持ちかけられる魔女の取引
「覚悟ができない男は嫌いだわ。まあ、あのシュリンプよりはマシだけどね」
馬車が走り出し、しばらくしてから唐突にイザベラが口を開いた。
ジャスティーナは何を言われているのか理解できず、目を瞬かせて彼女の顔を見る。
「元に戻ちゃったけど。どう?シュリンプとよりを戻すの?」
「よりって、婚約のことでしょうか?」
「そうそう。せっかく破棄してくれそうだったのに残念ね」
沼の魔女はルーベル公爵のお抱えの魔女のはずだった。
しかし、婚約破棄ができなくて残念とばかり言われて、ジャスティーナは戸惑うしかない。
「私はね。実はあんたがちょっととかわいそうだと思ったところもあったのよ。だから顔が変わる呪いをかけた。だってシュリンプはあなたの顔しか興味がなかったからね」
カラカラと乾いた笑い声をあげる魔女に、ジャスティーナは怒りを覚えたが、婚約者だった、いや、まだ婚約者らしい、シュリンプ・ルーベルのことを思い起こし、気がつく。
――「君の顔は本当に素晴らしい。こんな美しい女性を妻にできるなんて僕はなんて幸運なんだろう」
――「君の瞳はまるで宝石のようだ。僕の宝石箱の中に閉じ込めておきたい」
――「君の美しさを完全に描ける画家などこの世には存在しないだろう」
かけられた言葉の数々は、全ては彼女の外見のみを褒めるもの。
彼女の内面に触れた言葉などはなかった。
――内面、私はいつも偉そうで傲慢だったわ。褒められたものなのでなかったけど。
それでも、「愛している」のであれば、外見以外のことを褒めたりするはずだった。
――「愛している」なんて、貴族同士の結婚には必要なかったわね。私はお父様のためにシュリンプと婚約を結び結婚する予定だった。
「愛する」という感情を知ってしまい、ジャスティーナはこのままシュリンプと婚約を続ける自信はなかった。
「ジャスティーナ。もう一回呪ってあげようか?いや、今度は魔法だね。対価を支払ってもらうわ」
先のことを思い、気を病んでいた彼女に、イザベラが猫撫で声を掛ける。
意味を咀嚼する前に、魔女は続けた。
「あんたのその綺麗な顔を頂戴。そしたら、あの醜い顔に戻してあげるよ」
おかしな取引だった。
誰が好き好んで醜い顔に戻るのだろう。
けれども、ジャスティーナは迷ってしまった。
――顔が、顔が変わったら、またあのお屋敷に戻れるかしら。お父様もシュリンプもきっと諦めてくれるはずだし。
返事をしようとした瞬間、馬車が大きく揺れ止まった。
「何、やってるのよ!」
怒鳴ったのは沼の魔女。
「申し訳ございません。小鹿が突然飛び出してきて」
ハンクは御者台から降りてきて、扉を開けると詫びを入れる。
ジャスティーナは彼の顔を見て、冷静な自分を取り戻した。
――イーサン様は容姿を気にしている。自分の容姿のことをすごく。それなのに、私は簡単に顔を変えてもらおうとしていた。せっかく元に戻ったのに、わざわざ魔法で変えてもらったりしたら、きっとイーサン様は私を軽蔑するわ。
「ふん。余計なことしてくれちゃって」
ジャスティーナの興奮が覚めたのを見て、イザベラが忌々しそうにつぶやく。
「もう少しでホッパー家に到着します。イザベラ様もご一緒に降りられると聞いておりますが」
「もちろんよ。姿を消した数日間の理由を取り繕う必要があるでしょう?」
イザベラはハンクに答える。彼は頷くと扉を閉め、再び馬車を走らせた。
「まあ、考えておいて。婚約を破棄するのは難しいわよ。あんたの顔、ほーんとむかつくくらい綺麗だからね」
にやりと笑われ、ジャスティーナは少しだけ嫌な気分になる。
以前は外見を褒められるのは当然と思っており、おそらく嬉しかったはずだ。けれども今は全く嬉しいことなどなく、自分の価値がこの顔でしかないことを思い知らされるようで、いい気持ちはしなかった。
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