解け始める呪い
翌朝、ジャスティーナは鳥のさえずりで目を覚ました。
ベッドから降りて、カーテンを開けると朝日が差し込んでくる。眩しさに目を瞬かせながら、その陽の暖かさに浸っていると遠慮がちに扉が叩かれた。
「ジャス様。起きてらっしゃいますか」
その声はモリー。
寝起きのジャスティーナはその声で自分がまだデイビス家にいることを自覚する。この屋敷の居心地の良さに触れ、彼女は心の底から安堵する。けれども、次の瞬間今日はあの屋敷に帰らなければならないと気を重くした。
モリーが持参した桶で顔を洗ってもらい、化粧など必要ないというのに、化粧を施される。
醜いこの顔にどんな化粧も似合わないと思っていたのだが、手鏡を渡され恐る恐る見た。映っているのは、昨日の自身の顔とは少し違っていた。
相変わらず醜い印象ではあるが、造形は昨日よりも幾分整っているようだった。
「変わっている?」
「そうみたいですね」
はじめは化粧かと思ったが、それにしては変わりすぎだと尋ねてみる。するとモリーも頷く。
「旦那様にご相談してみましょう。あの方はそういうことに詳しいですから」
支度を整え、広間に入ると、イーサンはすでに席についていた。
彼は今日も変わらず昆虫顔だったが見慣れると親しみを感じる。ジャスティーナは恐れることも、顔を背けることもなく、微笑んで挨拶する。
イーサンは彼女の態度に少し戸惑っているようだが、同様に挨拶を返した。しかし、ふと彼は彼女の顔の変化に気がつく。
そうして、朝食は、すっかりジャスティーナの顔が変わったことについて話され、食事どころではなくなっていた。
偽名は使い続けていたが、イーサンに魔女に呪いをかけられた経緯などを聞かれ、ジャスティーナは素直に答えていた。
魔女と自身のやり取りを話す時はとても緊張したが、隠すつもりはなかった。
「呪いは解け始めているようだ」
「どうやって?何が原因?」
「わからない。魔女に聞いてみるか?」
「そんなことできるの?」
「ああ、ルーベル公爵家のお抱えの魔女だろう。調べればすぐわかる」
「お願いできる?」
「もちろんだ」
「ありがとう!」
イーサンにしっかりと頷かれ、ジャスティーナは感謝の意を伝え微笑む。
「あの、デイビス様?」
急に考え込むようにした彼に、ジャスティーナはあまりにも彼に頼りすぎたかと心配になる。そもそも彼は成り行きで彼女を屋敷に招き、一晩宿を貸しただけ。二人の間にそれ以上のつながりはない。
「ごめんなさい。迷惑よね。お屋敷に泊めていただいただけでも十分なのに、こんなお願い」
「いや、そうじゃないんだ。気にするな」
「でも、」
「ジャス様。魔女様と連絡が取れるまでしばらくかかるでしょう。それまで滞在されるのはいかがでしょうか?」
「ハンク!」
彼の申し出にイーサンはぎょっとして執事の名を呼ぶ。
「迷惑よね?」
家に戻りたくない、この屋敷にいたいジャスティーナからすればありがたい申し出だったので、彼女は驚き慌てふためくイーサンに尋ねる。
「そんなことはない」
「そうであれば決まりですね。さて、今日は天気もいい。お二人で湖にでも行かれたいかがですか?」
そう口を挟んだのは、それまで成り行きを黙って見ていたマデリーンで、イーサンはその小さい口をポカンと開ける。だがすぐに口を閉じた。
「いや、それは急過ぎだ。だいたい彼女がこの屋敷に滞在すること自体、大丈夫なのかどうか……」
「デイビス様、やはり無理よね。そんな長く滞在するなんて……。魔女の行方を調べてくれるだけでもありがたい申し出なのに」
「ジャス嬢。いや、それはいいんだ。本当に。俺が問題としているのは今日の湖へ出かけることで」
「そっちのこと?私は全然構わないわ。湖なんて行ったことないし、連れて行ってもらえるなら嬉しい」
しばらくデイビス家に滞在できるとジャスティーナは心が踊るのを感じていた。
また昨日まで重かった瞼も少し軽くなり、視界も広がったような気がする。
魔女の呪いで、このような顔になったが、そのおかげで気の良い優しい人に会えたと彼女は考えるようになっていた。
「デイビス様?」
浮かれていたようで、ジャスティーナはイーサンがその大きな瞳をじっとこちらに向けていることに、やっと気がつく。
「あ、すまない。俺のことだが、デイビスというのは家名だ。できればイーサンと呼んで欲しいのだが」
呼び名のことか、それなら安心だと思っていると、イーサンの背後で、ハンクは目頭を押さえ、モリーとマデリーンはお互いの手を取り合っているのが視界に入った。
「えっと?」
状況が分からず戸惑っていると、イーサンが彼女の視線を追い振り返る。すると、とたんにハンクはハンカチを隠し、モリーとマデリーンは手を離して素知らぬフリをした。
それがとてもおかしくて、ジャスティーナは弾けるように笑い出してしまった。
「ジャス嬢?」
広間に彼女の軽快な笑い声が響く。
イーサンはまた使用人たちがいらぬことをしたとわかっていたが、彼女の笑顔と笑い声はとても心地よく、目を瞑ることにした。
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