二人と一人

Len

ある事件の真相


クボ シン:41歳 バツイチ独身 20代に離婚後 仕事を辞め実家暮らし 

30歳女性に暴行をはたらき死亡させ、傷害致死罪で訴えられるが心神喪失を認められ処置入院をする


クボ マコト:17歳 シンの中の別人格 高校生らしく 内向的だが時々気を荒立てる 妹であるシンのもう一人の人格ミキを恐れている


クボ ミキ:15歳 シンの中のもう一人の人格 マコトの妹らしく 兄に嫌悪感があり暴力的


大野 さゆり:処置入院 指定医療病院精神科医






とある一家である事件が発生した。40代の実家暮らしの男性が、里帰りをした妹である女性を暴行し死亡させた。暴行および傷害致死罪で起訴された。

しかし、裁判のさなか、刑事責任能力の審議にかかった。

加害者である「クボ シン」には心神喪失の可能性である精神疾患が現れた。

加害者いわく「俺の中には自身以外に二人の人間がいる。そのどれかがやった。」と言い出した。

裁判は一時休廷し、彼は処置入院扱いされ、一度指定医療機関で治療後、再度責任能力の有無を図る方針となった。

彼は今、個室の病室で再審までの治療という調査が行われていた。



大野:(事件後、加害者ここに入ってからは患者として接している「クボ シン」の担当医になった私は、事件の詳細、彼の生い立ちなどの資料を目を通し、彼に「解離性同一障害」かつて「多重人格」とよばれていた疾患の疑いを見出した。ただ、重要なのはそこに責任能力があるか否か。それには事件をおこした人格が基本人格か、それとも彼の中で出来てしまった交代人格なのかを探る必要があった。

「クボ シン」には子供がいない。しかし、彼の交代人格は二人とも基本人格を「父さん」と呼んでいた。いつから現れた人格かもまだ見つけれずにいた。そして、今日もクボの病室を尋ねた。)



マコト:「さゆりさん、どうしたの?ずっとカルテを見て。僕の話聞いてた?」

大野:「ああ、ごめんなさい。大丈夫聞いてたわ。けど、(さゆりさん)じゃなくて(大野先生)って呼んでもらってもいいかしら?」

マコト:「あ、ごめんなさい。また忘れてた、僕。先生って響きが少し怖くって、あ、でも大野先生は怖くないよ。僕の話聞いてくれるし、笑ってくれる。僕は、誰からも必要とされてないから。」

大野「なぜ、そんなこと言うの?前にもそういってたけど、あなたはいくつ?学校いきたくないの?」

マコト:「僕は17歳。学校は、高校に入ればきっといい友達や先生とか新しくできると思ったけど、やっぱり前と同じだった。家にも居たくない、けど自分の部屋しか行くあてがなくて息を殺して部屋に閉じこもってた。だって、時々あいつが馬鹿にしたり、たまに殴ってきたりするんだ。」

大野:「あいつって誰?お父さん?」

マコト:「父さんはそんなことしないよ!父さんは、気が弱いほど優しい。ミキだよ、妹のミキ。あいつは女のくせに、気が強くってすぐ怒って殴るんだ。僕は何もしてないのに・・・。」

大野「ミキちゃん、か・・・。今日はミキちゃんいないの?マコトくんはいつもなかなか出てこないのは、外が怖いの?」

マコト:「あいつ?今はどっかに遊びに行ってる。夜になると帰ってくるかも。僕は本当はもっと大野先生とお話したいけど、ミキがいるとミキが言うんだ「根暗は黙ってろ」って。だから僕はあいつがいなくなる時をいつもうかがってるんだ。」

大野「そうかぁ。ミキちゃん、先生と話すときは明るい子だけどお兄ちゃんのマコトくんには酷いこと言ったりするんだね。」

マコト:「先生!絶対ミキに僕がこんなこと言ったこと言わないでよ?あいつ本当に嫌な奴で、消えればいいのに。」

大野:「大丈夫、先生黙ってるし、そんなこと言うわけないでしょ?今日はいっぱい話したね。また明日お話ししましょう。」

マコト:「うん、少し眠くなってきた。ありがとう、さゆりさん、じゃなくて大野先生。」

大野:「おやすみなさい、マコトくん。」


大野:(彼はクボ シンの中のもう一つの人格、マコト。17歳と言っていたけど、もっと幼い印象をうける内向的で何かを隠しているような雰囲気もあった。見え隠れする不満への攻撃性も、何か気になった。いつものように気になった言葉をメモを取り病室を出ようとした。不意に声をかけられ、一瞬戸惑った。)



