージ要員の衛兵が慌ててやって来る。その衛兵は汗だくで、その要件がいかに緊急かを物語っている。


「どうしたの? 少し落ち着いて」

抑揚の無い声で衛兵に尋ねるアリスティア。

「お、おおおお知らせがござい、いまして」

落ち着いていないね、とアリスティアは苦笑を浮かべながら思ってしまう。


「現在、西側と北側の境付近で魔法師序列第七位エリス・セクトルス卿が、三柱の一角カマエルと魔法戦を行っております! 既に数分が経過した様で、戦闘域から半径500mは焦土と化しております!」


・・・・・・。


その場に居たアリスティアとその配下達は絶句していた。そう。アリスティアを含め、この部屋にいる者たちは満場一致でちょまま、ちょままま、ちょと待てちょと。状態である。


方やこの国トップクラスの雷系魔法師である雷閃の魔女、 方や超級種の側近である炎獄の悪魔。

そんな奴らが市街地で魔法を撃ち合っているという訳だ。


「はぁ。 とりあえずそっちは放置。 今は城のこと優先でお願い」

「よろしいのですか?」

アリスティアの側近が声を上げる。

「あの領域に干渉できる人はここにはいないよ。だったらあの魔女に任せてこっちの事をやった方がいいでしょ」


そう言ってアリスティアはモニターに目を戻した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



一方、エリスは完全に有利な状態で戦闘を行っている。

既に辺りは焦土で視界は広いが、〈電流結界〉ライトニングフィールド〈浮遊する雷撃機雷〉ライトニング・マスターマインで飛行するカマエルの動きを牽制し、〈拡散する結晶体〉ディフュージョンクリスタル〈龍雷の雨〉レイン・ドラゴンライトニングで不規則な攻撃を行う。


「っち・・・・・・」

毒づくカマエル。

こうなると相手は回避を重点的に行う必要があり、魔法攻撃に意識を割く余裕は無くなる。

「あとは、〈五重強化〉フュンフ〈龍雷の雨〉レイン・ドラゴンライトニング


エリスの周囲に5つの魔法陣が浮かび、そこから雷の龍がカマエルへ向かう。

「ぐぁぁっ!」

放った 〈龍雷の雨〉レイン・ドラゴンライトニングのうち1つが右翼と背中の付け根部分に直撃する。高熱帯びた雷はそのまま羽を落とし、そのまま右半身を持っていく。

カマエルの傷口から血がだくだくと流れ、ドロドロと地面に落ちる。


「あら。意外に血は赤なのですね。てっきり召喚した悪魔みたいな汚い黄緑色だと思いましたよ」

「・・・・・・っち」

エリスはカマエルに向かって軽く煽る。カマエルはそんなエリスが気に入らず空中から憎々しく睨む。


「さて、このままのペースでやれば簡単に相手の魔力リソースが削れていくので楽に勝てそうですね〜」

そしてエリスは次の攻撃の手段を考えていると・・・。

「・・・ん?」

カマエルの体が千切れた部分から奇妙な肉の塊の様なものがモゾモゾと動いている。それは美しいとは到底言えず見ていて醜いものだ。


グチャグチャギチャギチャと肉をこねる様な音がし、やがて雷撃によって消滅した体半分が再生される。

「うっそだー」

エリスは唖然としている。体の再生が終わった後で千切れた服も魔法で再生する。


「まあ、私の能力だからね」

「なるほど。魔法か、特殊技能スキルか、それとも別の何かか。・・・詠唱が無かったので魔法という線は無いですね。だとすると特殊技能スキルですか」


特殊技能スキルとは地球で言う所の異能力。魔法とは違い、生まれ持った力や特殊な道具、契約術等などと手に入れる方法がある。カマエルの「無限再生」や「大規模地形操作」といった戦闘で使えるものもあれば「美味しく紅茶を注げる」の様なものもある。

