確実なあした

@say37

  (上)


 始めは、ごく些細な報告に過ぎなかった。1月1日、グリニッジ標準時0:00ちょうどに、地球から40億光年隔たった地点で、地球のおよそ100倍ほどある彗星が、約1秒間観測された。しかも、こちらに向かっており、その進路上に地球は位置するというものだった。厳密に計算を重ねた結果、地球に衝突する確率が100%であることが確認された。

 このショッキングな報告は、計算方法に疑問と反抗心を燃やした一部の研究者達には波紋を投げかけたが、ほとんどの地球人は、無視した。何しろ40億光年先にある星のことなのである。衝突が避けがたいとしても、自分たちの人生には無関係であるし、可愛い子どもたちにも関係がなかった。若い夫婦は、自分たちの孫の代までの未来をチラと気にしたが、やはり全く心配する必要がないのだ、ということに気づいて、安心してベッドに入った。

 一部の研究者達も、やはりケチの付けようがなかったので、黙ってしまった。その結果、この年の1月1日に世界を駆けめぐったニュースは、あっという間に忘れ去られてしまったのである。

 再び、ショッキングなニュースが世界を駆けめぐったのは、翌年の、やはり1月1日だった。グリニッジ標準時0:00からちょうど4秒間、その彗星が観測されたのだった。地球から39億9999万9999光年先にあって、地球に衝突する確率が100%であることが再び確認されたのである。

 地球のすべての人々は、ニュースを聞いて、昨年、ほんのわずかではあっても、未来を悲観的に考えてしまったことを恥ずかしいと思った。1年で1光年分移動する彗星は、つまり光速で進んでいる。それは確かに速いには速いが、衝突が、39億9999万9999年後の出来事だということがはっきりしたのだから、全く気にしなくていいのだ。多分あと2億年もすれば、宇宙旅行ができるようになっているだろうし、20億年くらい未来には、地球は地球人にとって用済みになっているであろう、と考えたのだった。

 一部の政治家は、この「悲劇」を何とか票に結びつけることができないだろうかと画策したが、夢想家・悲観論者というマイナスイメージしか生み出さなかったので、途中で止めてしまった。

 また、一人のペシミストの教祖が、「子孫のために、今から資金を用意しましょう」と呼びかけて、募金を開始したが、信者の一人から、「今、銀行に1万円を複利で預けておくだけでも、30億年もすれば、きっと地球を何個か買えるくらいの資産ができるはずだから、教祖様お一人の財産だけで十分ではありませんか」と問われて返答に窮し、あっという間に教団は瓦解してしまった。

 翌年の1月1日0:00から12秒間、またまた彗星は姿を現した。地球から39億9999万9989光年先にあった。1年間で10光年分進んだことになる。

 ほとんどの地球人は、この思いがけない「誤差」に、わずかに首をかしげながら、でも、まだ想像を絶する未来の出来事であることに変わりはないのだと思った。少し算数の得意な人達は、計算の結果、衝突が約40億年後ではなく、4億年後になったことに気づいた。

 科学者たちは、一応、もしかしたら彗星は、加速度的に速度を速めているのではないかと心配し始め、同時に、光より速い物質などあるはずがないから、計算ミスだろうと考え、それがこの年の学会の定説となり、それを主張した科学者二人が、なぜかノーベル平和賞を受賞した。

 翌年、1月1日0:00から約25分間にわたって、彗星が観測された。地球から35億9999万9989光年先だった。今回も衝突の確率は100%であった。4億光年分近づいていた。

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