真相

 翌日。

 デイビス家一同の説得で、ジャスティーナは膨れっ面で帰って行った。

 イーサンの顔の腫れはかなり引き、今は少し黒ずんでいるくらいだ。


「ニコラス。この事件をお前はどう考えているんだ?」


 アレンは隊の一部にイーサンとニコラスを送るように伝え、自らは他の騎士達と一緒にまっすぐ王宮に戻ったようだった。

 彼らに対して詳しい説明はされず、森の外で出会い、偽イーサンを追い込む作戦を共にしたニコラスにさえ、ほとんど情報は漏らすことはなかったらしい。

 

「俺は、これは陛下が自らを囮にした計画だと思っています。さすがに旦那様自身を消そうとするまでとは、考えていなかったようですが」

「やはり、そうか。俺も同じ考えだ。あの警護の者たちが裏切り者だと最初から知っていて、担当させたのだろうな」

「はい。本当にあまりにも軽率すぎますが」


 ニコラスの付け加えられた一言にイーサンは苦笑する。


「まあ、犯人の目星はついていたのだから、あのような行動が取れたのでしょうね」

「目星?」

「首謀者はシュリンプ・ルーベルです」


 予想はしていたが断言してされてイーサンは唇を噛む。


「シュリンプが首謀者か。そんなに恨んでいたのか。俺のことを」

「ええ。ああいうお馬鹿さんは一度の挫折で根に持ちますからね。最初は自ら動くつもりはなかったんじゃないでしょうか?第二王子に接触していたみたいですから」

「第二王子、ケイデン殿下か」


 イーサンは唇を噛むのをやめ、眉を潜めて息を吐く。

 昨日アレンが話していたことを思い出したのだ。

 ケイデンがジャスティーナに惚れ、妃と願っているということを。


「第二王子が馬鹿でなくてよかったですね。本当に」


 思いに耽けりそうなイーサンを呼び戻したのは、ニコラスの辛辣な言葉だ。


「けれども、陛下はケイデン殿下のことが心配だった。だから行動を早く移した。それに、ルーベル公爵が最近王宮で力をつけてきていることも気になったのでしょう」


 第一王子と、第二王子と王女の母親は異なる。

 第二王子と王女の母は、故人であるがアレンの側室だった女性だ。ルーベル公爵の妻の妹に当たる。だからこそ、シュリンプは第二王子に接触でき、婚約破棄騒動を起こしながらもルーベル公爵がまだ王宮内で大きな顔もできたのだろう。

 

「利用されてしまいましたね。しっかりと。無事で本当によかったですよ」

「ああ、その通りだ。記憶はないが、殺される寸前だったらしいからな」


 イーサンは己の胸に手を当て、心底安堵した。

 以前は死ぬことに対してそこまでの恐怖心はなかった気がする。変わったのはジャスティーナに出会ってからだ。


「全く旦那様に濡れ衣を着せた上、殺そうと目論むなんて、心底性根が汚い男だ。あの時遅れていたら……」

「ああ、それを思うと冷や汗ものだな」


 突入後、すぐに光の魔法具が使われて、目が眩んだ者を一網打尽に出来た。


 ――あの作戦の成功は、陛下が光の魔法具を使うように指示した事だ。

 

 そこまでイーサンは考え、ある事に気がつく。


「そこまで考えていたんだな」

「旦那様」


 ――魔法を発動させることで、王は騎士の前で己を捕らえた者が偽物であることを証明した。

 イーサンであれば、すべての魔法が効かないため、目くらましにも動じない。

 だがあの時偽イーサンは、ほかの者同様眩しさに目をやられ、動けなくなり捕縛されたらしい。


「さすがだ」

「本当、食えない人ですよね」

「そういえば、お前は密偵だったよな」

「ああ、そこまで優秀じゃなかったので、陛下との接触はほぼありませんでしたが。でも騎士の中に知っている奴がいて助かりましたよ。森の外でうろつく不審者とは思われなかったです」


 ニコラスはその騎士とは友人なのか、少し嬉しそうに笑う。

 それを見て、イーサンは少し羨ましくなった。


「そうそう。どこで聞きつけたのか、ハンズ伯爵が午後から来るそうですよ。その青あざの説明を考えたほうがいいですよ。もしかして全部知っている可能性もありますけどね」


 ハンズ伯爵の名が出され、イーサンはニコラスに気持ちを読まれていたと、何やらこそばゆくなる。


「野暮なことを言ってしまいましたね。私は昼食の準備でもしてきます」


 どこまで気の利くニコラスは部屋から出て行き、彼は一人に取り残される。

 窓からそよそよと風が入ってきて、イーサンは体の求めるまま、いつの間にか眠りに落ちていた。


  

「旦那様。起きてください」


 モリーに起こされ、イーサンはゆっくりと目を覚ました。

 そして自分が寝てしまったことにようやく気がつく。


「正午すぎですよ。旦那様」


 持って来られた桶の水で顔を洗いイーサンは意識を幾分はっきりさせる。午後からハンズ伯爵が来ることになっていたことを思い出す。

 腹は減っていないが、昼食を先に済ませようとモリーに早々と指示を出した。

 昼食をとり、着替えを済ませると彼は執務室へ行った。ハンズ伯爵への説明もとい言い訳を考えようと思ったからだ。

 執務室だと考えがまとめやすい。


 だが、顔を殴られる理由など、そう簡単に思いつかない。


「ニコラスとやりあったことにするか。だがそれならベッドで休むほどでもない。見舞いにくるということは、すでに知っているということだ。下手な言い訳を考えても仕方ないか」


 イーサンには結局よい考えが浮かばず、出たとこ勝負でハンズ伯爵に会うことにした。


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