顔が醜いから婚約破棄された男爵令嬢は、森で昆虫男爵に出会う。
ありま氷炎
一部
顔が醜いと婚約破棄される。
悪い事すると昆虫男爵に連れて行かれるよ。
大人たちは子どもたちにそう言い聞かせる。
昆虫男爵、森の中に住む昆虫そっくりの男爵。
それは噂ではなく、事実であり、その血は絶える事なく受け継がれていった。
森の中の屋敷、魔法具で守られた穏やかな場所で、その子は誕生した。
父親と同じように昆虫そっくりな顔で。
彼らの一族は森でひっそり暮らす。
この子も同じ道を歩むはずであった。
ところが、それから二十年後、彼は運命的な出会いを果たす。
彼女の名はジャスティーナ・ホッパー。
金色の髪の青い瞳のとても美しい令嬢だった……。
☆☆☆
婚約者シュリンプの父ルーベル公爵が訪れていると耳にして、彼女は使用人を振り切って、部屋を抜け出した。
そうして、客間に近づいたところで、少し開いた扉から二人の会話を耳にする。
「ルーベル公爵。やはりそうですか」
「すまない。どうしても無理と言ってな」
そのやり取りでジャスティーナは彼らが意図がわかり、感情に任せるまま思いっきり扉を開けた。
「どういうこと?この顔だから断るの?シュリンプは私に直接会いにも来ない。婚約破棄したいなら自分で来るべきよ!」
大声で怒鳴りながら彼女が姿を現すと、公爵の顔が引きつった。
それは彼女の行動や言葉を受けてではなく、その顔の醜さによるものだった。
ジャスティーナの顔は異常に大きかった。赤子のようにアンバランスな大きな頭。まぶたが大きく腫れ、目は潰されているように細く、鼻は頬が大きく膨らんでいるせいか、ぺちゃんこに引き伸ばされている印象だ。口も唇の膨らみは全くなく、線を引いたよう。
彼女の顔はとてつもなく醜くかった。
「ジャスティーナ!勝手に家の中を歩き回らないように言っていただろう!しかも公爵様と話をしているのに、勝手に入ってくるなど失礼極まらない。公爵様に詫びるのだ」
父は娘を庇うことなく一方的に叱りとばす。
しかも顔が醜いことを理由に婚約破棄をしようとしているルーベル公爵に、詫びを入れるように付け加えたのだ。
そしてその表情、父の表情はご機嫌うかがいをするような嫌な笑顔だった。
「ホッパー殿。私は気にしていないから大丈夫だ」
ジャスティーナを見ることもなく、ルーベル公爵は許してやるとばかりに父に答える。
顔が醜くなったから婚約破棄。
しかも本人は来ることはなく、父親に代理を頼む。
失礼きわまりないことなのに、ルーベル公爵の態度は上位者が下位者に許しを与える、そんな奢ったものだった。彼の爵位を考えれば当然かもしれない。だが、娘を思う父であれば、ここは少しは彼女を庇うべき場面。しかし父はジャスティーナに落ち度があるような態度でただルーベル公爵に頭を下げていた。
「何よ、私が悪いの?私は何にもしていないのに!」
悔しくて、実の父親にも見放されたようで、ジャスティーナは背を向けると走り出す。使用人達は彼女の顔を見ると顔を背ける。痛ましそうに見るほうはまだましなほうだ。彼女はワガママで傲慢で、使用人達に好かれていなかった。
魔女の呪いによって顔が醜く変えられても、心の底から同情を寄せる者などいなかった。だから、誰も彼女を止めなかった。
ジャスティーナはまっすぐ玄関を抜け、そのまま屋敷を走り去る。
屋敷を出て行った彼女を追うものはいなかった。
☆☆☆
「なんで、なんでよ!」
ある程度走ったが、元から体力がないジャスティーナは立ち止まる。そして 今度は歩き始めた。
彼女の醜い顔を見た者は、見ないふりをして離れていき、彼女は街の中を一人、誰に心配されることもなく、かといってと咎まれることもなく歩き続けた。
「なんで!」
ジャスティーナが醜い顔になったのは、魔女を怒らせたからだ。
魔女は醜い顔をしていた。
そう、今のジャスティーナと同じように。
ルーベル家は魔女から特別な薬を作ってもらっており、昨日ジャスティーナは偶然、彼女の姿を見かけて、思わず声をかけてしまった。噂には知っているがその存在を直接確かめたかった。
そうして、魔女が顔を上げた瞬間、彼女はその顔があんまりにもおかしくて笑ってしまった。
「どうして、そんなおかしな顔しているの?病気なの?」
ジャスティーナは素直に尋ねた。
すると魔女は怒り狂って杖を取り出し、彼女に向けた。 杖から七色の光が放たれジャスティーナを包む。そうして彼女はその場に倒れ、ルーベル家は騒然としたそうだ。
「この子の顔を変えてやったわ。私のように苦しむがいい!」
そんな中、魔女は高らかに宣言し屋敷を去り、しばらくしてジャスティーナは目覚めた。周りの様子が異なることに気がつき、鏡を渡され再び気を失うことになる。
顔が変わる前、彼女はとても美しく、周りは彼女を賞賛する者であふれていた。
婚約者だったシェリンプも彼女をとても誇らしく思っていることが伝わってきて、彼女はますます驕るようになっていた。
「ここは?」
足が疲れ、やっと少し冷静になった彼女はやっと周りを見る余裕ができた。
そこはうっそうとした森の中。空が見えないくらい森が茂っており、怖くなって引き返そうとした。が、来た道もわからなくらい、木々が無造作に生えており、彼女は不安になって己の服を掴む。
「迷子か?」
ぞっとするような声がして、ジャスティーナは息を止める。
「面白い顔をしている奴だな」
目の前にすっと現れたのは、「男」だった。背がジャスティーナの頭一つ分大きい。だが、がっちりしているわけではなく、細身の「男」だ。ジュストコールを羽織り、その中に同色のジレを着込み、シャツ。キュロットの出で立ちをしている。
胸も平である。男には違いない。
だが、その顔、大きな両目が離れた位置にあり鼻は平たく、鼻の穴からその鼻の存在がわかるほど。人間というより昆虫に近い顔だった。
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