聖杯の呪いですけど何か? リメイク版

KAMITHUNI

第1章 異世界転移編

Chapter1-1 異世界召喚ですか?

「────死んだ、の?」



 誰かがか細い声で囁いた。



 それと同時に眼前に佇んでいた巨躯が突発的に力無く倒れ臥す。血飛沫を宙空に散らし、枯葉の多い山道を紅く濡らした。



「死、んだ」



 幼子ながらに死を悟ってしまった少年は初めて手に伝わったであろう肉を断ち切った感触に血の気を引いた状態で小さく、呟いた。



 息を荒げ、視界も定まらない。

 胃から込み上げてくる吐瀉物を抑えきれずに食道を介して口腔から吹き出す。



 黒水晶を彷彿とさせた黒髪は血漿によって赤みを帯びさせる。



 身体中の所々に付着した血糊と、地面を抉ったような痕跡が起こった惨状の異様さを加味させた。



 小柄な少年に見合わぬ和刀が少年の右手から離れ、音を立てずに地面に到達する。



 膝をつき、四つん這いになる少年。

 モノクロな視界に映ったのは赤黒く染まった血塊を吐き出す野熊の変わり果てた姿。



 後ろで護られていた少女は幼子故の重度のパニックに陥り、視界を暗転させた。

 混沌とした意識をシャットダウンし、その場で気を失う。



 手足先が冷える。先ほどまで軽やかだった筈の身体はいつのまにか重力に抗うことすら許されないほどに重い。



「はぁ、はぁ……ッ……!」



 過呼吸になり、酸素を取り入れようと息を荒げる。混濁する意識に諍うように枯葉の多い地面を力一杯に握る。



 そこに枯葉を伝って野熊の死骸から滴る血液が静かに少年の穢れた掌を濡らす。



 幼く虚ろな瞳が捉えた『死』の光景。

 生命の種子を掬い上げることは叶わない。

 奪った生命を繋ぎ止める術など幼子にあるはずもない。



 幼少でありながら大人程度に聡い少年にはすぐ理解出来た。出来てしまったから辛い現実を受け止め切ってしまう。



 だからこそ少年の心は損壊してゆく。事の重大さを既知しているからこそ誰よりも重圧を覚える。



 そうして少年の無垢で純粋な心を、悪魔が嘲笑うかのように弄ぶ。



 気付けば少年の意識は薄れて行き、最終的にはその場で崩れ落ちた。



 その時、少年が心の中に抱え込んでいた『理想幻想』は、揺るぎ始めていた。




 ──────────────────




 二〇XX年 九月一日 神奈川県 赤木市

 赤木駅 ホーム─────



 残暑が未だ酷な季節の変わり目。

 西日が肌を焼き付けるが如し、際限無く照りつけている。



(暑過ぎる。紫外線クソッ。湿気オカシイ。殺す気か?)



 強烈な紫外線相手に肌を外気に曝け出したくは無いと、駅のホームに降り立った特色の無い白地のフード付きのパーカーに、紺で色付けされた無地のジーンズという取り分け特徴の無い簡素な服装をした黒髪黒目少年は、悪態を胸の中でぼやきながら改札口へ向かう。



 手持ちにあるキャスター付きのキャリーバッグを引きながら、改札口を出る。

 ホームの屋根越しでさえ、蒸し風呂状態だったが、外に出ると熱線やら蒸気の熱量やらによって汗が噴き上げてきた。



(なんでこんなクッソ暑いんだよ……)



 酷暑といって差し支え無い気温と、照らし刺す光線に、少年は億劫になっていた。

 しかしこのまま立ち往生という訳にもいかず、被りを振りながら、田舎独特の一本道を迷わず直向きに進む。



 目的地については既知している。元は家族総出で引っ越しをする前まで居住していた場所。田舎ということもあり数年すぎたといえど、開発も何も進んでいない田舎町など間違えようが無い。



