よく似た肖像画

「モリーの姿が見えないのだが?」


 この屋敷でおそらく一番賑やかな存在であるモリーの姿が朝から見えず、昼を過ぎても姿を現さなかった。

 なので、イーサンは自然とハンクに尋ねた。

 

「モリーは本日から出張です」

「は?どういう意味だ」

「旦那様なら知ってらっしゃると思いましたが」


 ハンクが含みのある言い方をして、イーサンは額を押さえる。

 ニコラスが昨日ほとんど屋敷に不在だった。そしてあれほどジャスティーナが屋敷を去ることに不平不満を訴えていた使用人達がぴたりと、静かになった。

 通常の彼なら既に気がついたはずだ。

 使用人達が何をしようとしているのか。

 だが、思い悩んでいたイーサンはその可能性について、今の今まで思い当たらなかった。


「ホッパー家にいるのか?」

「さあ、ご想像におまかせします」


 額を押さえながら問うが、ハンクは直接的な答えを避けた。


「反対されるとは思っておりませんから」


 その上、そう付け加える。


「……すまんな」

「そう思っているなら、お考えを変えませんか?ジャスティーナ様の想いは本物です。なぜ信じてあげられないのです」

「それに関しては、お前の言うことを聞くつもりはない」


 イーサンはハンクから視線を外し、手元の書類を片付けていく。


「本当に」


 溜息をつかれたが、彼は無視して、書類を手に取り、めくっていく。

 けれども考えていることは、ホッパー家に戻ったジャスティーナのことで、書類の内容など頭に入ってこなかった。



 ☆


 あれからシュリンプと二人きりにならなかったおかげが、妙に接近されることもなく、ジャスティーナは心の底から安堵して、ルーベル公爵とシュリンプを見送った。

 玄関先で満面の笑みを湛える父の横で、彼女は引きつった顔しか作れなかった。そして完全に彼らの乗った馬車が視界から消え、部屋に戻ろうとした時、父に呼ばれた。


「なぜ、お前はシュリンプ様の行為を嫌がるのだ」

「な、ぜって。お父様。当たり前よ。無理やり何かされるなんて怖くてたまらないわ。お父様は知っていたのね!なぜ止めてくれないの!」

「止める。おかしな事を言うな。お前は直にシュリンプ様の妻になり、公爵夫人だ。早めに子供ができると少し噂になってしまうが、婚約しているのだから問題ないだろう」

「こ、子供ですって!どういう意味なの?お父様!」

「そうか、お前はまだ知らなかったな。アビゲイル。すぐにでもジャスティーナに教えてあげなさい。知るのは早い方がいいからな」

「ど、どういうこと?お母様?」


 ジャスティーナは父の言葉の意味がよくわからず、後ろに控えていた母アビゲイルに助けて求める。

 いつもは無表情なのに、今日は顔色を変え、怒っているようだった。


「アビゲイル。知識だけでいい。細かいことは、実践で覚えるからな」


 父が嫌らしい笑い声をあげ、アビゲイルは唇を噛み締めた。

 母のこのような表情は初めてで……、そう思ったが、ジャスティーナは遠い昔の記憶を思い出す。

 あれは夏のある日、父の書斎に潜り込んだジャスティーナを追ったアビゲイルはある肖像画が見つけた。それは確か、ジャスティーナによく似ていた女性のものだった。

 肖像画を見つけたのは偶然。しかし父は母を叱り飛ばした。その時、確か母はこんな顔をしていた。


 ――あの肖像画は、誰なのだろう。私によく似た人。どうしてお父様もあんなにお怒りになっていたんだろう。お母様の様子もおかしかったし。


「ジャスティーナ。私の部屋に来なさい」


 母の冷たい声に、彼女は現実に引き戻される。

 歩き出したアビゲイルに遅れをとらないように、ジャスティーナは慌てて彼女を追った。

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