ネットの海のセイレーン

Len

漂う

気づくと 真っ暗の様な

真っ青の様な

水面の上をゆっくり飛行していた


「なんだ?ここは?」


水面と思ったのは 見慣れた海の白い模様が 緩やかな波に 漂っていたからだ


「これは…夢だよな...」


そうでなければ あまりにも現実離れしている

水面を飛行するなんて...


少し時間が経つと 体のちょっとした傾きで 方向転換出来ることが分かってきた


「妙な夢だが まぁ 快適だ」


流暢な事を思っていると 声が聞こえてきた


女性にしてはまだ 少女っぽさも残る なんとも不思議な声だ

それは 僕の上か左右か あるいは下からか 全く方向が分からない

ただ 耳に確かに 届くのだ


歌詞のないメロディ


懐かしいような 真新しい様な だがしっかり耳に残る印象的なメロディだった


水面上空で くつろぎ 心地よく聞いていた


ふと その声が止んだ


どうしたのだと 辺りを見回すが 何ら変化もない

不意に あの声の持ち主が 語りかけてきた

直接頭に響くかのように


「下をご覧なさい 白い筋がいくつも重なり 離れていく そしてまた 枝分かれし 重なり 離れて 繰り返す」


まるで読み聞かせの様に 優しく語りかける

言われるように 下を見れば 繰り返し白い筋は 変化し続ける

だが 海でよく見る光景だ

少し拍子抜けしていると また更に 声は続けた


「この一つ一つの白い筋は 人の人生 ココは命の海」


何を言っているか分からない

ココは僕の夢の中 のはずだ


「試しに 1本の筋をお取りなさい」


海の筋なんて 取れるはずが無い と思いながら 手を伸ばす

細い1本の筋が 右手のひらに乗った

何だこれは?!

と思った刹那 その筋が サラッと切れ ゆらゆらと水面に落ちた


「ああ その人の人生 そこで切れちゃた」


声の主は ケラケラと笑った


僕は...見ず知らずの誰かの人生を 終わらせたのか?

全くと言っていいほど 実感が無い

だが 実感が無い事が 異様に怖かった


なんなんだ ここは...どうやって来たんだ?

夢だと思っていたのに

いや 実際 まだ自分で作り出した夢だと思っている

そうであって欲しい


そんな事を1人 自問自答していると

また あの歌詞のないメロディが流れた


この女はなんなんだ?

不気味に思うが 聞こえるメロディは とても心地いい


そのうち肉体の感覚がなくなり 意識だけになっていった

例えていうなら 飛行機が離陸して一瞬フワッと体が浮く感覚だ

それがずっと続いている


そして僕は気が付いた

さっきまで 水面を見下ろしていたのが

今 僕は 水面の あの白い筋の1部になっている


先程とは違い 自由に方向転換どころか

小さな波程度で フラフラと流されて行くのだ


ゆっくり記憶が戻っていく

ここに来る前

僕はヘッドホンにスコープまで付けて オンラインゲームをしていた

馬鹿みたいに騒いで

ネットの世界を満喫していた


そうだ...

あのメロディ


夢中になって 休憩しようとして 画面を一時停止した

ヘッドホンから かすかに聞こえて 耳をそばたてた時

あの瞬間が 最後の記憶だ


僕は今 タダの白い筋になっている

彼女が言っていた「生命の海」で

そして 一つの筋が 人生と言った意味も分かった

「生命の海」に漂うのは 「細かい一つ一つの命」


声の主がやっと 姿を現した

やはり 女性と言うより 少女だ


そして 彼女は 僕の白い筋をすくい 美味しそうにすすった

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ネットの海のセイレーン Len @norasino

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