 そも、少年が若者の嫌う昆虫類や爬虫類が多量に生存するこの地に、わざわざ足を踏み入れたのには訳がある。

 その理由を一言で表するなら、『引っ越し』。それが妥当だろう。



 彼の両親は大学の非常勤講師として勤務をしながら生計を立てている学者一筋の経歴の持ち主達である。



 非常勤ということは必然として、次年度も同じ土地で過ごせるとは限らない。

 それに乗じて少年も数多の土地を短い期間に飛び交い、長年連れ添った友人というのに巡り会えることが、今日こんにちまで終ぞ訪れる日は無かった。



 さらに、追い討ちをかけるが如しに畳み掛けられる両親の海外移動。来年度から避けようも無く海外暮らしが待ち受けるであろう。

 これには流石の様々苦境を耐え忍んできた少年の堪忍袋は切開した。

 少年は感情の赴くままに反抗した。両親への同行を断固拒否した。



 さもありなん、両親も激昂した。一人息子を独り立ちさせるには早計だと都合を押し付けて海外に転校を計らっていた。

 だが、少年は中々良しとしない。

 しばらくの押し問答が続き、先に折れたのは無理を強いた両親の方であった。



 少年の一人暮らしを容認し、頑なな態度を柔和にした。

 ただし、三つほど条件付けられたのは言わずもがなだった。



 一つは、転校先での成績上位のキープおよび、生活態度の模範的行動。



 たしかに、一人暮らしさせる上での基本的な条件ともいえる。少年は二つ返事でそれを了承。問題の一つでも起こせば海外への強制連行が待ち受けているので、少年は肝に命じた。



 次いでの理由は、暮らす場所の指定。父方の実家であること。



 これにはさしもの少年も首を傾げた。

 既に祖父母は数年ほど前に他界し、保護者になり得る叔父叔母も居ない、物置同然の敷居に住居させる意味がわからなかった。



 しかし、この疑問は父の発言によって直ぐに晴れた。



 どうにも実家を売り払う算段を立てていたようだが、いかんせん私物で溢れすぎている。このままでは土地を売り払う時に撤去の邪魔になりかねない。

 だが、彼等とて忙しない毎日を送る中で片付ける暇などほぼ無いと言って差し支えない。

 ならばと、少年の一人暮らしを容認する代わりに物置と化した敷居を片す程度の雑用を押し付けようという魂胆らしい。



 これに対しての反抗は無く、承諾した。

 少年とて傍迷惑をかけているなど重々承知の上で無理を強いているのだ。一つや二つの面倒事など、あってないようなものという認識で請け負った。



 そして最後。

 少年に課せられた最後の条件は─────



 ─────いい加減、初彼女作れ。



 その言葉を聞いた途端に条件反射で父親を殴った少年は何も悪くない……と、思いたい。

 もはや条件になっていない条件を押し付けられたものの、なんとか事無きを得たところで少年の独り立ちが決定した。



 さらには、保護者代理として立てた昔馴染みの両親には了承済みだ。幼い頃に良くしてもらった記憶は朧げではあるものの残っている。

 後にしっかりとした挨拶と御礼を述べて少し背伸びして購入した茶菓子を渡すことも忘れてはいけない。



 迎えはないが、特段問題はない。

 スマートフォンの地図機能はWi-fiの繋がりや電波の障害によって正常なものではないが、必要はない。



(ま、俺の大変優秀な頭脳にかかれば、この程度の位置情報なんざスマホが無くても憶えてるっつーの)



 黒髪少年、宮部 和樹は愉快げに口元を緩ませて暢気に歩みを進めた─────自らに忍び寄る気配に気付かぬまま。



 ─────



「ルーラァアァアァアァーーッッ……!」



 薄暗く染まってきた山道の中腹あたりにい和樹は誰しもが一度は聞いたことのある有名な呪文を叫声にて唱える。喉がはち切れんばかりの怒号が、虚しく反響する。



「山道ぃ?! なんで山道通ってんのぉ!? バカなの!? ねぇ? バカなの!?」



 自問自答を繰り返す和樹バカは身悶えながら、何故山道に入り込み迷ってしまったのか記憶から引っ張り出す。

 実に馬鹿馬鹿しいが、裏道を使おうと思っていたのだ。



 しかし当然数年前の記憶であり、当時とは変わった部分も少なからずある。それが今回のような裏道を完全に塞ぐことだった。



 裏道とはいえ山道近くを通過しなければならない。幼い子供や老人の多い田舎で熊だけでなくイノシシまで降りてくれば危険だ。

 そこで当時の市長は裏道の封鎖に踏み切った。今では通路を塞ぐ形で二メートル弱のフェンスが立ち並んでいる。

 そして和樹はそのことを知らない。つまり、立ち往生してしまう。が、左手に進む狭路にすぐさま気が付き迷い無く通過。結果、山に入り込んで迷走してしまうという現状が作られた。



