男爵令嬢の決意

「旦那様」

「なんだ」


 書斎でお茶を飲んでいたイーサンは顔を上げた。


「旦那様が問題と思っているのはジャスティーナ様の顔でしょうか?」

「何を突然聞くんだ?」


 彼はハンクの質問の意味というか、意図がわからず、聞き返す。


「詳しくは聞いておりませんが、お送りした馬車の中でイザベラ様がジャスティーナ様に何か相談をもちかけたようでした」

「まさか、」

「そのまさかがないと限りません。旦那様は、ジャスティーナ様の顔がまた変わってしまうことに賛成ですか。そうなれば、ジャスティーナ様を、その気持ちを受けいれますか?」

「何を馬鹿なことを。まさか、呪いを受けるなど」

「旦那様。お忘れになってますか?ホッパー家の複雑な事情を。もしジャスティーナ様が知ってしまったら」

「ハンク!モリーに連絡を。あとニコラスに沼の魔女の動向を探ってもらってくれ」

「はい、旦那様」


 ハンクは一礼すると、踵を返し退室する。


 ――ジャス、ジャスティーナ。あなたのその美しい顔は、あなたのものだ。誰かのために変えるなど馬鹿な考えはやめてくれ。


 イーサンがそんなことを請うのは間違っている。

 けれども、そう請わずにはいられなかった。



「ジャスティーナ。喜ぶのだ。明日は来てもいいと、ルーベル公爵から手紙をいただいたぞ」

「それは嬉しいわ。沼の魔女もいらっしゃるのかしら?」

「ああ。そうだ」


 夕食時間、ホッパー男爵は顔を綻ばせジャスティーナに明日の訪問のことを伝えた。

 彼女はテーブルの下ではドレスをきゅっと掴んでいたが、笑顔を浮かべ答える。

 アビゲイルは気分が悪いということで、夕食には同席してしない。


 男爵は娘の本当の気持ちなど少しも理解しようとせず、明日のことを嬉しそうに話し続けた。それを彼女は聞き流し、自身の明日の行動について考える。

 

 ――間違っていることかもしれない。そう、多分間違っている。だけど、私はもうこの顔で生きていきたくない。今度顔が変わったら、婚約は確実に破棄されるわ。向こうから。だから、家には迷惑がかからない。ただ、魔法ではなく、前のように呪いとしてかけてもらう必要がある。イザベラ様なら協力してくれるはず。私のこの顔を対価に、「呪い」として顔を変えてもらうわ。


 ジャスティーナは、イーサンのこと想う。

 この事で彼に軽蔑されることは予想できた。けれども、彼女はこの顔で生きていくことに耐えられそうもなかった。


 ――ごめんなさい。イーサン様。あなたには絶対迷惑をかけないから。何があっても、森に逃げ込まないから。


 そう決めて、彼女は味気のない夕食を終えた。

 モリーが部屋にやってきたのは寝る直前で、彼女をひどく心配していた。


 ――これからすることは誰にも言わない。


 そう決めているジャスティーナは、モリーを安心させようと強がって見せた。彼女がやろうとしていることを知られると止められる、そう考えたからだ。


「モリー。大丈夫だから。心配しないで。こんな私を心配してくれてありがとう」

「ジャス様。こんな私とか言わないでください。本当に、この家の人たちはジャス様に対して酷すぎます。この屋敷を出たくなったらいつでも言ってくださいね!」

「ありがとう。本当」


 モリーの言葉に目頭が熱くなる。けれども、ジャスティーナはそれを耐え、精一杯微笑んだ。

 

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