シン:「大野・・・さゆり先生?着てすぐもどるんですか?」

大野:「あら、、、えっと。クボ・・・さん?寝てたんじゃなかったかしら?」

シン:「ああ、ちょっとぼーっとしてたら、先生が入ってきて、それで気が付くと出ていこうとするから、何もせずにかえるのかな?っと。」

大野:「覚えてないのね?」

シン:「え?あ、他の誰かが出てきてたんですね。マコトですか?ミキですか?」

大野「マコトくんだったわ。疲れてない?もしよければ、お話うかがってもいい?」

シン:「はい、オレも少し話したいなって思ってたんで。何となく。」

大野:「前にも聞いたけど、クボさんはどうやってほかに二人いると気づいたの?」

クボ:「え?ああ、覚えてるのは以前話したように、ある日、日記というかノートを見つけて。それが、覚えていない間にどんどん文字で埋まっていったんです。その日記にでてきたのがマコトとミキでした。」

大野:「それで、なぜ自分が書いたとわかったの?」

クボ:「最初は誰かほかの人、とおもいました。でもノートを隠した場所もオレしか知らない場所から、いつも机の上に戻ってる。それで、オレ試したんです、自分で書いてるのか。ノートのページの隅にインクを垂らしておいたんです。気づくと、シャツにインクが染みついてた。オレが書いたんだってハッキリしたんです。」

大野:「分かったとき、自分自身がこわかった?」

クボ:「はじめは薄気味悪いと思いました。けど、よくよく考えたら昔からいたのかもしれない、離婚して、実家に戻って、孤独だった自分には、実はずっと一人じゃない、なんというか、伝えづらいですが、本当のオレを分かってくれる奴がふたりいるのかな?って。」

大野:「人格として二人はいるけど、元々あなた自身が作ったもので他人の誰かではないのよ?」

クボ:「わかってます。わかってますよ!けど。なんか、二人の日記みてて自分に家族?子供がいるような気分になったんです。」

大野:「貴方には本当の家族がいるじゃない、お母さんも。日記の内容は覚えているの?まだ持ってる?」

クボ:「あ、、、捨てちゃいました。二人結構字が汚いんで、母親に見られたらオレ、恥ずかしいとも思ったので。内容は、一日あったことの二人の視点からの感想日記、みたいな感じでした。」

大野:「そう、その日記みてみたかった。もしかしたら、マコトくんとミキちゃんが作られた理由がわかるかもしれなかったの。」

クボ:「そうですね、わかるかもしれない。二人のうち、誰が犯人か。それも分かったかもしれない。」

大野:「・・・そうね、クボさん自身は覚えてないのだから、二人の人格のうちどちらかかもね。」

クボ:「・・・あの、疲れてしまって・・・一人になってもいいですか?」

大野:「あ、ごめんなさい。そうよね、疲れてるだろうに長話になってしまって。ゆっくり休んでね。」



大野(クボは返事をせず、そのままベットで丸くなり寝入ってしまった。私はそれを確認し、病室をでた。クボ本人は、本当に他人格を受け入れているのか?大抵の患者は交代人格が現れることに恐怖心や嫌悪感を示す。けれど、彼は・・・。何かをゆだねているようにも見えた。日記、それがあれば分かったかもしれない。なぜ家族だと思うほどの人格の日記を捨てたのか。疑問はあるけれど、ただその行為も何かのヒントになるかもしれない。)


N:それから数日は、クボ シンとマコトが現れ他愛もない世間話だった。入院当初はミキが頻繁にあらわれたが、最近はタイミングのもんだいか、頻度が減った。だが、再審の日は徐々に迫り、担当医は結論を出すまで残り僅かな時間となっていった。


その日、突然看護師に呼ばれ急いで大野はクボの病室に行った。


大野:「どうしました?急いで呼ぶようにと聞いてきたのですが?」

ミキ:「先生!やっと出てこれた、あいつら本当にムカつく。根暗のくせに、うじうじ隠れてしかできないくせに、私を閉じ込めようとして。」

大野:「ミキ・・・ちゃんね、最近どうしてたの?ここに来たときはよくお話ししたのに。閉じ込めたって、どういうこと?」

ミキ:「あの根暗がそろそろだってわかって、私を出さないように連絡してたのよ。あいつに。」

大野:「あいつって?お父さんだっけ?」

ミキ:「父さんはもういないの、もう帰ってこない。小さいころ失踪したの。その後は母さんひとりで面倒見てくれた。あいつは、あいつよ。あんな根暗が自分の兄貴とか、気持ち悪い。どんなに私が言っても治りやしない。男のくせに。」