 トロリーケースを道端へと無造作に放置し、諸手を上げて神に祈るかの如しに天上を見上げた。

 悲しかな。和樹の轟声も祈りも、鳥の囁きと虫のせせらぎによって無情にかき消されて何も起きない。



「くそ……なんならヒャドでもマヒャドでもいいんだ。この蒸し風呂状態の熱気を解消できるんならそれでいい!」



 やはりドラ〇エだった。

 覇気の薄れた声音で呟く。その場で膝を折り、四つん這いで嘆く様相は、先刻まで得意げに自身の頭脳を自画自賛していた者と同一人物とは誰しも思えまい。



 沈痛な表情を浮かべながら、尋常では無い汗をたっぷりと流している。

 水分を多量に吸った白のパーカーは肌に張り付き、膝をついたジーンズは土で汚れた。



「クソッタレが。誰だよ?! スマホの位置情報使わなくても目的地に到着できるとかほざいた馬鹿野郎はぁ!!」



 立ち上がり地団駄を踏む。

 激情のままに荒れ狂う少年は、直後しゃがみ込んで頭を抑えて弾けるように声を上げた。



「って、俺じゃねぇかぁあぁぁあああぁ!」



 一人でボケとツッコミを擁立させる。何処か余裕を持っているようにも見受けられた。

 裂けるような怒声でもって喚き散らしてみるものの、人の反応は無い。起きるのは湿気た風が木々をすり抜けて行く音とカラスの鳴き声だけ。



 よもや、一人暮らし生活早々のトラブルに少年は自身で招いた危機のドツボにはまる。

 これを滑稽と言わずして、何と言うのか。



 と、無駄に体力の消耗をしていたところにガサリと草陰から葉と何かが触れ合った音が鼓膜に入る。



 ふいに聞こえた音源に、首を横に向けて視線を移す。

 嫌な感が脊髄を伝うのとほぼ同時に、和樹はその場から弾けるようにして飛び去った。



 地面を蹴り、臨戦態勢を取る。

 突如に変化した少年の雰囲気は、先程までの余裕は感じ取れない。逆に剣呑で殺伐とした空気感に押し潰されかねない。



「……」



 黙して辺りを探る。暢気さは微塵も無い。あるのはただ明確な敵意を滲ませた『鬼』の【瘴気】のみ。

 数メートル地帯は【瘴気】によって凍気で満たされる。



 実際に冷え込んでいるわけでもなければ、気温が低下したわけでも無い。

 ただ和樹の周帯には密度の濃い『殺意』が扮しているだけ。

 たったそれだけで、残暑の熱さえも凌駕する寒気を生物も、大気も、原子さえも勘違した。



 そして勘の鋭い生命体ならば簡易に理解出来る。誰がこの場において最恐なのか……生命体の頂点なのか、一概に領解した。



 悲壮にくれていたとはいえ、何処か柔和だった気配は全くと言っていいほどに消え失せた。

 底冷えするような冷めきった顔つき。ただ無面。覇気は無いに等しいにもかかわらず、動けば殺される。そう錯覚させるほどに和樹の『殺意』は濃密だった。



 ただの少年、というにはあまりにも不自然すぎる。

 が、和樹は自身を、そう呼称する。

 けれど少年を育てた両親ですら和樹の本質を未だに見抜けない。

 多少の武術は嗜んでいたとはいえ、あまりにも十代の少年が持ち得てはいけない殺意の気に、両親や武術の師である祖父でさえ、どれ程に頭を抱え込ませたやら。



 迂闊に近寄りでもしたら、殺される。

 間違いなく『死』しかない。

 幻視出来る光景に、『影』は身震いする。してしまった。



「……出てこい。じゃないと、殺すぞ?」

「っ!?」



 剣尖で喉を掻っ切られた姿を幻覚として虚ろげに彷彿とさせせられた。

 思わず過剰に身動きを見せる。



「疾……ッ!」

「ッッ……!?」



 直後、背後からの手刀の突きが喉元に戸惑いなく放たれた。

 数メートルは離れていた間合いを瞬時にゼロにした和樹の速力も大したものだが、背後からの奇襲を紙一重で回避した『影』も相当な反射神経の持ち主であると伺える。



 背後からの一撃を避けられたことに驚愕するも、間髪を入れずに右回し蹴りを『影』の横顔に向けて再度迷いなく一閃する。



「ちッ」



