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五芒星
序章の1:輝きを追って
1頁目 ページを開けて、表紙を閉じて -前-
――「叶えたい願いはある?」
私は目の前の幼い少女に向き直る。彼女の発した言葉が伝えんとする内容を、反芻しようとするがうまくいかない。
「叶えたい、願い?」
「“誰々を生き返らせたい”でもいいし、“巨万の富”とか“世界を支配する権力”でもいいわ」
「なんでそんなことを……聞くの?」
「私には必要なのよ。自分の命を賭けてまで叶えたい願いがある人がね」
もう一度彼女の目を注視する。青い青い、海よりも青いその瞳から感情を読み取ることはできず、その真意はどうにもつかみきれない。しかしその奥にあるものは確かに、それが偽りざる本心であることをこちらに伝えてきていた。
「もしあなたにあるなら、私の手を取ってちょうだい」
少女は私の眼前まで進んでくると、その小さな右手を差し出した。私は――
◇
その日は散々だった。本を読んだまま帰りの電車で寝過ごし、気が付けば見知らぬ果ての果てにある駅。タクシーに乗るほどのお金もなく、仕方なしに歩いて帰る羽目になった。
携帯端末の道案内に従って歩いて歩いて――本当に道があっているのかと疑って、そうして彼女に出会った。
「叶えたい願いはある?」
人気のない公園。ショートカットのつもりで入ったそこにいた少女は開口一番、そう口にした。青い髪と瞳。どこか人形じみた美しさを持つ幼い少女は大真面目な顔でもう一度繰り返す。
「叶えたい願いはある?」
「叶えたい、願い?」
私が聞き返すと少女は表情を変えず、
「“誰々を生き返らせたい”でもいいし、“巨万の富”とか“世界を支配する権力”でもいいわ」
「なんでそんなことを……聞くの?」
「私には必要なのよ。自分の命を賭けてまで叶えたい願い、それを持つ誰かが」
もう一度彼女の目を注視する。真意はどうにもつかみきれないが、本気である。という点だけは確かなようだ。
「もしあなたにあるなら、私の手を取ってちょうだい」
青い2つの瞳が私を射抜く。テレビで見た宝石にその日光が重なった。
少女は私の眼前まで進んでくると、その小さな右手を差し出してくる。
私は――
「ええっと……私にそんな大それた思いはないかな」
正直今の人生に満足とはいかないまでも、納得してしまっている私には、叶えたい願いはない。しかもお金とかならまだしも命を賭けるとなると……。
「……そ」
少女は背を向ける。
「いきなり聞いてごめんなさいね」
「あ、あの!」
歩きだした背中を思わず私は呼び止める。
「なに?」
「君、何歳?」
日はとっくに沈み、あたりを闇が包み込んでいる。人通りのない夜の公園に幼い少女が一人でいるというのは、流石に危険ではないだろうか。
「なにが言いたいの?」
少女の顔に初めて感情が表れた気がした。それは困惑という名前であったが、それでも彼女の人間的な一面に初めて触れられた気がして、少し嬉しくなりながら私は返答の言葉を紡ぐ。
「いやこんな遅い時間に出歩くにしてはその……」
「……幼いって?」
「うん、家がどこかわからないとかだったら私が――とは言っても私も道案内だよりだけど」
少女は怪訝な目でこちらを見た。
「大丈夫よ、私はあなたが思っているほど幼くないし、まず家は無いわ」
特殊な家庭なのだろうか。それとも――
「家出?」
「なんでよ!!」
少女が叫ぶ。最初あった謎の迫力はどこへやら。すっかり見た目相応になった彼女は脱力するように腕を下ろした。
「……家は無いって言ったじゃない」
「いや、親御さんと喧嘩でもしたのかなって」
「親の顔どころか存在すら怪しいのよ? 喧嘩なんてできるわけがないわ」
やはりこの少女はどこか闇を抱えているようだ。ということはこの娘は一人で家もなしに暮らしていたということか?