しかしデメリットとしてはほとんどの特殊技能スキルには回数制限がある。一日に三回、一時間に一回といったものだ。


「残念ながら、私の『無限再生』は無制限に使用出来るの。残念だったわね」

カマエルが嘲笑う様に告げた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



なるほど。無限再生ですか。そういった特殊技能スキルは聞いた事が無いですね。まあ、まずは体以外で何が再生するのかを知れる様な攻撃をするのがいいかも知れませんね。


で、貴方はどう思いますか? リオ。

私は私の深層意識に住んでいる存在に話しかけます。


『ああ? お前の好きにしろよ?』


全く。いつも適当ですね。まだ私の事を認めてくれませんか。


『知らねえよ。まだお前は弱い。認める? もっと強くなったら言え!』


はぁ。そんな事言っても私は貴方の力を少しだけ使えるので使わせて頂きますね。


『好きにしろ。どうせ俺本来の力は使えねーんだからな』


使えたとしても使いませんよ。貴方の力なら20%も使えばこの街丸ごと焦土と化してしまいますので。


『どうでもいいが俺の力は3%しか使えないからな』


知ってます。ですがこの悪魔を倒す分には問題無いです。いつもありがとうございます。


『ふん』


そう言ってリオ、星導の天龍王オルファリオ・ドラゴンロードは私の意識の中に消えていきました。

さて、戦略を変えましょう。

〈全魔法強制破壊〉オール・マジックブレイク〈星光領域〉スターライト・エリア


今まで掛けていた周囲の魔法、〈電流結界〉ライトニングフィールド〈浮遊する雷撃機雷〉ライトニング・マスターマイン〈拡散する結晶体〉ディフュージョン・クリスタルを全て破壊して新しい領域魔法を展開しました。地面を流れていた電流が消え、代わりに快晴時の夜空が浮かび上がります。


カマエルは相当困惑している様です。私も使うのは初めてですがその能力は手に取るように分かります。そしてリオから力を借りた瞬間から感じる全能感。3%でこれですか。化け物ですね。

「さあ行きますよ。準備は出来ましたか?」

今の私は余裕があります。そう、舌舐めずりをするぐらいには。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



俺達が時計塔を目指して走っていると体が重くなる様な不思議な感覚が起きた。

「・・・・・・っ?」

俺の前を先行していたベルが何かに釣られた様に何処かを向く。

「どうした?」

新手の悪魔かと思ったが、ここ数分悪魔が現れていないためこの辺りは殲滅したと思われる。


「なるほどな。エリスは使ったか」

使った?

星導の天龍王オルファリオ・ドラゴンロードの力だな。ははっ。こりゃやべーわ」

アディルは納得の表情を浮かべている。そして俺の顔を見て複雑な表情をしながら解説してくれる。


「この空気が重くなる感じは一部の等級の高い魔物が起こす現象だ。生成した体内の魔力が常時漏れ出ちまう。その純度の高い魔力に適合出来ていない俺達は拒絶反応を起こすってこと」

その拒絶反応が体が重くなる感覚か。


「この現象は契約魔法で契約した上位生物の力を使う時にも起きる。契約した生物が深層意識からエネルギーを送り込む事でその余った余分な魔力を無意識に体外に吐き出すって事だ。今は魔法で強化してるから分からないと思うが30kgぐらいの負荷がかかってんだよ」


30kg!? というかなんか不思議な点が出てきたぞ?

「深層意識って人が無自覚に触れてるけどほとんど干渉出来ない様な作りじゃ無かったか? 何故そんな記憶の一部に上位生物がいるんだよ」


アディルが少し目を泳がすと、横からベルが口を開く。

「それに関しては俺から説明するな。・・・契約魔法ってのは他の種族と契約してその恩恵を受けるって魔法だ。契約魔法で契約出来る生物は主に『完全型生物』と『後二元生物』って区分の生物だな」


ストップ!

「まずはその完全型生物と後二元生物は何かを教えてくれ」

「ん? 完全型生物ってのは人を構築する要素、『肉体』、『エネルギー体』、『情報体』の全てに干渉出来る生物だ。肉体は五感。エネルギー体はいわゆる気とかオーラとか呼ばれてるやつ。情報体は時間と空間とか、概念的なもので俺達が普段干渉出来ないものだ。後二元生物は肉体を持たず、エネルギー体と情報体に干渉出来る」


スケールがでかいな。まあ世界を終わらせるような存在の話がきっかけだからそうなるのかもな。

「で、完全型生物は自分の情報を操作出来る権限を持つ生物だ。例えばエリスの星導の天龍王オルファリオ・ドラゴンロードは書いて時の通り星を導く龍王。つまりこの世界の引導を渡す龍王って事だ。この規模になるとほぼ神様に近い」


ここまでギリギリだな。ついて行くのが厳しい。

「その完全型生物と後二元生物は契約魔法で契約すると専用の限定的な5次元空間を持つことが出来るようになる。ここまでがこの世界の法則で言うフェルミルの法則だ」


フェルミルってなんだよ。・・・・・・いやフェルミルさんが提唱したからフェルミルの法則なのか?