 戸惑い無い閃蹴に舌打ちをしながらも、左腕を差し出して頭蓋を防ぎながら、右側方へと飛び、威力を往なす。

 瞬時の判断能力に舌を巻きながら、和樹は息つく間も与えずに亜音速にて追従する。



『影』は負傷した左腕をダラリと垂れ下げながら和樹の連続攻撃を避ける、往なすを繰り返す。

 幾十、幾百の常人ならば目で追うことすらままならぬ高速戦闘が繰り広げられている。



 側から見れば両者拮抗しているかのように見える攻防。

 しかし達人や、それに準ずる者たちからすれば優劣は明らかだった。

 次第に、その差は如実に現れ始める。



「ふっ! ラァ……ッ!」

「く……っ!」



 先まで避ける、往なすを完璧にこなしていた『影』に和樹の攻めが入り始めていた。

 数分弱続いた長い攻防。疲弊するのは何も攻撃を繰り返している方だけではない。当然、避けたり往なしを入れる者にさえ疲労は蓄積される。

 特に、『影』の場合は左腕を序盤の一撃によって封殺されてしまい使えないという圧倒的なハンディーキャップが精神面を冒す。

 さらに苛烈さを増す和樹の手数に、微小……けれど確かに、追い詰められてゆく。



 止まぬ怒涛の連撃に手詰まりになった『影』は地面を這うようにして和樹の視界から一度外れた。直後、下から雷轟の一撃が唸りをあげながら突き上げてくる。



 それを後方へと体を逸らして避ける。その回避の仕方を予め予測していた『影』は即座にして下肢を低くし、足蹴する。瞬間、和樹の視界が反転した。



「な……ッ……!?」



 突如として訪れた浮遊感に和樹は成すすべもなく重力のままに地面へと叩きつけられた。

 背中から落ちた衝撃によって肺腑に溜め込まれていた空気が一気に吐散され、景色も白色に染まる。

 何が起きたのか分からない。が、考える間も無く和樹は跳ね起き突発的に発達した発条を活かして前方へ疾駆する。と、そこに『影』の右拳が僅差で穿った。



 勢いそのままで地面に転がり落ち、態勢をすぐに整える。

 お気に入りであった無地のパーカーは既に土草で汚れ、ジーンズさえ所々破けてさえいる。



 小さく、荒い息を整えず固めた右拳を敵に向けて放つ為、再度亜音速で駆け抜ける。

 同時に『影』も迎え撃たんとばかりに、より一層の警戒心を持って眼敵の一撃を待ち構える。



「【宮部火神流 組手術 奥伝─────」



 少年の動きを捉える『影』は対応するべく、重心を僅かに前に逸らす。その差、僅か数㎜。背負い投げの要領で和樹をたたきつけようと踏み込みを開始した何よりの証拠だった。

 和樹の殺意が篭った拳が空気を裂きながら振り抜かれ─────



 ─────ることなく、約数㎝前。背負い投げの間合い僅か二㎝離れた所で急停止した。



「え─────」



 これにはさしもの和樹と対等に渡り合っていた『影』でさえ呆気にとられる。

 その微かな隙は和樹にとって最大の好機となり得るというのに、だ。

 直後、体全体を襲う痛覚が『影』を蝕んだ。



「─────炎掌閃えんしょうせん】……ッ」



 気付けば、鳩尾に無警戒であった左掌が差し込まれていた。

 さもありなん、和樹はリストを右回転させ威力を上げた。

『影』は苦悶を上げる猶予すら無く後方へと弾き飛ばされた。

 ジャイロ回転の与えられた体は無数の木々に打ちつけながら無造作に宙空に投げ出された。

 衰えぬ勢いそのままに少なくとも五mは離れていた巨木へと衝突し、『影』は絶叫を上げる間も無く血塊を噴き出す。

 そして、その場で力無く崩れ落ちた。



「ふぅ……」



 倒れ伏した敵を認知するやいなや、和樹は纏っていた気配を治めて、残心を解く。

 緊張の糸が絆されたのか、和樹は疲弊を隠そうともせずに地べたに力無く腰を下ろす。

 泥々になった衣服や肌を見て、辟易しながら敵を睨み付ける。

 明らかに和樹を付けねらっていたかのような動きを見せていた。さらに修練されたであろう完成度の高い組手術。暗器など備えられていれば、殺されていたのは和樹であったことは本人が一番感じ取れている。