「じゃあ……一緒に来る?」
「え?」
「家もないのは流石に心配っていうか……親がいないとかも本当なら、ちゃんと手続きとかすれば普通に暮らせるようになるかもだし」
しばらくフリーズした後。彼女はごく真面目な顔で言った。
「馬鹿かよっぽどのお人よしね。普通こんなめんどくさいこと抱えてそうな奴に“一緒に来る?”なんて聞けないわよ」
「だって流石に心配だって!」
「……変なの」
力説せども思いは伝わらず、彼女の中での私が立派に不審者にランクアップする前に誤解を解きたいものだ。
「残念だけどそのお誘いは受けられないわ。大丈夫。生活の問題はないし、探し人が見つけられれば家だって得たも同然だもの」
「探し人?」
「最初に聞いたでしょ。“自分の命を賭けても叶えたい願いがある人”よ」
「そんな人を探してどうす――
「あー、あー、お話中割り込むぞ!」
それは唐突だった。私たちの会話への侵入者。私は少女と共にその声の主へ目線を向ける。
――抹茶色の髪を腰まで伸ばし、口角は凶悪なカーブを描いている少女だ。歳は私と同じく高校生くらいだろうか。なんというかがらが悪い。ヤンキー崩れの雰囲気を感じる。
そしてもう一人、微動だにせず女の横に立っているのは真っ白なショートヘアーの幼い女の子だった。
「……えっと、どちら様?」
「あたしは夕雨――」
「――辞めろ」
答えようとした女の言葉を、白い髪の少女が遮る。どうしてだろうか、その声は幼いものなのに、私には老人のような雰囲気を感じた。
「あんでだよ!」
「名前、というのは重要な役割を持つ。みだりに口にするべきではない。何度も言ってきているだろう」
置いてきぼりにされている気がする私は、青髪の少女へどうしようかという視線を送る。しかし、彼女はただ目の前の奇妙な二人組を注視するばかりで、こちらに気もかけようとしない。
「さて」
女がこちらに向きなおった。言い争いは終わったらしく、白髪の少女もそれに倣う。
「蠍座とその所持者だとお見受けする」
「こいつは蟹座、あたしが所持者だ」
何を言っているのかわからない。そう答えようとした私を追い抜かし、青髪の少女が一歩前に踏み出した。
「私は今一人よ。こいつは今会ったばかり」
完全に置いてきぼりにされた私は、ひとまず聞く側に回るしかない。
「――どうでも良い。この場に居合わせた時点でその運命は決まっている。たとえ関係がなくとも、弱者だろうが強者だろうが一刀の元に切り捨てるまで」
白髪の少女が吐いた言葉に私は思わず身体をこわばらせた。冗談には思えない。そんな迫力が彼女にはあった。
「――つうわけだ。行くぞ、キャンサー」
「いざ、尋常に』
キャンサーと呼ばれた白髪の少女が、女の元へ一歩踏み出す。その瞬間、閃光があたりを覆いつくした。あまりのまぶしさに私は思わず目をつぶる。
「――伏せて!」
少女の声。刹那、私は何かに突き飛ばされ地面に転がった。
「痛っ――」
受け身も取れずに倒れた私の頭上を、確かに何かが通り過ぎた、そして金属音。
「なにが――」
痛みに耐え、起き上がった私が見たのは、冗談のような光景だった。
「――《
女の声と共に、私の視界内のすべての街灯がおもちゃのように切断された。
「――」
明かりを失ったことで私たちはいきなり暗闇に包まれる。それによる混乱はない。もっと大きな混乱が私を襲っていた。
「が、街灯が――切れ、え? 街灯が――」
「なにボケっとしてるの!」
青色の髪が視界に踊り、私は再び突き飛ばされる。それと同時に、私の背後にあった看板が綺麗に両断される。
「両断、切断、真っ二つ、どれがお好みだ? つってもま、全部同じだが」
女の右手には、緑の光を放つ日本刀が握られていた。それを目撃するのもつかの間、私は青髪の少女に手を取られ走り出す。
「逃げるわよ、このまま死にたくないでしょ!」
わけがわからない。だが死ぬのは怖い。不明と死という二つの恐怖に囲まれながら、私は少女に従い走り出した。
「どうしたぁ! 抗ってこねぇのか!?」
後ろから女の声が聞こえてくる。私と少女は必死に走るが、逃げ切れる気はしない。
「おいおい、あたしは別にハンティングゲームをしに来たわけじゃねぇんだぜ!」
挑発なのか投降の誘いなのかわからない台詞を吐きながら、女はこちらに向けて足を進めてくる。気分はオオカミに追いかけられるウサギだ。食材と捕食者。絶対に逆転することはない理。私は今そこの一番底に組み込まれていた。
◇
「こっちよ!」
私たちは竹藪の中のちょっとした廃墟――とは言っても小さな倉庫だが――のなかで息を整えた。ここまで長い時間走ったのは随分と久しぶりで、もう少し運動をしておけばと悔やむ。
「落ち着いたらまた移動するわよ。一度撒いたとは言え、ずっとここにいるのは危険だもの」
必死に空気を肺に取り込んでいる私に対して、少女は息一つついていない。子供は元気とは言うが、ここまで差がつくものだとは。
「ねえ、全部説明しろとは言わないからさ。答えてくれる?」
私は少女に問う。冷静に思考ができるわけではない。なにか思考していないと頭がおかしくなってしまいそうだからだ。
「……ええ、それであなたが落ち着けるなら」
「街灯が切断されたのは、見間違いじゃないんだよね」
「ええ、それがどうやらあいつの能力らしいわね」
「能力、ね」
能力モノ。大分読んだジャンルではあるが、それが現実になってほしいとは一言も願っていないのだが。
「君はなんで狙われてるの? あいつらに喧嘩売りでもした?」
「あの白髪の娘、見たでしょう?」
「ああ、あの」
あの無表情で怖い言葉を口にした娘か。
「あの娘、今どこにいると思う?」
「どこってそりゃあの女と一緒なんじゃ――」
そこまで言って私は気が付く。そういえばさっき追ってきていた時は見ていない。
「あの女の右手よ」
「右手って……それは」
彼女の右手に握られているのは。
「あの刀が、白髪の娘よ。あいつは、いえ、私たちは人間じゃない」
少女はその整った顔でこちらを見つめる。整いすぎた、まるで人ではないかのような美貌――
「私たちは魔導書。人に力を与える本」
とは言っても感情はばっちりあるのよ? と、少女は微笑んだ。
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