肖像画
ニコラスに案内され、久々に客間に通される。
「少し待っていてくださいね。モリーを呼んできますから」
彼が部屋を出ると、すぐにモリーはやって来た。駆け足できたらしく、息を切らせている。被っている帽子がずれて、中の赤い髪が少しこぼれ出ていた。
「ジャスティーナ様!」
「モリーったら」
相変わらずの彼女の様子にジャスティーナは笑ってしまう。するとちょっとだけ傷ついた顔をしたが、すぐに我に返り、彼女は持ってきたドレスを壁にかけた。
「こんな時のためとドレスを用意していてよかったです。さあ、お着替えを」
「用意?新調したの?私のために?」
イーサンは母のドレスと言っていたが、壁にかかっているドレスはどう見ても新しいもの。
「ええ。婚約者、未来の夫として当たり前のことですよ。まったく、あの方は本当に」
憤慨するモリーにジャスティーナは苦笑するしかない。
イーサンはまだプロポーズをしてくれない。
そのことに不満はないかと言われれば嘘になるが、ジャスティーナはイーサンは余計な圧力を与えたくなかった。
ただでさえ今は訪問客がひっきりなしに訪れていて、忙しくしている。
三ヶ月前のハンズ伯爵のパーティーで、ジャスティーナは昆虫男爵の婚約者として人々に記憶されるようになっていた。
なのでゆっくり待とうと思っていた。
着替えを済ませて、モリーが汚れたドレスをもって退出しようとしたところ、扉が強く叩かれた。
「ジャスティーナ様がいるのよ。そんなに乱暴に扉を叩かないで」
「着替えは終わった?ちょっと面倒なことになっていて」
外にいたのはニコラスで、モリーが扉を開けると転がるように中に入ってきた。
「どうしたのよ。いったい」
ニコラスの慌てた様子に、モリーがジャスティーナより先に聞いてしまった。はっと気がついたが、ジャスティーナは笑って流す。
彼女はそんなことよりも、ニコラスが慌てている理由が知りたかった。
「へ、アレン様がジャスティーナをお呼びです」
ーーアレンと名乗る絵師が、イーサンとジャスティーナ二人の肖像画を描きたいと言っている。
王族の馬車にのった絵師、王命だからとも考えられるが、ただの絵師とは思えなかった。
ジャスティーナはニコラス先導で廊下を歩きながら、色々考えてしまう。
一番の疑問はなぜジャスティーナも呼ばれたのか、それである。
イーサンのみの肖像画を描きにきたのではなかったのかと、頭を悩ましているとすぐに応接間にたどり着いた。
ニコラスが扉を叩き、中にいたハンクが開ける。
笑顔で椅子に座っている人物には見覚えがあった。
記憶を探っているうちに答えを見つけて、ジャスティーナは慌ててドレスを掴み、礼をとる。
「ああ、必要ないのに。ジャスティーナ。僕は絵師のアレン。覚えておいてね」
目を細めこちらを見る絵師。
砕けた口調でありながら、有無を言わせない雰囲気を醸し出す男。
髪も服も、肖像画で見たものとは違う。
けれども、他者を圧倒する空気を持ち、顔の造形は肖像画そのもの。
他人の空似のわけがなかった。
ジャスティーナは目の前の男がこの国の頂点に立つ王であることを確信し、なぜ己がこの場に呼ばれたのか、ますます意味がわからなくなった。
「さて、二人も揃ったし、絵を描き始めようかな。ソファがあるかな?ソファに仲良く座っている姿を絵にしたいんだ」
アレンは戸惑うジャスティーナに構うことなく、言葉を放つ。
誰に問いているのかわからない要望。だけど無視ができるような立場の者はここにはいなかった。
「ソファならこちらに持って来させましょう」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
イーサンの答えに満足したようにアレンは頷く。
ジャスティーナは困惑したまま、二人のやり取りをただ見ているだけだった。
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