 最終的には倒せたものの、物音のする以前に襲撃されていたと思うと、和樹は薄ら寒さを覚えた。



「ったく、なんだよ。今日は厄日にもほどがあんだろうが……」



 台詞ほど強い意志を感じない弱々しい声音で悪態を吐いてから、弛緩した下肢を無理に力を入れて立ち上がりゆっくりと『影』に寄り付く。



 意識を刈り取った『影』に近寄り、顔を覆い隠していた目出し帽を取り、その風貌を覗き込む。



「な、女の、『子』!?」



 体格からして間違いなく女性であることが伺えたが、まさかあまり歳の変わらぬ少女とは考えもしなかった。

 神々しさすら覚える眩い光沢を持つ白銀(ミスリル)色のサラリとした髪。スラリとした体躯だが、決して瘦せこけっているわけでは無い健康的な美しい肉付き。そして、淡い果実でありながら既に万人を惚けさせるに値する美貌。

 和樹はその予想外の風貌に息を呑んだ。



 意識的に逸らそうとしても、いつのまにか視線は彼女に吸い寄せられてしまう。

 それほどに彼女の端正な容貌が、魔性を帯びているということだ。



 ─────



 日が完全に落ち始めたのを認識した和樹は、下山するのを諦めて山中の土砂や小さな足場を使って野宿できそうな場所を確保する。



 その際、自身の技によって気を失った少女を置いていくという無責任な選択を選べる権利があるはずもなく、和樹は渋々少女を背中に乗せて即座に行動した。



 運んでいる時に頬を緩ませ鼻の下を伸ばしていたのは言うまでもない。



 荷物はある程度、運出せるものだけを取りだし、残りは放置しておいた。

 早朝、取に向かい無ければ諦めるという形をとったほうが、身なりも軽く昏い山中を迅速に動くのに安全だと考慮したためだ。



 野獣も減少傾向にあるとはいえ、食糧不足ゆえに人里に降りる無法者もいる。荒事に巻き込まれるのは出来る限り避けたい。



 無闇に動き回るのは愚策でしかない。

 ならば最小限で最速に動き、目的の拠点に到達した。



 少女を背中からゆっくりと下ろし横にさせる。当然、紳士的に掛け布団代わりの持ち物から取り出していた服を上にかけることは忘れない。



 そして道中で拾い集めておいた木の枝や葉を袋から取り出して手際良く並べる。

 小石を周りに起き、下から空気を送り込めるように配慮しながら揃えてゆく。

 出来るのなら灯油などあれば直ぐに火を起こせるのだが、少なくとも新聞紙などがあったほうが楽ではある。しかし無いものを強請っていても仕方がない。



 今回は致し方なしと割り切ってポケットからマッチ箱を取り出す。



 火を付けて簡易的原始発火装置へと投げ込む。しばらく燃え移るのを待機しながら採取した山草(シソ、サルトリイバラなど……)を口に含み空腹を紛らわす。



 少し前まで転勤族の一人息子とは思えない手際の良さで野宿の準備を整えた和樹は辺りを警戒しながら近くの岩へと体重をかけて「ふぅ……」と息を吐き出した。徒労を滲ませた溜息は哀愁を感じた。



(マジで、そろそろ限界だわ。眠すぎる。なんだなんだありすぎた……)



色々考えるのは後日でも構わないだろうと、割り切る。

 疲れを隠そうともせずに、手元にあるスマホの電源を入れて画面を覗く。

 時刻は20:15。本来なら御近所さんへの挨拶回りだったが、明日に持ち越しだが仕方がない。

 割り切って、アンテナを確認。しかしまだ圏外。大凡予想していただけに期待はしていなかったが、万が一がある。結果は予測どおりだが。



(あ、マジで……落ち─────)


 うつろうつろに意識が堕ち始めた。蓄積されていた疲労が今頃になってドッと押し寄せてきたせいだろう。

 押し寄せてきた睡魔の津波に抗えず、和樹は微睡みに流されて安楽に呑まれた。


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