第21話

先程まで歩いていた道よりもさらに獣道といった様相の道を進んでいたあなたの膝に、チクリと小さな刺激が走る。膝から滴る血を見て、制服に着替えた自分の判断が正しかった事をあなたは悟った。

布でも当てておきたい所だったが、あいにく今のあなたにその様な気の利いた道具があるわけもなく、チクチクと小さな痛みを訴える右膝を無視してさらに進む。

そうしてしばらく進んだ所で、あなたは何かの気配を感じて立ち止まった。


「親分も人使いが荒いぜ、まったく……」


続けて聞こえてきた遠くない声から遠ざかるように身を隠すと、音だけに集中して声がした方へと身を乗り出すあなた。

声の感じと体色から緑鬼ではないようだが、赤色と黄色の体色と服装を見る限り、鬼の仲間には間違いなさそうだ。


「もしも街の方へ行ったんだとしたら……」

「やめろよ、考えたくもない」


 遠ざかってゆく気配に気付かれぬよう、今度はその二匹の背中を追う。何となく鬼達が探しているものの予想が付いたが、もちろん確証はない。

 そのまま二匹に付いていき、二匹が開けた空間へ足を踏み入れた所であなたはその手前で立ち止ると、再び傍の茂みに隠れた。

 人工的に切り開かれたであろう広場のような空間に、先程の二匹も含めて体格から色まで多種多様な鬼が集まっている。

 こっそりと身を乗り出し、見える範囲で見回してみると、見失った緑鬼の姿も見て取れた。

 あなたがどうしたものかと悩んでいると、がやがやと騒がしい声が入り乱れていた広場の空気が、突然ざわりと変わったかと思うと、どしん、どしんと地鳴りのような音が響く。

 その音を出迎える様に鬼達は無駄話を止め、皆背筋を伸ばして音の方を向いた。あなたもこの轟音の正体を確認しようと、先程より深く身を乗り出す。


「皆の衆、よく集まってくれたな」


 声が上の方から聞こえたかと思うと、木々の間からにゅっと青色の巨大な影が現れた。

その姿は今まで会ってきた鬼達とはまるで違っており、一言で言えば正に鬼といった感じで、金棒を持たせればそのまま絵本の中に登場できそうな風貌だ。

立ち並ぶ鬼達に立った大青鬼は周囲をぐるりと見回すと、丁度あなたがいる茂みの辺りで視線を止めて、


「こんな場所まで入り込むとは、何奴だそこの人間」


 と、ドスの効いた声で言い放った。その声に、広場にいた鬼達の視線が一斉にあなたの方へ向けられる。

 人間、という単語によって視線に混じる敵意が増したのは気のせいではないだろう。

 こんな大量の視線を浴びてしまっては、もはやこっそり逃げるなど出来る筈も無いので、あなたは観念して茂みから姿を現した。

 あなたの姿を見て、視線に驚きや興味が入り混じったのを感じる。人を見るのが初めての者や、あなたの姿と似たものを過去に見たことある者がいるのだろう。

 そんな多種多様な視線の中で変わらぬ視線を送り続けていた大青鬼が、


「懐かしい顔だ……お前が噂の後継人か」


 と、再び声を上げるとあなたの顔をまじまじと見つめた。

 今度の声にもドスが効いていたが、その端に少し悲しみのような、落胆のような、そんな感情が見え隠れする声だった。


「その後継人が、こんな所まで何用だ」


 言葉を続けながら、再び地鳴りのような音を立ててあなたの方へ歩み寄る青大鬼。巨大な足に踏まれぬように足元の鬼達が十戒のように割れる。

 目の前まで来た大青鬼を見上げ、無意識のうちにあなたは喉をごくりと鳴らした。

 今まで出会ってきた異形全体から見ても一線を画すその存在感に、あなたが何も言えずに棒立ちしていると、大青鬼が急に鼻をひくひくと揺らし始める。

 あなたが鼻息だけで吹き飛んでしまいそうな体を何とか踏ん張らせていると、ずいっと伸びてきた手があなたの体をぎゅっと握りこんだ。

 背中まで回ってまだなお余りある手の平にがっちり掴まれ、あなたは身動き一つ取れなくなる。


「その匂い、ナナのものだ……ナナを一体どこへやった」


 語気をさらに強めた声で大青鬼が言う。

 そんな語気に呼応するように手の平に籠る力が強くなり、あなたの体を締め上げ始める。

 今の言葉であなたはやっと確信を得た。鬼達が探していたのは、やはりナナの事だったのだ。


「返答次第では……」


 ギリギリと体が軋み、大青鬼の体格通りの力強さをその身に受けるあなた。

 すぐにでも居場所を答えることは出来るが、果たしてそれが今の状況で正解なのだろうかとあなたは考える。

 話が通じず、逆に怒りを買ってしまえば、このまま弁明の余地も無く握りつぶされてしまうという可能性もあり得るのだ。

 とりあえず会ってみれば何とかなるだろう、などと思っていたあなたがいかに異形というものを侮り過ぎていたかを思い知らされる。

 昔話の中でも、多くの異形は人に仇を成す存在として描かれているのだから、この結果は言わば当然の事であり、むしろあの街にいる異形の方が異様なのだ。

 その時初めて、あなたは異形に対して恐怖を感じてしまった。

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