第二章 衝撃の事実

第1話

 駐屯地の建物は、武器を携えた兵士が周回し見張っている物々しさだったが、雲雀に蝶、そしてリスといった生き物たちが近づいてきても、平原では見慣れたものでしかないので、武器を向けてくることはなかった。

 このまま、兵士たちの横をすり抜けてうまく忍び込めそうだと思った矢先だった。先頭を飛んでいたウィルは、兵士とすれ違った瞬間、建物から微かにオルゴールの音色が聞こえてくるのに気付いた。

 魔法だ!

 後からやってくる二人に急いで伝えようと振り返ったところで、ばちばちばちっ! という穏やかでない音のあとに、レイラの悲鳴が響き渡った。

 ウィルの目の前で、レイラの変身魔法が解けると、そのまま意識を失って地面へ叩き落とされた。

 レイラ! と叫びたいが、いまは雲雀なので鋭い鳴き声しかでない。いきなり現れた美少女に、兵士たちがざわつき始めたところに、この鳴き声はまずかった。

「この雲雀、もしかして仲間か!」

 むかってきた兵士を機敏に飛んでかわしたとき、レイラに向かってきた兵士に、リスになったシルヴィアが跳びかかった。いきなり顔を覆われて、兵士は足を縺れさせて倒れ込む。

 それを見届けた瞬間、シルヴィアは魔法を解くと、レイラを引きずって、近くの草深い茂みに走り込んだ。

 ウィルもそちらへ向かおうとしたが、シルヴィアが目で訴えかけてきたので、急ブレーキをかける。

 その目は、万が一でもウィルが王子だとばれてはいけないことと、オルゴールをシルヴィアも聞いたらしく、それをどうにかしてほしい、と伝えていた。見かわしただけでここまでわかるのは、生まれながらにずっと一緒に過ごしているからこそだった。

 シルヴィアは賢い。魔法もうまい。きっとうまくレイラをかくまって逃げきってくれるはずだと、ウィルは自分に言い聞かせると、とんぼ返りをして、開いた窓めがけて飛び込んだ。


 ひとまず茂みに隠れたシルヴィアは、小声ですばやく歌を歌うと、レイラと自分をリスに変えて、レイラの首根っこを加えて素早く走り出した。

「歌が聞こえたぞ! 何かに変身しているはずだ! 慎重に追え!」

 背後から聞こえてくる猛々しい兵士の声に、ぞっとして足が震える。シルヴィアにとって、いままで兵士とは、自分を護衛するために存在していた。それがいまは、敵として向かって来る。

 彼らは、剣に弓矢、槍といった武器を携えている。しかもそれぞれに、魔法の鍛錬を積んだプロフェッショナルだ。いかにシルヴィアが将来有望な歌うたいだとしても、それはけっきょく、王宮内で囲われたうえでのことでしかないのだと、ひしひしと実感した。

 なにより、ぐったりとしたレイラが心配で心配でしかたがなかった。シルヴィアは自分を叱咤したが、全身が震えるのをとめられなかった。視界は、うっすらと涙でにじむ。もし人間の姿だったら、とめどなく涙があふれ出すだろう。

 闇雲に走っているうちに、巨大な岩の前に出てしまった。いや、人の大きさならひとっ跳びで乗り越えられる大きさなのだが、リスの姿ではあまりに大きく聳える障害に見えた。しかも、この上を登ったら、まちがいなく兵士の目に止まってしまうだろう。

 しかし、四方から兵士たちが草をかきわけて集まってくる気配がする。敏感になった耳と鼻が、兵士たちがそこまで迫っていることを警告していた。その警告だけで、頭がいっぱいになってしまう。

 その一瞬の迷いが、分かれ道だった。立ち尽くしている背後で、草が揺れると、にゅっと兵士が現れた。

「いたぞ! さっき、少女になったリスだ!」

 もうだめだ、とシルヴィアが目を閉じた、そのときだった。

 駐屯地の方から、何事かという大きな破壊音が響いた。それは、何かが思い切りぶつかっているような、重たい音だった。

「しまった、またあいつか!」

 兵士が忌々しそうに、駐屯地を振り向いた瞬間、シルヴィアは勇気を振り絞って、その足元をさっと潜り抜けて再び茂みに潜り込んだ。

 けれども、間近に兵士がいることは違いない。どくどくと嫌な心臓の高鳴り方を必死に耐えていると、兵士たちが一様に引き上げて、大慌てで駐屯地に戻っていく。

 シルヴィアは一度立ち止まり、周囲を確認してからそっとレイラを下ろすと、必死に揺さぶった。きいきい、としか声が出ないのがもどかしい。それで、草の高さが人の姿を隠すのに十分であるかどうかを見てから、二人の変身を解いた。

「レイラ、レイラ! お願い、起きて!」

 ゆさぶると、レイラはうっすらと目を開き、ばっと身を起こした。

「シルヴィア、いったいどうなったの?」

「私たちの考えが甘かったんだわ」

 シルヴィアは、素早く言った。

「強力な結界魔法の装置があったの。私が聞いたところ、装置はオルゴールみたい。ずっと鳴らし続けて、絶対に誰も入れないようになっている」

「私の変身が解けてしまったのは?」

「きっと、それも効果の一つなのよ。私たちみたいに、変身して侵入する者がいても、必ず排除できるように、強制的に変身魔法を解除させるメロディも織り込んでいるの」

「まさか、そんなに手の込んだ護衛をしているとは思わなかったわ。それって、王族の護衛に持ち出すような代物じゃないの」

「ところでレイラ、身体は大丈夫?」

 涙目のシルヴィアを安心させるように、レイラは微笑んだ。

「大丈夫。いきなり魔法を解除させられたショックはあったけど、結界自体に攻撃の効果はなかったみたい。どこにも怪我はないわ」

「よかった……」

 シルヴィアが抱きつくと、レイラはその震える背中を慰めるように撫でながら質問した。

「それで、あのウィルはいまどこに?」

「ウィルだけは、結界を通り抜けられたの。だから、先に侵入させて、オルゴールを何とか止めてもらうように頼んでおいたわ」

「あの子に、そこまで出来るかしらねぇ」

 レイラは苦笑してから、そういえば、という顔つきになってあたりを見回した。

「追手は、シルヴィアったら、もう振り切っちゃったの?」

「いいえ。何か、駐屯地の方で事件があったみたいで、兵士たちがみんな戻っていったの」

 レイラは、訝しそうな顔つきになった。

「あんなに強力な結界をはって侵入者を拒んでいるくせに、その侵入者を捕まえるのを中断するほどの事件って、いったいなに?」

「それが……」

 シルヴィアが口を開こうとしたとき、またどぉぉぉん、とお腹に響く音がした。

「ただ事ではなさそうなのは確かね」

 レイラは駐屯地の方に顔を向ける。シルヴィアは頷いた。

「確かめなくては。ウィルもそこにいることだし」

 二人は手をしっかりと繋ぐと、茂みの中を屈んできた道を元に戻り始めた。

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