第29話

 ざわざわと声が波打つ街を目的地へ向けて真っ直ぐ走るあなたの耳に、再び大きな地鳴りが聞こえたかと思うと、続けてあなたの体を浮遊感が襲った。

 突然の事に前のめりになりながらも、あなたは何とか着地するとそのまま歩を進める。

 これだけ強い衝撃を感じたのだからそろそろ目的の場所が近いはずだ、と疲労で俯き始めていた顔を上げたあなたの眼前で、ぶわりと砂煙が撒きあがった。

 咄嗟に両手で顔を防いで立ち止まったあなたの耳に、続けて轟音が響く。

 指の隙間から入ってきた砂煙で涙目になりながらも、あなたが何とか目を開けると、片膝を土に付けた状態で我が身ほどの大きさはありそうな拳を受け止めている狐の姿があった。

 鉄拳を繰り出した主は予想通りあの大青鬼であり、どうやら部下の鬼達も全員連れてきているらしく、山へと続く出口はワーワーと騒ぐ鬼達で埋め尽くされていた。

その喧騒のせいであなたに気付いていないのか、大青鬼は狐の方だけを見ながらにやりと笑うと、

「そのような姿では体が重いのではないか? わざわざ人の姿などせずともよいものを」

 そう言って、もう一度拳を振り上げる。

 狐はそんな憎まれ口や野次に反論する余裕すらないのか、呆けたように鬼の拳を見つめたまま動かない。いや、動けないのか。

 このままではマズい、と思ったあなたは急いで狐と大青鬼の間に両手を広げて立ちはだかると制止の声を上げた。

 そこで初めて存在に気付いてくれたのか、鬼は振り上げた拳を一旦止めると、

「お前は昨日の……」

 言いかけてから、あなたの顔をじいっと見つめた。

「何をしておるかこの大馬鹿者めが。あの犬畜生は何をやっておるのだ」

 大青鬼が静止している間に、狐は憎々しげな声を上げると、

「奴はお前の敵う相手ではない、さっさと逃げろ」

 と言葉を続けた。

 言葉こそ乱暴ではあるが、自分を顧みずあなたの身を案じてくれているその言葉に、あなたは振り返ると真っ直ぐに狐の瞳を見つめ返した。

「お前……」

 そんなあなたに狐が何か言いかけた所で、

「いい眼をするようになったな、小僧。次の相手はお前か?」

 と振り上げた拳を解いた大青鬼の言葉が割って入った。

 あなたが大青鬼の言葉に頷きで返すと、狐は再び何かを言おうと口を開くも、戦いでの痛みが響いたのか小さく唸ってその場で俯くと、

「全く、小憎らしい所までにているとはな」

 何かを小さく呟いたようだが、あなたに聞こえない様に言ったらしく上手く聞き取れなかった。

「さぁ、どこからでもかかってこい」

 よほど自信があるのか、大青鬼は腰に左手を当てながらあなたの方を向くと、右手をあなたの方へ向けるとくいくい、と誘う仕草をした。

 生まれてこのかた喧嘩の一つもしたことがないあなたが直接力比べをしようものなら、昨日のように掴まれて握りつぶされてしまうのがオチだろう。

 それが分かっていてるので、あなたは握った拳を前へ突き出すと、

「くるか!」

 身構えた大青鬼に向けて、拳を二本指、二本指を五本指、と変えて見せた。

 あなたが突然起こした行動に、場が一瞬シーンを静まり返る。数多の視線があなたの行動の真意を図りかねている中、大青鬼が大地を揺らすほど大きな声でがははと笑うと、

「なるほど、鬼にじゃんけんで勝負しろと言うのかお前は。面白いではないか」

 答えながらぎゅっと握り拳を作るとあなたを見下ろした。

 意外と素直に従ってくれた事に驚きながらも、負けられない勝負に緊張しながら出す手を考えていると、

「じゃーん、けーん」

 大青鬼が上半身をぐっと捻りながら、突然開幕を宣言した。

 ただのじゃんけんで何もそこまで構えなくても、至極暢気なあなたへ向けて、

「ぽぉんっ!」

 短い掛け声と共に、大青鬼の拳があなたの方へ向けて思いきり振り下ろされた。

 なるほどそういう事か、とあなたが納得する間もなく、五本指を広げたあなたの手の平が反射的に巨大な拳を迎え撃つ。

 周囲の鬼達のワーッという歓声が、やけに遠く聞こえた気がした。

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