「昆虫男爵と美しい令嬢」


「あなたがそんなに偉い人だったなんて」

「偉い、そんなことはない」

 

 ルーベル公爵家での騒動の翌日、彼女は再びデイビス邸を訪れていた。

 王の一声で、すべてが解決した出来事。

 心を決めたイーサンの仕事は速かった。

 魔法具のことで王家に借りがあり、元密偵のニコラスの力も得て、彼は動いた。

 シュリンプとジャスティーナの婚約は公式に破棄された。

 元々数日前に破棄寸前だったため、正式破棄に持っていくのは容易だった。王もそれに力を貸しており、その書類を持って、イーサンがゆったりとお茶を飲んでいたルーベル公爵とホッパー男爵を直撃した。

 

 イーサンの異形の容姿にその書類の正当性を疑ったが、腰に王が信任しているものにしか与えないという細身の剣が携えており、その側にニコラスが王の使いと称して側にいたため、納得せざるをえなかった。

 彼が持参した婚約破棄の書類には通常はありえないのだが、王印も押されており、二人は声なく、婚約破棄に同意した。

 イーサンが中庭に飛び込んでいくのを尻目に、途方にくれていた二人に、アビゲイルの到着が知らされる。

 この慌しい状況下で迷っていると、ずかずかとアビゲイルとモリーが広間に入ってきて、ホッパー男爵は非難した。しかし、呪いのことを伝えると、ルーベル公爵とホッパー男爵は慌てて中庭に入った。公爵夫人も二人を追い、その後をアビゲイル、そしてモリーが続き、舞台は終演を迎える。 


「遅くなってすまない。俺は、その、とても怖かったのだ。美しいあなたにいつか嫌われ、憎まれるかもしれないと」


 ティーカップを置き、イーサンは口ごもりながらも彼女に気持ちを伝えようとしていた。


「そんなことないのに。私は、この顔が嫌い。そんなに気になるなら、やはり呪いをかけてもらおうかしら」

「ジャスティーナ!それはだめだ。絶対」

「なぜ?」

「元からの顔を変えるなんて、しかも誰かのために」

「だったら、イーサン様も気にしないで。イーサン様の顔はとても特徴があって好きなの。元からの顔、大事にしましょう」

「……そうだな」


 イーサンはジャスティーナの言葉にまた救われた気分になり、少し涙腺が緩みかけた。それを誤魔化すため、お茶を口に含む。


「そういえば、魔女の呪い。イーサン様が浴びていたわよね?」

「ああ、そうだな」

「そうだなって!」

「俺には魔法も呪いもまったく効かない。もし魔法が効けば、顔などとっくに変えてもらってる」

「……だったら、私も変えてもらおうかしら」

「ジャスティーナ。それはだめだ」

「それでは、イーサン様も変えたらだめよ」


 二人の微笑ましいというか、不毛なやり取りを使用人達は茶々を入れることなく黙って聞いていた。

 モリーの活躍により、アビゲイルとジャスティーナの間の溝が少し埋まった。

 イーサンとの婚約に賛成したのもアビゲイルで、彼女は少しずつ、変わっていこうとしていた。それは夫婦関係にも影響を及ぼし、ホッパー男爵に言葉を返せるようになっていた。


 こうして昆虫男爵と醜い男爵令嬢の物語は幕を閉じる。

 醜い男爵令嬢は呪いを解かれ、元の美しい姿に戻った。けれども昆虫男爵は醜いまま。

 そんな不釣合いな二人は、周りの目を気にすることなく、末長らく幸せな生活を送った。


 「昆虫男爵と美しい令嬢」


 物語はこのように題され、王国の童話のひとつとして語り継がれていくことになる。


 

 

 

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