第8話『私の好きなこと』
昼休みも終盤に差し掛かって、弁当を食べ終えた僕は、スピーカーから流れるJ- POPをBGMに瀬海さんと作戦会議を始めた。
「それで、瀬海さんはどうするつもりなの?」
「はむ。……どうするとは?」
瀬海さんはおにぎりだけで午後の授業を乗り切るつもりらしい。
足りないと思うけど、色々気にしている部分があるんだろう。僕には見当もつかないけど。
「いやだって、委員長との勝負、受けちゃったんだよね?」
「あー、その事か……」
瀬海さんは頭を抱えて、呻いた。周囲の生徒が何事かと彼女に視線を送っていたが、もちろん無視だ。
「本当に何も考えてなかったの?」
「うっ、そうですね……。はぁ、どうしようっ!」
割と本気で絶望の表情を浮かべていた。何か助け舟を出せれば良いんだけど……。
「あ、そうだ!」
「な、なんですか?」
「瀬海さんの得意なこと、なに?」
「得意なこと、ですか……」
途端に瀬海さんはシュンと萎んで、拳を膝の上で握りしめたまま俯いてしまった。
「……ご、ごめん。軽率だったよね」
地雷を踏んだみたいだ。
でも、自分の得意なことである方が、勝率は高くなりそうな気がするんだ。
「あ、いえ、気にしないでください。得意な、ことか……。すみません、少し考えさせてください」
「あ、うん。全然構わないよ?」
そう言い終わったその瞬間、瀬海さんは僕をジーっと睨んだ。
「……というか、なんであなたが私のアドバイザーになってんすか?」
「え? この流れだとそうなるんじゃない? 瀬海さん、満更でもない感じだったし」
「ンなわけあるかっ! これ以上あなたに借りを作るのは嫌なんすよっ!」
「僕は別に嫌じゃないけど」
「あー、もうっ! このド天然がっ!!」
瀬海さんは頭を抱えて、悶えながら絶叫していた。
というか、瀬海さんには言われたくないんだよな。
***
Another point of view:瀬海琴
放課後になり、真っ先に下校する人、部活に行く人。
それぞれがあの長ったらしい授業からの解放を、心から喜んでいるようだった。
「ま、私は寝てるから関係無いんですけどね……」
誰もいない廊下を鼻歌交じりに、愉快な気分で歩く。
夕暮れのオレンジ色に染まった廊下は、とても綺麗で、情熱的で、心が燃える。
でも、その内から湧き上がる情熱を、発散するものが何もない。
───瀬海さんの得意なこと、なに?
「私の、得意なこと、か……」
ピタリと、校門に向かおうとしていた足を止める。
肺の中の濁りきった憂鬱な空気を吐き出して、思い切り新鮮な空気を吸い込む。
「……よし!」
そのままUターンして、一直線にその場所へ向かう。
『え──────瀬海、さん?』
『あのっ、瀬海さん! もし良かったら──────』
その時、私は思いもしなかった。
ちょっとだけの絶望から始まったその物語が、やがて忘れられない大切な記憶になることを。
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