第56話 アバイゾの計画
「ピス……何とかってのは知らねぇな」
魔道銃を手にしたハイエルフは、首を傾げながらそう言い放つ。
どうやらハイエルフは、銃をピストルと呼ぶことを知らないらしい。
しかし、その手にしているものは間違いなくピストルなのだ。
「その手にある物のことだよ」
弾丸に剣など太刀打ちできない。そんなことは百も承知だ。だが、コータは月の宝刀を抜き、体の前で構えた。柄を右手で握り、左手を広げてネーロスタを庇うように立つ。
「逃げてください」
コータは短くそう言い放つ。ネーロスタは、それにかぶりを振った。
コータにそこまでしてもらう筋がない。これはエルフの間での事だから。
そう考えるネーロスタ。だが、コータにそのようなことは関係ない。
今はネーロスタをここから逃がすことしかかんがえてないのだ。
コータはネーロスタの肩を押す。力は入れてない。だが、ネーロスタは数歩後退する。
「逃げて!」
そう叫び、コータはハイエルフに向かった。
コータの行動を見たハイエルフは、銃口をコータに向けようとする。だが、コータは狙いが定まる前にハイエルフに達した。
腕を切り落とさんする一撃。
ハイエルフは体を後方へと逸らし、その攻撃の回避をする。そのため、構えていた銃口が大きく逸れる。
その隙をつき、コータは体を捻じる。そして、月の宝刀を大地に突き刺し、手に力を込める。
「体術 掌打」
体の捻れさえ力に変え、手を上へと突き上げる。
掌打はハイエルフの手首に直撃する。
その一撃に、ハイエルフは思わず手にある魔道銃をこぼしそうになる。
しかし、どうにかそれを堪えたハイエルフ。
「くっ」
手が痺れているのだろう。
小刻みに震える手を見ながら、ハイエルフはそう毒づく。
その隙にコータとネーロスタはその場から姿を消した。
「クソがッ!!」
魔道銃を以てしても、逃げられたという事実。
それに怒りを覚えたハイエルフは、雄叫びを上げた。
* * * *
「これで本当に……」
良かったのか。
ハイエルフ族の族長エルガルドは、悩んでいた。
戦いの火蓋は切って落とされた。今頃、ハイエルフはエルフの高等住民区に攻め込んでいるはずだ。
しかし、元を正せばハイエルフもエルフも同種。
そんな間柄で殺し合いをしていいものなのか。
エルガルドには分からなかった。
「悩むことはない」
そんなエルガルドに、アバイゾは静かに言った。
「そうなのですが」
見張り役の一人は殺された。
悩む必要はないはずなのに。エルガルドは、どうにも決断しきれていなかった。
「どうやら人間も向こうの味方についたようですな」
攻め込んだハイエルフたちの通信から得た情報によると、エルフ族の族長の一人娘であるネーロスタを庇ったらしい。
そして、刃まで向けてきたとの話だ。
「全ハイエルフに通達する」
そんな状況を鑑みたのか。ハイエルフの住処としている樹海で、エルガルドの横に立ち尽くす伝説上の存在であるダークハイエルフが念話を発した。
「エルフ族に加え、人間種も標的に加える」
「そんなッ!?」
アバイゾの念話に、エルガルドは声を上げた。
もし人間種に手を出してしまえば、種族内の争いだけで済まなくなる。
国際問題となり、世界で孤立してしまうことになる。そうなれば、幾らエルフ種が手を取りあったとしても、生き残るのは難しい。
「甘い。そんな甘い考えでは戦いに勝てんぞ?」
アバイゾの邪悪に光る瞳が、エルガルドを捉える。言葉を発そうと試みる。だが、エルガルドはアバイゾの威圧により声を放てない。
「いいのですか?」
「エルフ種じゃないんですよ?」
念話で飛び交う疑問。
幾ら邪魔をしてきている、とはいえ種族が違う。そのような相手と交戦をしていいのか。
攻め入ったハイエルフにも戸惑いが生じている。
「殺れ。邪魔する者を排除してこそ、真の頂点に立てる者だ」
そんな不安要素を一蹴するように、アバイゾは念話を飛ばした。
その言葉に救われたかのように、ハイエルフたちから勢いの雄叫びが届いた。
「ダメだ……、殺ってはダメだ」
このままではエルフの立場がなくなる。
直感的にそう考えたエルガルドは、小声で何度も呟く。そして、それを念話で飛ばそうとする。だが、どうしても上手くいかない。
「残念だ。エルガルド族長がここまで残念とは」
呆れ返った声が、エルガルドの頭上から届く。
エルガルドは恐る恐る顔を上げた。
そこに居たのは、アバイゾ。しかし、先程までとは雰囲気が違う。
魔力の質が変わった、とでも言うべきだろう。人やエルフのような魔力とは根本的に違う。
そんな異様な魔力を纏うアバイゾに、息を呑みエルガルドは訊く。
「あんたは一体……」
「最初に言ったろ? 魔族七天将が一人ダークハイエルフのアバイゾだ、と」
低く、聞くものに不快感を与える声質で。
アバイゾはそう言い放ち、指をならした。瞬間、空間が裂け、そこから大量の獣が出現した。
様々な色の体毛を持つ、狼が牙を剥き出しにしてエルガルドに迫る。
1匹の狼の口の周囲に、魔法陣が展開される。
そこから火炎が吹かれる。どうにかそれを避けようと、背の羽を動かそうとする。
だが、どうも上手く動かない。
「残念。お前の魔力制御は我の手にあるんだ」
――
眼前にまで迫った焔が、エルガルドの全身を覆った。そして、次の瞬間。
エルガルドの体は、灰と化したのだった。
「嫌な臭い」
感情を感じさせない、起伏のない声で。
アバイゾは鼻を抑えながら言った。
――カサッ。
その時、そんな音がした。
「誰がいるのか!?」
周囲に警戒の目を向けながら、アバイゾは索敵魔法を使う。
「西の方に反応があるが」
アバイゾは反応のあった方に視線を向ける。そこにいるのは、エルフより攻撃を受けて逃げ帰ってきた見張り役の一人だけ。
「気のせい、ですか」
小首を傾げながら、アバイゾは視線を前に戻す。
そして、誰にも聞こえない程の声量で言い放つ。
「魔王コバヤシ様のために、まずはエルフ領を落とすとしましょう」
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