第7話 水の中
サミュが3杯目のお茶を注ごうとした時、川の流れの先に大きなクジラみたいな浮島が見えてきた。
「さすがサミュのボート、早かったわね!もう村に着いちゃったわ!」
「村?」
ゴンは不思議に思った。リンダが指さす方には、二股に分かれた木が一本と草が生えた緑の小さな島はあるが、村は見えない。
リンダはキョトンとするゴンにニコッと笑って、浮島に向かって何か呪文のような言葉を小さな声で言った。
すると、
カパッ
と、クジラのような浮島の先端が口のように開いた。
ザバーと気持ちの良い水の音が聞こえる。そして滝のように落ちる水が太陽に照らされて虹が生まれた。
パステルカラーの小鳥たちが楽しそうに通り過ぎる。
「うわぁ・・・」
その光景はとても美しく、幻想的で、ゴンはただただ感動した。
(この世界は、向こうの世界よりも物騒かもしれないけど、なんて綺麗なんだろう・・・。
ドラゴンが存在するのも分かる気がする・・・)
感動してキョロキョロしているゴンがふと横を見ると、サミュがマントを少し広げて、ゴンが水しぶきにかかって濡れるのをさりげなく防いでくれていた。
もちろん無防備なサミュの美しい緑の髪はキラキラと水に滴っている。
何となく恥ずかしくなって、ゴンは、
「あ、あのボクなら大丈夫ですから・・・!」
と言って、慌てて立ち上がった。
「あっ!」
ここはボートの上。ゴンはあっさりと体勢を崩してよろけてしまった。
「タイガさま!」
リンダもサミュもすぐに手を差し伸べるが、ゴンは
ドボン
と川の中へ落ちてしまった。
ゴンが落ちてしまったのは、ちょうど島の口が開いた場所で、小さな渦が出来ていた。
そのせいでゴンはあっという間にかなり深いところまで引きずり込まれる。
(どうしよう…泳げないのに…)
正確には、ちょっとは泳げる。
でもプールでやっと25メートル程度泳げるだけだし、海や川ではほとんど泳いだことはない。
(いや、泳げたとしてもコレは…無理かな…)
ゴンはなぜか思ったより冷静だった。
体は無抵抗な落ち葉みたいにスルスルと川の深みにはまっていく。
(この川ってこんなに深かったんだぁ)
上は金色、下は藍色、グラデーションのゼリーの中に入ったような視界。
ゴンには見えていなかったが、ゴンのすぐ下には、巨大な平べったい口だけのような怪物が獲物の落下を待ち構えていた。
ピン、
と、何かに引っ張られるように体の落下が止まる。
加西にもらった赤いマフラーが、川の中に生えている何かに引っかかったのだ。
その瞬間、なぜかハッと意識がハッキリして、ゴンは急に怖くなった。
(川!川の中!どうしようどうしよう!!溺れて死んじゃう!)
混乱して叫ぼうとしたので空気が口から泡になってゴボゴボと水に散る。
やみくもに手を伸ばした時、誰かがその手を握りしめた。
(サミュさん…)
ゴンはフッと気を失う。
水中で赤いマフラーが、瞳の端でユラユラ揺れている…
揺れるマフラーの間から、どこか困ったような加西の顔が見えた気がした。
ゴンが再び目を覚ましたのは、ちゃんとしたベッドの上だった。
といっても、東京のゴンの部屋のシンプルなパイプベッドではなくて、木製の可愛いベッド。
体に掛かっている布もパッチワークキルトのカラフルなものだ。
(えーと…)
目覚めてすぐの時は、ゴンは自分の部屋にいるのだと思っていたが、すぐに色々思い出してきた。
(夢…じゃないんだよね…)
確かめようとキョロキョロと見回すが誰もいない。
ふと自分の体を見ると、白いパジャマみたいな服に着替えさせられていた。
(そうだ、ボクは川で溺れて、サミュさんに助けてもらって…きっと濡れたから着替えさせてくれたんだな…)
ゴンがベッドに座ったままボーっと考えていると、コンコンと部屋の扉に軽いノックがあり、
ノックの主はゴンの返事も待たずに部屋に入ってきた。
「気が付いたかい?」
サミュだった。
「はい、あの、さっきは川で助けてもらって…ありがとうございました。」
お礼を言いながらゴンはサミュを見た。
サミュはゴンと目が合った。
バンッ!
サミュが後ずさって、壁に背中をぶつける。
人間より2つ多い獣の耳がピーンと伸びた。
彼の顔は真っ赤になっている。
「サミュさん?」
サミュの只ならぬ様子にゴンは心配になって、ベッドから降りた。
サミュは叫ぶ。
「だっ…近寄らないでくれ!」
「え?」
伸ばしかけた手を引っ込めるゴン。
「お前は…お前は、なんなんだ⁈」
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