第6話

「……なるほど、孫だったか。確かによく見ると男だ」


 居間へと通されたあなたとめいは、ちゃぶ台を挟んでひょろながと向かい合うように座った。ひょろながは座った姿勢でもかなり背が高く、今のひょろながと立った状態のあなたとめいを並べてやっと大中小と言った感じになりそうだ。


「しかしよく似ているな……目元など瓜二つではないか」


 ひょろなががまた細い腕を伸ばし、今度はあなたの目元に触れた。祖母に似ていると言われること自体に不満は無いし、むしろ喜ばしい事なのだが、こうしてべたべたと触られるのはどうもよろしくない。


「すまんすまん、悪気があったわけではないのだ」


 そんなあなたの気持ちが顔に出ていたのか、ひょろながはあなたの頬から離した手でそのまま頭を掻きながら謝罪した。しかし、晩年の祖母しか知らぬあなたは似ていると言われてもいまいちぴんと来ないので、ひょろながに昔の祖母の事について聞いてみた。

 ひょろながは頭を掻いていた手をそのまま顎に乗せ、ふむと小さく息を付いてから、


「そうだな、あの人は……自由な人だったな」


 という切り出しで、昔語りを始めた。



「それじゃひょろなが、貰っていくぞ?」


 髪の長い少女がアイスをひょいと拾い上げ、やたら背の長い男へ声を掛ける。男は少女を見下ろしながら、


「……こら、代金を置いていけ」


 そう言って手を器のようにして差し出すが、そこに乗せられたのはアイスの空き袋だった。背の高い男がアイスの空き袋へ向けていた目線をそのまま上へ上げると、


「ひひ、ありがたく受け取れ」


 そう言って少女は背中を向けて去って行った。これで何度目だ、と背の高い男は溜息を吐くしかなかった。



「そうだな、他にも……」


 続けて語ろうとするひょろながを、あなたは右手を突き出して制す。どうせ同じようなエピソードしか出てこない気がしたからだ。あなたの祖母に対するイメージと言えば一に優しい二に優しいであったので、あまりにもギャップのあるひょろながの話にあなたは困惑してしまう。


「……最後まで自由な人だった、本当に」


 昔を思い出したからか、ひょろながはあなたの方ではなくどこか遠くを見て、しみじみと呟いた。祖母の事を語るとき、皆決まって遠くを見つめている気がする。まるでその視線の先に今も祖母がいるかのようで、あなたもその視線を追うが、当然そこには壁があるだけだ。

 そのまましばらく壁の方を見つめていると、ひょろながが立ち上がり、


「なんだ、お前もアイスが欲しいのか?」


 と言って、そのまま壁際にある冷蔵庫からアイスを三本取り出した。一本はあなたに、一本はめいに、そして最後の一本はそのまま封を開けて、何故か縁側へと置いた。

 お代の事をあなたが尋ねると、ひょろながは先程封を開けたアイスの方を一瞥し、


「今日は奢りだ、あの人の」


 とだけ言って、笑った。

 ひょろながの店を後にして、足取り軽く音を立てながら帰路を進むあなたとめい。

お互いに片方の手を握り合い、もう片方の手でアイスを堪能する。赤色部分と緑色部分に色分けされたそのアイスは、昔よく祖母があなたにくれていた物だった気がするが、まさかずっとツケていたのではないだろうかと言う考えが頭を過ぎり、あなたはなんとも複雑な気分に陥る。

 そんなあなたの気持ちを知ってか知らずか、隣で黄緑部分と緑部分に色分けされたアイスを齧っていためいが、


「おいしいですね、後継人様」


 そう言ってあなたに笑顔を向けた。あなたは既に棒だけになったアイスだったものを軽く齧りながら、頷きで同意を返す。きっとこの街には、あなたの知らない祖母がたくさんいるのだろう。今日のような話ばかりでないとよいのだが、とあなたはアイスの棒を噛み締めながら思うのだった。



「やっと帰って来たか」


 家の前へ帰ってきたあなたとめいを出迎えたのは、少し機嫌の悪そうなポチだった。ポチは手を繋ぐあなた達を見てふんと鼻を鳴らし、


「人が腹を空かせて待っておったと言うのに、随分と気楽なものよ」


 と言いながら尻尾を揺らした。そう言えば、今日の外出中に一度もめいの姿が透けそうになった事はなかった。祖母と同じ役目を果たせたようだ、とあなたは安堵する。

 めいとしてもそれは祖母との習慣上ほぼ無意識化の行動だったらしく、ポチに指摘されて変に意識してしまったのか改めてあなたの方を見ると、


「あ、その……えと」


 と小さくどもってから、あなたの手をパッと離して家の中へ走って行ってしまった。そんなめいの様子を見て、ポチが愉快そうに笑う。どうやら誰かをからかったりするのが好きな偏屈者らしい、とあなたはポチの首根っこを掴みながら思った。


「こ、こら!降ろせ、降ろさんか!」


 じたばたと暴れる犬の首を掴んだまま、あなたはめいの後を追う。祖母も毎日、こんな喧騒を楽しんでいたのだろうか、とあなたは小さくほくそ笑んだ。

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