我慢のしどころ
「ねぇ。戻ってきたお嬢様の様子がちょっとおかしくない?」
「そう?」
使用人同士で交わされる会話に、モリーは耳を傾ける。
急遽、親の不幸で実家に戻った使用人に代わり、モリーが今朝からホッパー家に入った。
この親の不幸は実際に起きた事ではなく、ニコラスが間接的に使用人に接触し作り上げた話だ。ニコラスは、自身の細工についてはモリーには詳しいことは説明せず、ホッパー家に雇用されるのだから、使用人らしく、しかも過度にジャスティーナに接触しないように伝えた。
ホッパー家で彼女は使用人達に冷遇されている。それなのに親しげに近づくのは、おかしな疑惑を抱かせたり、使用人に反感を抱かせ解雇に繋がる。だからと理由を説明したが、感情的なモリーはなかなか納得せず、二人の攻防は続いた。
妥協点は、気をつけるが、許せないことには立ち向かうと、モリーらしいもので、ニコラスは苦笑いをしながら送り出すことになった。
そうして朝早くから使用人長の説明を受け、やっと働ける、ジャスティーナに会えると思ったら、モリーに言いつけられた仕事は裏庭での雑用。
しかし、そこで偶然ジャスティーナの悲鳴を聞き、慌てて助けに出向いた。
嫌がる彼女に口付けしようとするシュリンプに拳をお見舞いしたい気持ちを抑え、モリーは必死に冷静に言葉をかけた。
モリーが駆けつけてないと今頃どうなっていたか。本当にこの屋敷に来て良かったと胸を撫で下ろした。
心配であったがジャスティーナを中庭からシュリンプ達の所へ送ったところで、用事を言いつけられ今度は広間の掃除をしている。
一人ではなく他にも二人の女性が働いていた。一人は三十代、もう一人はモリーと同じ世代だ。
「シュリンプ様と一緒にいるから大丈夫だと思って行かなかったけど、ちょっとまずかったかしら」
「いいじゃないの?どうせ、美麗の公爵令息様に迫られて嬉しい悲鳴でも上げていたみたいだし」
モリーはその言葉が許せず、ニコラスに大人しくしているように忠告されているのに、箒を握り締め、振り返った。
掃き出してやろうとしたところ、部屋に乱入してきた別の使用人に邪魔される。
「奥様が、お嬢様を連れて部屋に入ったわ。人払いをして二人きりよ」
「いよいよ、話されるのかしら?奥様も我慢したわよね。私だったら、あんな風に平静を保ってられないわ。だって、夫を寝とった姉と同じ顔をした娘が、」
「しっ!」
モリーがその場にいるのを思い出したらしく、三人の中で年長の使用人が口止めする。
ニコラスから事情は聞いており、彼女はジャスティーナの出生の秘密を知っている。教えてもらった時、なぜもっと早く教えてくれなかったのかと詰ってみたが、ニコラスは苦笑するだけだった。
「モリー。悪いけど、後の掃除はお願いね。私達、用事ができたから」
「は?え?」
返事を聞かないまま、布巾や毛ばたきを置くと彼女達はぞろぞろと部屋を出て行ってしまう。
――この野次馬め!
事情を知っている使用人達はまるで面白い見世物を見に行くような様子で、モリーは危うく持っている箒を投げつけるところだった。
ニコラスの忠告を思い出し、怒りを押し殺す。
モリーはジャスティーナのことが心配だったが、彼女達に混じってアビゲイルの部屋に行くのは嫌だった。
――行っても何もできない。目立つ行動をしたら逆に追い出されて、ジャス様は一人になってしまう。
後でジャスティーナに会いにいくことを誓い、彼女は使用人としてやるべき仕事を優先させた。
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