ライフ=ライセンス

歌峰由子

ファイル_1

第1話 需要があってこそ、価値があるのが製品。

 

 ここはM18星系第25恒星第2惑星。一般名称、『アキツ』。


 約五世紀前の宇宙大開拓時代に、地球最東端の島国「日本」(星は球形なので端なんてものは存在しないが、何故かそう呼ばれ続けた国だ)が発見、開発し、宗主権を握った辺境の惑星である。この平和でのどかな田舎惑星の片隅に、途方に暮れて夜空を見上げる、十代後半と思しき少年がいた。


 その少年の、高等学校の校則見本のように前髪、襟足ともにすっきりと切り揃えられたくせの無い髪は黒。そして夜空を映す双眸も黒に近い焦茶だ。服装もその辺りの大型量販店で売っていそうなものであり、普段から深夜の街を徘徊しているような人種には見えない。


「……シューレストをクビになって既に三日……って、やばい、バッテリーが切れる。内部警告うるさいし……ピーピー警告出すその電力が惜しいってのに、なんで自分で設定変更できないかな、これ。…………あー、駄目だ。も、う、お、ち、る」


 色々と諦めたような虚ろな目で空を見上げ、ブツブツとぼやいていた少年が、突然意識を失いくずおれた。否、公園の道端に転がったそれは、AHM――自律人型機械オートノミック・ヒューマノイド・マシン。いわゆるアンドロイドである。


 アンドロイド、またはドールと呼ばれる彼ら、きわめて人間に相似した自律機械は、二十年前に軍事利用目的で登用されて以来、様々な面での人間のパートナーとして爆発的に普及した。現在、細分化すれば多くの種類があるが、大きく括れば以下の三種である。


 1.戦闘コンバットタイプ(略称CM型)、2.慰安アミューズメントタイプ(略称AM型)、3.介助ヘルパータイプ(略称HP型)。これらは以前から、それぞれに「ロボット」として各分野で活躍していたものだが、よりヒトガタに似せる技術の完成に伴い同じ「アンドロイド」へと進化したものたちだ。


 今、バッテリー切れで休止モードに移行した(要するに行き倒れた)少年ドールは、AMアミューズメント型としてシューレスト家で使用されていたものだった。しかし、シューレスト家に引き取られてたった三ヶ月で、彼はお役御免とされてしまう。理由は、「顔も性格もぱっとしない」からであった……。




***




『ゴメンね、サク。引き取っといてたった三ヶ月で申し訳ないんだけどねー。マリカが自分で新しい子見つけてきちゃったのよー。……んー、何ていうかね、ほら、サクちゃんってこう、わりと玄人向けっていうかさ。まーだウチのマリカには君の良さは理解できないって言うか、ねー? ウチ、男親居ないし、きっと大人のお兄さんが良かったのねー……』


 三ヶ月前、十年近く寄り添った初代マスターと死別した少年アンドロイド――サクを引き取ってくれた女性、メリッサ・シューレストは、サクを捨てる時申し訳なさそうに笑いながらそう言った。マリカというのは、サクの二代目マスターであった十一歳の少女で、メリッサの娘だ。そのマリカがサクではなく、別のドールが良いと言って自分で次を見つけてきたのだから仕方がない。確かにそれは反論の余地のない事実であったが、もう一つ、三ヶ月の付き合いでサクにも分かっていた事がある。


 マリカも、そしてメリッサも、世間一般で言うところの美形に全くもって目がない母娘であり、ごくごく地味で特徴のない、旧宗主国に住む民族の標準的な顔を模したサクの容貌は、とてもではないが彼女ら母娘の眼鏡に適うものではなかった、ということだ。詰まるところサクは、容姿性格を売り物とするAMドールとしては余りに『ド地味』(婉曲に言えば『玄人受け』)なのである。


(流石に恨みたいですよ、マスター=ルーカス。なんだって僕をこんなマニアックにカスタムしたんです。いいえ、別にカスタムの好みは勝手ですけど、何で僕を置いて逝っちゃったんですかーっ!)