大野:「マコトくんのこと?お兄さんが嫌いなの?」

ミキ:「大っ嫌い、もういない人のことずっと帰ってくるとか言ったり、うじうじしたり、そういうの見ててムカつくから怒ったら、キレたり。本当に気持ち悪い。キレたらわけわからないんだから。お母さんはそんな兄貴にかわいそうばかりいって。」

大野:「マコトくんでも怒ったりするの?私の前では大人しい子なのだけど。」

ミキ:「やっぱり、あいつ。だから気持ち悪いの、いい子ぶって。どうせ私がいない時私のことグチグチいってるんでしょ?いつもそう。だから、母さん甘やかしすぎだって言ったのに。」

大野:「ミキちゃんはお兄さん想って怒ってたの?」

ミキ:「わかんない、わかんないけどあいつはホントに気を付けて。私は確かに言葉遣いも悪いし、すぐカッとなるけど私は違う。確かに、あいつを殴ったこともあるけど・・・。あいつは連絡取り合ってた。」

大野:「連絡?誰と?」

ミキ:「そろそろだからって、もう少しだからって。何のことかは私わからないけど、同じ根暗大人にメモを書いてたの。」

大野:「大人に?クボ シンさんにかな?基本人格の。」

ミキ:「クボ シン?あいつもシンなの?先生、あいつ先生になんて名前言ってた?」

大野:「マコト、クボ マコトって言ってたわ。違うの?」

ミキ:「ううん、そうなんだけど、違うの。これ言うとあいつキレるの。マコトは名前だけどそうじゃないの。」

大野:「ミキちゃん、どういうこと?二人はクボ シンの交代人格でしょ?」

ミキ:「そうだけど、そうじゃない。どういえばいいんだろう。私はあいつからすれば、ただ嫌な妹かもしれない。だって、母さんが叱らないんだもの。だめだ、あいつが見張ってる。」

大野:「ミキちゃん?あなた何か知ってるのね?誰に見張られてるの?」

ミキ:「先生、ごめん。私いったよ。ここまでは言えた、あとは先生が見つけて。私そろそろ隠れなきゃ、消される。私は消されるわけにはいかなの。これ以上、何も起こさないように。」

大野:「ミキちゃん?」

〇:「うう・・・・う。」

大野:「ミキちゃん、じゃないわね。誰?マコトくん?」

〇:「ううう・・・。大野さゆり先生?」

大野:「クボ、さんね。ミキちゃんはどうしたの?」

クボ:「あのこは、また遊びにいったんじゃないですか?いつも遊び歩いている自由奔放な子ですから。そのくせ、文句は一人前で。」

大野:「クボさん、連絡とりあってるの?マコトくんと。」

クボ:「ああ、マコトは寂しがり屋で父さん元気?ってメモを残すんですよ。だから、その返事をしたり、相談乗ったりです。」

大野:「ミキちゃんが言ってたけど、マコトくんの名前はマコトじゃないの?」

クボ:「いえマコトです。マコトとよぶんです。」

大野:「クボさんと、マコトくんの接点、なんだと思います?」

クボ:「オレとマコトですか。あの子は寂しがりでけど、忍耐強くなにかを起こそうと待ってるタイプ、確かに周りに暗いといわれますが、待つことができる。オレとの共通点は、しいて言うなら、同じように耐えることができて、学校の先生や同級生に馬鹿にされても、バカじゃないんですよ。本当は。」

大野:「まるで、会ったことのあるようにいうのね。なぜそんなにわかってあげれるの?ミキちゃんはどうかしら?」

クボ:「ミキは、本当に思った時にすぐ行動で、破天荒すぎます。あと言葉選びを間違える。言葉がひどい。あとは、わからないですね。ミキは反抗的なので、接点を持とうとしないんです。」

大野:「そう。ありがとう。もう少しで再審査の日が来るわね。あなたは犯人、誰だと思う?二人のうち。」

クボ:「オレは、突発的に暴力振るうのはミキだから、ミキだと思ってます。」

大野:「ありがとう、貴重な意見だわ。今日はバタバタして、私もいろいろ仕事放り投げてきてしまったから、これで失礼するわね。」

クボ:「大野さゆり先生?マコトはいい子です。犯人はミキですよ、マコトもそういってました。」

大野:「ええ、メモに残しておきます。では。」


大野:(私は、忘れないうちに自分の部屋へ戻り、メモをとった。)

