第8話 邪悪
「サミュさん?」
ゴンはサミュを壁際に追い詰める形になって近づいた。
いつもふざけたような表情のサミュが本気で困惑している。
その顔を見て、ゴンはハッと思い出した。
両親が亡くなってから引き取ってくれた叔父のシュウジに言われたのだ。
「嘘か本当か不思議な話なんだけどね、キミのお父さんに聞いたんだよ。
”ゴンはある呪いにかかっているから、常にこの御守りを身につけていなければならないんだ。
でないと、すごく他人から嫌われてしまうんだ〝
とね。
だから、この御守りだけは、人前で決して外したりしてはいけないよ。」
そう、川に落ちて濡れたゴンは着替えさせてもらう時に全身脱がされたのであろう、今、御守りを身につけていないのだ。
ゴンは胸のあたりを確認する・・・そこにはいつもの感触がなかった。
(シュウジさんのあの言葉、どうして忘れていたんだろう…)
ゴンは本気で不思議だと思った。
自分にかかったという呪いのことよりも、今の今までそんな変なことを言われたのをケロッと忘れていたことがである。
ゴンにとってはただ、お守りを身につけることだけが日常になっていた。
お守りは布製なので、お風呂に入る時は外していたが…。
なので、ゴンはサミュに一瞬で嫌われてしまったのだと思った。
「ごめんなさいサミュさん!きっとすごく不愉快なんだと思うのですが…ごめんなさい…。
あの、ボクが付けていた緑色のお守りはありませんか⁈」
「お守り…?」
部屋を見回そう体勢を変えたサミュがよろけてゴンに倒れかかった。
サミュの腕、ゴンの首筋、肌と肌が触れ合う。
サミュの視界が雷のようにパチパチッと光った。
「くっ…!」
サミュはそのままゴンを床に押し付けて馬乗りする形になった。
臍の下、丹田の辺りから後頭部まで込み上げるマグマのように熱い感情。
生まれて初めての湧き上がる何かがサミュを支配する。
「さ、サミュさん…?」
ゴンの上にまたがるサミュの瞳は明らかに、お茶やお菓子を用意していた時とは違っていた。
オオカミの王と人間の姫との間にできた子供の子孫だという四つ耳族のサミュ。
今の彼はオオカミに近い顔をしている。
彼の中の気高き野生が蘇ってきたような・・・
その時、ドアがバンッと開く。
「サミュ!離れて!」
息を切らせたリンダがひどく慌てた様子で入ってきた。
「サミュ、早くその子から離れなさい!」
そして、彼女は緑のモノをゴンに素早く投げつけた。それはあのお守りだ。
ゴンはそれを何とかキャッチして、大急ぎで首にかけた。
その瞬間スウッと空気が変わる。
ゴンを取り巻く何かが消え、サミュの瞳が人間に戻った。
「これは・・・大変なことになってしまったわ・・・。」
リンダがひどく困った顔をする。
冷静になったサミュは体を起こし、床に倒れたゴンの手を引っ張って立たせてやった。
「すまないね、ゴンくん。取り乱してしまって・・・。
こんなこと初めてだよ・・・」
額に汗が残るサミュに、リンダは言った。
「サミュ、その子から離れて。
その子は・・・」
リンダは、出会った時とは全く違う冷たい目つきでゴンを見た。
「その子は、勇者さまではなかった。
それどころか、邪悪な何かかもしれない」
「じゃ、邪悪?!」
確かに自分は勇者さまではないとは薄々思っていたが、まさか邪悪とまで言われるとは。
「とにかく、大予言者カーラさまがお呼びだから来て頂戴!
ああ・・・大変なことになっちゃった・・・大変なことに・・・」
リンダはよほど焦っているのか、絶えず独り言をブツブツ言っている。
そのただならぬ迫力に気おされて、ゴンはフラフラとリンダの後をついて行った。
サミュも何かを考えながら2人について行く。
その小屋を出ると、辺りは夕暮れ時で、一面が真っ赤に染まっていた。
(そういえば、ボクはサミュさんのボトルボートが小島の口に飲み込まれる前に川におぼれて気を失ってしまったから、どうやってこの村に来たのか見逃してしまったな・・・)
そんな事を考えている場合ではなさそうなのだが、すごいイベントを見損ねたことをちょっと残念に思うゴン。
速足で歩いていくその村は綺麗な青い屋根の平べったい家が多く立っている。
レンガが敷き詰めてある広めの通り沿いにはお店屋さんや宿屋さんらしき所が何件かあるが、人も建物もまばらでこの村はきっとこの世界でも田舎の方なんじゃないかな、とゴンは思った。
リンダが時折ゴンを睨みつけながら進み、通りの一番奥にある大きめのお屋敷の前まで来た。
「ここがカーラ叔母さまの家よ。
叔母さまにあなたのことを判断してもらわなくては!
勇者か、邪悪か、を。」
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