「限定的な5次元空間を使う事で契約した生物は肉体を消して、エネルギー体と情報体だけにする事で契約者の深層意識に住み込めるようになる。そして5次元空間内部にいるから契約者と感覚を共有出来るっつー事だ。3次元と時間の1次元で4次元。それをボールと見立て、それを浮かばせているのが5次元の海」


つまり・・・・・・

「契約した生物が5次元の海で、契約者の記憶が4次元のボールって事か。そして深層意識と限定的な5次元空間を繋げる事で五感と記憶を共有出来るって訳か」

俺なりの考えを言ってみたのだがベルが驚ていたので合っているようだ。


「兄ちゃんすげぇな。俺は学院で習った時はさっぱりだっなのにな」

これ学校でやるのかよ。それはそれで凄いよ。

「解説ありがとな」

「いいってことよ。・・・あ、ちょっと待っててくれ」

ベルが少し離れた所でブツブツと話し始めた。独り言・・・では無いだろう。


〈念話〉メッセージだ。指定した人物と連絡を取れる魔法だな」

「便利だな。まあ携帯電話見たいな物か」

携帯電話のない中でその魔法はとても有難い。

1分程でベルが戻ってくる。

「今からこの街の冒険者が悪魔の掃討に全面協力をするとの報告があった。俺達は引き続き掃討作業をやれと言われたが、〈魔力探知〉マジックサーチで確認したがこの辺りの雑魚悪魔はもう居ない。アディ兄と兄ちゃんはそのまま時計塔に向かってくれ」


「おいおい、ベルはどうすんだよ」

ベルは決意を決た様な表情をした。

「俺は雑魚じゃない方の悪魔を取りに行く。三柱の一角、バディンだ」

アディルの顔が引き攣る。やはり三柱となるとベルですら厳しいらしい。


とはいえ少なくとも俺は助けられる程の技量は無い。足でまといになるくらいなら別の所に行くべきだろうな。

・・・・・・悔しいな。ここまで実力の無さに悔やんだ事は今までに無いだろう。


これも俺のせいかな?


俺の才能不足のせい?


どうして俺には才能が無かったんだろうな。


「すー、はー」

少し深呼吸。そんな事、前の世界でも同じだっただろうが。落ち着けよ。

「頼むぞ。ベルが頼りだ」

俺はそう言って送り出す事しか出来ない。

「おう! 任せとけ!」

そう言ってベルは跳躍、二階建ての家の屋根の上に飛び乗る。


〈風力操作〉ウインドコントロール〈魔力探知〉マジックサーチ・・・。なるほど。ここから12kmくらいか・・・。なら、」

ベルが魔法を使った後、洋瓦の屋根を踏み込み・・・

「10秒で十分だ!」


ドバァン!


ニヤリと笑い、ベルが屋根を踏み込んだ時に発生した莫大なエネルギーが、砲撃を受けた様な音と共にその周辺の洋瓦が爆散するように吹き飛ばす。

「多分俺達がいるから〈風力操作〉ウインドコントロールで風を消して飛ばされないようにしたんだろうな、有りがてぇ」


俺はベルが冒険者組合で言っていた事を思い出す。

俺は転移魔法は1つしかねーんだ、という言葉だ。これなら転移なんてしなくても走れば良い。走れば大抵の場所ならすぐに行けるからな。


改めてベルがエリスレベルの化け物という事を実感出来たな。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



西側時計塔屋上にて。

ここには1人の悪魔がフードとサングラスを付けて構えていた。

手に持つのは黄土色の狙撃銃スナイパーライフル、マクミランM87R。既に消音加工、錬金術で生成された火薬が使用されており、さらに銃全体がB-金属のゼラテクトニアで出来ている。他にもスコープは魔晶石を削ったもので、魔力を流し込めば最長8km程見える。


そのスコープからは悠々と戦うエリスの姿が見えていた。

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