 実に好みの偏ったカスタマイズをサクに施し、その(おそらくカスタムした彼以外の誰にも需要のないであろう)サクを廃棄する手続きもしないまま、一人天に召された初代マスター、ルーカス・エリクソン氏への恨み言をニューラルネットワーク回路内にループさせながら、サクの統合制御回路はシステムダウンしていった。




***




 街路樹すらも寝静まる深夜。繁華街から遠い、比較的裕福な勤め人たちが住まう住宅街では家々も既に灯りを落としており、薄暗い街灯だけが、寂しく申し訳程度の範囲を照らしている。その一画を、こそこそと徘徊する人影があった。


「――おっ、めっずらしいな。おーい、こっち来いや。ええのが落ちとるで」


 二人連れの人影の一方が、田舎訛りの強い口調でもう一方を呼んだ。


「ああ? おいコレ、ほんまにドールか? 人間じゃないんかい」


 呼ばれて振り返ったもう一人が、相方の指すモノを見て顔を歪めた。その視線の先には十代半ばと思われる少年が倒れている。


 暗い色の服を着、同じく暗い色の帽子を目深に被って夜の街を徘徊していた人影――訛り言葉の男たちは、公園の片隅で足を止めていた。それぞれに懐中電灯を取り出して明かりをつけると、遊歩道脇のベンチにひっかかるように倒れている少年を、一人が蹴り転がして覗き込む。彼は目を閉じたままピクリとも動かない少年を無遠慮にいじって何か確認すると、もう一人に向かって頷いた。相方の男も頷いて少年に歩み寄ると、おもむろにその腕をとって上半身を起す。


 二人はその少年ドール――電源の落ちたサクを担ぐと、再び夜の闇にまぎれて消えていった。




***




 アキツを始めとする殆どの殖民惑星は、その惑星一つが一個の国家である。それぞれの星には大抵、その開発・殖民を行った地球国家が『宗主国』として存在するが、惑星殖民が始まってから五世紀以上が経ち、地球上人口よりも地球外殖民人口の方がはるかに上回っている現在、宗主国の権威、影響力など無いに等しくなっていた。


 アキツも既に殖民開始から約二世紀が経とうとしており、今では宗主国日本との関係は極々薄い。そんなアキツの片隅、惑星政府のある首都からは少し離れた場所に、その街はある。街の名前を挙げても大抵の一般人は首を傾げるような、ごく目立たない地方都市なのだが、この街の路地裏には、『あるもの』が集積することで一部の人間の中では有名だった。


 真夜中の住宅街から只の木偶と化したサクを積み込み、荒野の道をひたすら走った軽トラックは、明け方過ぎにこの街へと帰り着いた。運転席と助手席から降りた男たちが荷台にかけていたブルーシートを外すと、その下からはサクの他にも、何体かドールが無造作に積んである。


 それらは再び無造作にキャスター付きコンテナに放り込まれ、汚く狭苦しい裏路地の、簡単な屋根だけ被せたような露天が連なる一画に押し込まれた。周囲にも同様なコンテナや荷車が所狭しとひしめき合い、その中には電子機器と思しき部品や明らかにドール――AHMオートノミック・ヒューマノイド・マシンのパーツであろう手足が、主婦に荒らされた後のワゴンセール並みの無秩序さで投げ入れられている。


「おおっ、お前ら帰ったんかー。おう、おう、ようこんなに見つけたのう、ほとんど完全体ばっかりじゃあないか」


 隣で、煙草を咥えながら電子部品を並べていた初老の男が、コンテナを覗き込んで二人の男たちに言った。


「おうよ、わざわざ北まで出た甲斐があったでよ。みてみい、コレなんか人間みたいじゃろう。わしゃあ死体積んどるようで気味が悪かったわ」


 おどけながらも得意そうに、昨晩サクを検分した男が笑う。


「よう言うわ。ほんまに死体でも知らんでよ」


 煙草を噛みながら初老の男も笑い声を上げた。下手な事をすれば即座に惑際法に触れるAHM関連機器の、非正規売買が彼らの生業だ。この街はこの、AHM関連闇ルートの、言わば中心地として一部に名を馳せているのである。(惑際法とは殖民惑星国家の殆どが加盟する『インタープラネッツ・ユニオン』という、かつての地球上における国際連合のような組織の定める指針である)


 彼らは危ない橋を渡ったり、時に野良犬のように都市の地べたを徘徊して、AHMやそのパーツを仕入れてくる。そんな連中の武勇伝と、それを囃し立てる騒々しい笑いが響く闇市のその一角で、足を止めた女が居た。


