第55話 逃げるコータとネーロスタ
「
言葉に反応するように、コータに向けられた手のひらに赤色を帯びた魔法陣が展開される。
刹那で展開して魔法陣からは、この世を焼き付くさんばかりの紅蓮の焔が吹き出す。
焔はうねりを上げ、次第に火球よりも小さい形を作り上げていく。
大きさは小さい。が、1つ1つから感じる魔力量は、火球など話にならない。
コータは魔法を発動したハイエルフの周囲に漂う5つの火球弾に目を配る。
――正直言って、ヤバすぎるだろ。
国に投下されしものならば、その国は焼け落ちることは目に見えている。
それほどまでに膨大な威力を誇っているだろう。
「ここで消えてもらう」
ターゲットはもちろんネーロスタ。
視線で判別できる。だが、この場にいるコータも無事では済まないことは明白。
「正直、防御魔法は苦手なんだよな」
てか、まだちゃんと使ったことないかも。
模擬戦争においても、守るより攻めるを重視していた。そのため、コータは防御魔法に関してはほとんど特訓をしていない。
「やるだけやってみるか。暴風の圧"ウィンディ・プロテクト"」
自身の前に強い風がうずまき、自身を守る盾となる。
そうイメージをし、コータは魔法制御を試みる。
体内に循環する魔力と、放出する魔力。全てを感じて制御する。
先程の魔法発動で、魔法制御に成功したことは大きいだろう。
眼前に現れた緑色を帯びた魔法陣から、瞬時に暴風が巻き上がり、自身を守る盾となる。
同時に、ハイエルフが火球弾を撃ち込んでくる。
焔と暴風がふれあい、互いを相殺していく。
「まさかッ!? 我らハイエルフと同等の魔法だとでも言うのか!?」
栄えあるハイエルフが、人間と同レベルの魔法を放つ。
そのようなことはあってはならない。
そう言わんばかりに、ハイエルフは目を見開き声を荒らげる。
「嘘でしょ……」
コータの横では、ハイエルフと同様にネーロスタが驚きを露わにしている。
――そんなに凄いのか? 俺の魔法。
何を以て凄いと言っていいのか。その基準が分からないコータには、驚かれてもあまりピンと来ない。
だが、分かることだってある。それは、この場から逃げることがどれだけ重要であるか、ということだ。
このままこの場に留まれば、次から次へと魔法が放たれ、コータの魔力が尽きることは目に見ている。
だから――
「行きますよ」
コータは事態に思考が追いつかず、フリーズしてしまっているネーロスタの腕を取る。他のエルフはコータが
あとは、ネーロスタだけなのだ。
許可など取っている暇はない。
強引に腕を引き、コータは駆け出す。
「ちょっ、ちょっと!」
その強引な行動に、ネーロスタは戸惑いを隠せない。だが、コータはそれを聞き入れることはできない。
ここで止まれば、すぐに魔法が編まれ攻撃されるのは必須。
「いいから。ここから逃げるんです」
ハイエルフが強いということは、先程の魔法攻撃を見れば分かる。
強いと分かる相手に数でも負けている。その状況で戦いを挑むのは、アホだ。アホのすることだ。
コータは腕を引く力を弱めることなく、高等住民区と住民区を繋ぐ景観な場所。
天に聳えるように生える樹、ソレイユが並び綺麗な小川が流れるそこを横に入る。
ハイエルフが住まう樹海よりは樹々の量は少ない。だが、それでも樹々が並んでいるだけはあり、迷路のようになっている。
「どこに逃げようと無駄だぞ」
少し後方より、そんな声が届く。
「今は逃げるんです。こちらが体勢を整えない限りは防戦一方になって、何もできません」
コータの言葉にネーロスタは黙り込んだ。
反撃をしようにも、すれば話が拗れる。
ただ防御しているだけでは、いつかは破られてエルフがやられることになる。
だから、逃げるが最善だということは理解していた。
しかし、恐怖がネーロスタをその場に貼り付けていた。
「ありがと」
だからこそ、引っ張ってでも逃がしてくれているコータに礼を告げた。蚊の鳴くような声で、コータに届いたかどうかも分からない。
それでも、言葉にしておきたかった。
ネーロスタの気持ち的に。
「何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないです」
ぎこちない笑みを浮かべたネーロスタが、そう言った時だった。
高笑いのような声が周囲に轟いた。
そして次の瞬間、耳を劈くようなパンッ! という轟音が鳴り響いた。
強い空気の振動が鼓膜に達し、激しく鼓膜を揺らす。
コータは握っていたネーロスタの腕を離し、思わず耳を塞いだ。
「なっ!?」
音と同時に眼前に繰り広げられた光景に、コータは喘ぐような声を漏らした。
樹々には大穴が穿たれ、ミシミシと軋みをあげており今にも折れそうである。
――魔法を使った様子もなかった。一体どうなっるんだよ。
得体の知れない一撃に、恐怖が、焦りが、戸惑いが、全身を襲う。
コータは何が行われたを確認するため、攻撃元を辿る。
大穴が穿たれた樹を始点として、後方へと視線を流していく。
「ピストル……?」
攻撃元を視認したコータは、そう洩らした。
この世界にあるかどうかは分からない。だが、あのフォルムに似たものは見たことがあった。
コータが元の世界に居た時にドラマや映画の中で使われていた拳銃。
穿たれた樹に向かった銃口からは硝煙が上がったている。ハイエルフの手にあるものは、コータのよく知る拳銃、正しくそれだった。
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