第67話 VSアバイゾ 6
言葉に呼応するかのように、コータの周囲には蒼色を纏う暴風が吹き荒れた。
コータには極小の風すらも感じさせない蒼色の風が縦横無尽に吹く。
蒼色の暴風は意志を持つように、蠢き前方にいる魔物に襲い掛かる。
『私たち風を司る精霊の神、シナツヒコの名を冠するこの魔法は奥義なの』
ピクシャの言葉を体内で聞きながら、コータは眼前で行われている光景に寒気すら感じていた。
吹き荒れる蒼色の鎌鼬は、うなりを上げながら魔物たちを斬り裂いていく。腕、脚、首。そのどれもに綺麗な切断面を残し、魔物たちは息絶えていく。
周囲は瞬く間に鮮血に染まり、残忍と言わざるを得ないその状況に。流石のアバイゾですら、声を上げることも出来なかった。
「これが……力」
相手と戦い倒せること。それが力がある者だと、コータは思っていた。だが、精霊統合を使用しピクシャと融合状態になった今。
コータはその場から一歩も動くことなく、魔物を蹂躙している。
それを見て、ようやく気がついた。
本当の力の意味に――
見るも無惨に、レッドウルフは顔を斬り裂かれている。開いた口から体を真っ二つにされ、脚をもがれ、グロいなどという言葉では伝えきれないほどだ。
コボルドもサムライゴブリンも同様に、どれがどの部位に当たるか分からないほどに木っ端微塵に斬り裂されていたりする。
唯一血を零していないのが、体を瓦礫で作り上げているゴーレムだ。瓦礫で出来た体でさえも、コータのシナツヒコの力には勝てず、体を分解されただの瓦礫と化している。
時間にするとほんの10秒ほど。たったそれだけの時間で、何十体もいた魔物は骸となっていた。
蒼色の鎌鼬は止んだ。圧倒的な破壊の痕を刻み込み、たった一人生き残ったアバイゾが恐怖に打ちひしがされた表情で銃口をコータに向けた。
翡翠色の瞳で、コータはアバイゾをじっと見る。
コータに見つめられたことが、また新たな恐怖に結びついたのか。アバイゾは息をのみ、最後の砦である魔導銃に縋るかのようにトリガーを引いた。
爆音を響かせ、弾丸が飛び出す。螺旋状に回転しながら、勢いよくコータに向かう弾丸。
だが、コータはそれを少し首を傾げただけで避けきって見せた。
「な、何なんだ!」
怯えたように。畏れるように。
アバイゾは間髪入れずに両手の魔導銃のトリガーを引き続ける。
雨のように、コータに襲い掛かる弾丸の嵐。しかし、それをものともしないコータは、素早く体を左右に動かしながらアバイゾに詰め寄る。
「くっ、来るなッ……」
魔導銃をもってしても傷一つ付けられないコータに恐怖しか覚えない。
どれだけ狙いを定めて放っても、コータはそれを避ける。どれだけ祈りを込めて叫んでも、コータはアバイゾに寄ることを止めない。
一歩、また一歩と。コータはアバイゾに詰め寄っていく。
「来るな……だと?」
怒りを孕んだ声がアバイゾに伝わる。
「お前が俺を打ったこと、それを庇ってロイを殺したこと。その悲しみを茶番と言ったこと――」
鮮血にまみれた大地を踏みしめ、コータはドスを効かせた声音で叫ぶ。
「俺は絶対許さんぞッ」
周囲を纏う蒼色の暴風に凄みが増す。コータは大地をえぐり、蹴り出すと刹那の時間も要さずにアバイゾに詰め寄る。
そして、アバイゾの首を掴み上げた。
「グワァ……」
「苦しいか? 苦しいだろ?」
怒りに満ちた目がアバイゾを捉える。その目に恐怖したのか、アバイゾはコータから視線を逸らす。
「クッ……」
コータによって首を絞められたアバイゾは、空気を求めて嗚咽を洩らす。だが、コータはそれでも力を抜くことなくアバイゾを追い詰める。
「お前は殺した奴らの苦しみを味わえ」
自分を庇って死んでしまったロイ。差別的な意識を持っていたが、それでも最後にはそれが無くなりつつあった。もし、ロイが生きていれば。このさき、人間とエルフが国交を結ぶなかで重要な役割を担えたかもしれない。
コータとロイは仲良くなれたかもしれない。
見下していた相手を庇うまで成長したロイを思うと、悔しくて悲しくて。コータは思わず目尻に涙を浮かべていた。
「絶対に許さん」
それと同時にふつふつと湧き上がった怒りを言葉にした瞬間。
――バンッ!!
爆音が響き渡った。
苦しみもがきながら、アバイゾがコータに向かって魔導銃を発射したのだ。
瞬く間に蒼色の暴風が発砲部にまとわりつき、コータへの衝撃を最小限とした。だが、発砲時の衝撃は強く、コータはアバイゾの首を絞めていた手を離してしまった。その隙を逃すことなく、アバイゾは後方へと大きく飛んでわめく。
「人間如きにッ! 魔族七天将の一角を落とせると思ってるのかッ!」
激昂するアバイゾは、両手に持っていた魔導銃を捨てた。
「折角手加減してやってたと言うのにッ! 貴様だけは確実に此処で消してやるッ!」
低く耳障りな音で。アバイゾは猛ると両手をコータに向ける。
同時に、闇色がアバイゾを包みあげていく。禍々しく、触れるだけでも魔に当てられてしまいそうな。そんな雰囲気さえある。
それらは意志を持っているかの如く、唸りをあげながら槍の形を形成していく。
『下がって』
どこか危機感を覚えたピクシャの声音がコータの体内から聞こえてくる。
蒼色の暴風を纏い、多少の攻撃ならば無効化にできるはず。そう考えていたコータは、ピクシャの言葉に応えるのに刹那の時間を要した。
その僅かな時間で、闇の槍を創り上げたアバイゾはそれをコータに放つ。
「与えられし力、伍ノ能力【破滅ノ増幅”クライシスオーバー”】」
圧倒的な闇の槍を前に、後方へと避けようとするコータを前に。
アバイゾが静かに呟いた。
瞬間、ただでさえ圧倒的な力を誇っていた闇の槍に、更に強力な魔力が加わった。
「こ、これは――」
纏いし蒼色の暴風が、慌ただしくコータを周りを吹き荒れる。コータを護るように、前方で収束しようとしている。
「魔族七天将の力を舐めるな」
『逃げてッ!!』
アバイゾの呟きとピクシャの声音が重なった瞬間、向き合っていることすらままならない程に強力になった闇の槍が、コータに襲いかかった。
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