「ほう……。これは中々の代物じゃないか」


 暗色で露出の少ない服装で女性的な曲線を持つ長身を包んだその女は、大声で話しこむ男たちの間からコンテナを覗き込み、サクの腕を引っ張り出して検分する。


「ぬおっ、アサキじゃなーか。相っ変わらず早いのお」


 隣に収穫を自慢する相方の隣で、朝食の握り飯をほおばっていた男が驚いたように声をかけた。それに二十代後半と思われる背の高い女は、ほぼ頭頂に近い場所で括った長く豊かな黒髪を揺らしてにやりと笑う。白く透明感のある肌をした、東洋系の、黙って立っていれば艶めく美女であろう顔立ちのその女は、艶麗さとは無縁のがさつな動きでサクをコンテナの上に引っ張り出した。


「まあな。遅くなればそれだけ、いい物は減る。お前らこそまた随分と頑張ったようじゃないか。おい、鑑定屋。こいつはいくらだ」


 低く柔らかい声質に、ある意味似合うぶっきらぼうな口調で女――アサキに声をかけられ、初老の男と話し込んでいた、鑑定屋と呼ばれた男が振り返った。


「……二百五十万じゃ」


 アサキを見るなり渋い顔をして、機嫌悪く唸るように答える。彼は「パーツ狂のアサキ」と呼ばれる彼女を商売相手として、歓迎しない業者の一人だった。歓迎されない理由は簡単である。二つ名の通り、アサキは「完成ドール」には滅多に興味を示さない。興味があるのはその「中身」なのである。


「三十万だ」


 気後れした風もなく、至極当然のようにアサキはきっぱりと言い切った。


「ふざけるなや、まだ傷一つない完品で。AMドールの相場ナンボじゃ思うとるんなら」


 脅すためというよりも本当に頭に血が上ったのだろう。血管を浮かせて鑑定屋が声を荒げる。相方の男は「やれやれ、またか」といった風情で握り飯の最後の一片を口に詰め込むと、携帯ボトルの茶でそれを胃袋へと流し込んだ。


「ふん、製品の価値なんぞ需要あってこそ、だ。こんなド地味なAMドール、ドールとしての買手なんぞ付くと思うか。パーツとして買ってやるんだから上等な値段だろうが」


 豊満な胸を強調するように腕を組み、ふんぞり返るようにしてアサキが断じる。痛いところを突かれた、といった様子で押し黙った鑑定屋だったが、それでも負けじと声高に宣言した。


「誰がそがな値段で売るかっ! 二百万よりは落とさんど」


 唾を飛ばして言う鑑定屋のこめかみには血管が浮き、茹蛸の如き顔はなかなかの迫力である。しかしそれを見たアサキは「仕方の無い奴だ」とばかりに軽く息をついて言った。


「倍額払ってやろう。六十万だ。かなり妥協してやったぞ」


  譲ってやったぞ、とばかりに鼻で笑って、アサキは言い値を一応上げる。


「帰れ、商売の邪魔じゃ」


 話にならない、と鑑定屋が吐き捨てた。鑑定屋の隣で、初老の男も面白そうに二人のやり取りを見物している。アサキは瞑目しているサクをうつ伏せに引っくり返すと、シャツの襟首を引っ張って首の付根を確認した。通常AHMの電源スイッチはその辺りにあるのだ。サクのスイッチを何度か押して、アサキはさも呆れた、といった風に鑑定屋へと言葉を投げる。


「内蔵バッテリーが完全に上がってるんじゃないのか。既にデータベースもOSも白紙だろうが」


 バッテリーが切れ、電源が落ちた状態であまり長期間置いておくと、AHMの内蔵コンピュータは初期化されてしまう。そしてCM戦闘機型を除けば、AHMの性能と値段の大半はこのコンピュータに収まっているシステムプログラムに因っていると言っていい。外部メモリにバックアップがあれば直ぐにでも元の状態へ復元できるが、こういった非正規中古品にそんなものが付属していようはずもない。結果、AHMの要とも言えるシステムプログラムが全て飛んでしまっている可能性は高いのだ。そうなっていれば、ドール本体は完品でもパーツの集合体としての価値しかない。


「仕入れたのは昨日の晩じゃ。まだそんな古いもんじゃなぁわ。……百九十万」


 まだ負けじ、と鑑定屋が唸った。


「保証はないだろうが。八十五万」


「百八十五」


「九十」


「百八十三」


「……百二十出してやる。よこせ」


 ぐりぐりとサクの電源ボタンをいじりながら、アサキが低く命じる。なかなか埋まりそうも無い金額差に、朝飯を食べて終えてする事の無くなった鑑定屋の相棒は、薄汚れた配管や室外機の向こうにある、長細く切り取られた青空を仰いでため息をついた。

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