第一、クボ シンは母子家庭で育ち、幼小児父親が失踪している。実家に戻っても母親が面倒をみていた。

第二、マコトは妹である2個下のミキを怖がっていたと同時に復讐心も秘めていた。それは、口ではやたらとうるさいから、殴ってくるからと言っていた。

第三、ミキは、マコトとシンの接点を明らかに気づいていた、そして自身の人格は消されると困ると言い残した。気になった言葉が「あいつら」複数形で、一人ではないことは容易にわかる。

第四、クボ シンは、交代人格が起きた場合その記憶を引き継ぐことは、一般的にほぼないがマコトのおかれている環境、状況、心理などまで理解しているようだ。かばうそぶりを頻繁に見せた。


私はからくりに、気づいてしまったのかもしれない。

ここに来た当初、クボ シンに名前を聞いたとき「真実のシンで、シンといいます。けど、よく、小さいころ鉛筆のシンとかシャーペンってからかわれたので、クボと呼んでください。」コンプレックスが多々あることも分かった。40代で実家にもどり母親の世話になっていること。妹は、ごく普通に結婚し、時々母親に会いに来るほど、兄のシンとは違う人生を歩んでいた。


人の心には、良心と悪心が住むというが、マコトとミキはどちらかがそれを担って、クボ自身を制御していたのかもしれない。

だが、事件は起きた。制御できなかった。

突発的に起こったような事件だが、もしかしたら10代のころから練っていた計画性もある。

そろそろ、治療という名の調査も終わる。私は報告書の作成にとりかかった。


大野:措置入院の最終日、クボは厳重に保護され裁判所に移される。私はもう、すでに報告書を提出済で、最終日までクボは内容を聞き出そうとしたが「貴方にとっていい方向に進めれば」とだけ答えた。

クボは、なんとなく自信がある顔つきだった。確かに心神喪失という切り札がある。

部屋を片付け、出ていくその時、私は立ち会った。


クボ:「大野先生、お世話になりました。では。」

大野:「こちらこそ、色々勉強になりました。貴方のおかげで解離の中でもこじれた解離を見ることができました。」

クボ:「大野先生、なんですそのこじれたって、オレはただほかの人格に人生壊されてるんですよ。」

大野:「そうね、貴方のお母様も複雑よ。息子が娘に手をかける。人生壊されたといっていいかもしれないわ。他の人格に壊された、か。解離でもいろいろあるの。別人格がある場合、そのためその時の記憶は消えてしまう。けれど、過去の自分に戻る解離もある。過去の自分が何かをなす。それを認知し、黙認。利用できる方法もある。」

クボ:「先生の言ってることは難しいですね。」

大野:「簡単なことですよ。貴方の被害者、お名前覚えてます?」

クボ:「・・・杉田・・・さん。」

大野:「妹さんに、さんづけですか?クボさん。まぁ、これから色々あるでしょうが、自分自身の問題ですよ。人のせいにせず、自分の足であるきましょう。」

クボ:「貴方も・・・ミキと同じこと言うんですね。」

大野:「それが事件の動機、と伺っていいですか?」

クボ:「オレじゃない!オレは覚えていない。ただ、あいつが帰ってきて、昔のように罵倒した。そこからは覚えていない。だから、オレ以外の誰かだ。」


大野:(彼は最後まで逃げていた。オレじゃない、そうぼそぼそ言いながら、病室を後にした。)


N:その後、再審が行われた。被害者杉田ミキ、30歳主婦。彼女への執拗な暴力の末の死亡。加害者、実の兄。クボ シンは有罪、刑事責任能力ありと言い渡され、一般刑務所へと移った。

犯行を行った人格はどれか。ミキ以外のどちらか、だとしてもクボ自身によるものだった。

それは、シンと、マコト二人の犯行と言っていい。だが、別人格とも言い難かった。

シンは、マコトの事を知りすぎている、それはなぜか。


大野:(彼は知っていた。マコトの計画も、怒りも。ただ、誤算だったのは、ミキという人格がうまれたことだった。マコト曰く、妹からの虐待といっていたが、実際には甘やかす母親に期待せず、マコトが暴走しないための制御役として生まれた。ミキという存在は、シンのなかでの唯一残された良心だったのだろう。人格として生まれてその存在が邪魔になった。ある日、それが現実でも心の中でも、シンの行動をたしなめた結果、こういう悲劇が生まれたのかもしれない。)


大野:「クボ シン。クボ マコト。考えてみれば、とても安易な名前ね。」


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二人と一人 Len @norasino

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