第26話 カレー
俺の口目掛けて小さな飛沫が飛んでくる。
その数14。
首を横に傾けて躱すが、再び狙いすましたかのように飛沫が飛んでくる。
「喰らうかよ!」
雄叫びと共に体を背後へと仰け反らせ、その動きの勢いで蹴り上げた足を相手の顎へと叩き込む。
「あいたー!ちょっとたかし!今本気で蹴ったでしょ!!」
「ちっ、死ななかったか」
「えっ!?何!?たかしってSっ気があるの!?私はノーマルだけど、そう言う趣味があるなら私も頑張るわ!!」
黙れ変質者。
「ねーよ!てか唾を飛ばすな。汚いだろうが」
「何よ!訓練の為でしょ!!それに汚ないと思うんならちゃんと口で受け止めなさいよ!」
何で汚いと思ってるもの口で受け止めにゃならんのだ?
坂神の馬鹿な発言に呆れつつも目隠しを外す。
「あれー、レルの番がーまだですよー」
「鼻糞飛ばしてくるからお前とはやらん!」
「えー」
えーじゃねぇよ。
汚ねぇもんカーブやフォークかけて飛ばしやがって。
唾も大概だが、真っすぐ飛んでくるだけまだましだ。
「えー。せっかくー、ナックルの練習もしたのにー」
「余計な事だけ熱心だな、本当にお前は」
「えへへー」
レルがぴょんぴょん嬉しそうに跳ねる。
ゴスロリを身に着けた美少女が飛び跳ねる姿は愛らしい事この上ない。
それだけに中身が残念な事が際立つ。
「あ、あの……お食事の準備が……」
おかっぱ頭の小さな少女――精霊――がおどおどしながら昼食の準備が整ったことを俺達へ伝えに来てくれた。
レルがいる為怯えているのだろう。
レルと目が合った瞬間俺の後ろへと隠れる。
「そんなにー怯えなくてもー、とって食べたりしませんよー」
「おまえがいっても説得力ねーよ」
「えー」
以前散々精霊たちを食い散らかしておいて、よくもへらへら笑いながらそんな台詞を吐けるものだ。
レルにはもし精霊を喰ったら、俺と坂神と女王様の3人がかりでボコボコにすると言ってあるので大丈夫だとは思う……思うが……
それでも当たり前のようにやらかしそうだから、こいつだけは油断できん。
「食事ってやっぱりカレー?」
「あ、はい。昼食はキノコとブーイットのカレーになります」
「ウェッ。蛙とか止めてよねー」
坂神が心底嫌そうな顔をする。
ブーイットは蛙によく似た、体長1m程度の魔物だ。
見た目があれなため坂神は嫌がっているが、これがびっくりするほど美味い。
その柔らかさと味は牛のフィレ肉に近く、この世界における人気の高級食材となっている。
「わざわざ蛙を食べる人間の気が知れないわ。だいたいいつ迄カレーなのよ!此処に来てから2週間、ずっとカレーじゃないの!!」
坂神は何が不満なのだろうか?
カレーは神であり、そして世界だ。
そんなカレーを2週間も休みなく食べられる至福に感謝こそすれ、不満を持つ意味が分からない。
まあ真っ当な人間である俺に、キチガイの坂神の気持ちなどは所詮分かるはずもないか。
因みに食事はプリンが作ってくれている。
俺の大好物がカレーだと知って毎日作ってくれるプリンは、将来いいお嫁んさんになる事間違いなしだ。
「そんなに嫌なら自分で作れよ。食材なら大量にあるんだから」
食材は大量に用意されている。
キッチンも城には備え付けられていた。
但し、調理は自分達でしなければならない。
何故なら精霊は食事をとらないからだ。
とうぜん調理技術など確立されていない。
「え……いやそれは……ほら、たかしの訓練の手伝いもあるし……」
さてはこいつ、料理が一切できないな?
坂神の反応から察する。
「組手の相手なら、サファイアさんに手伝って貰うよ。お前は安心して自分の食事の用意をすればいい。まあ自分で料理出来ればの話ではあるけどな」
「う……く……」
やはり図星だったようだ。
「た、たかしは勘違いしてるわ!いい女ってのは、料理なんかしないものなのよ!」
「あっそ」
そんないい女聞いた事ないけどな。
まあ女=料理だとは思わんが、今の坂神が言っても苦しい言い訳にしか聞こえん。
「シロップかけてー城の外壁をー、一緒に食べますかー?」
「そ、それは遠慮しておくわ……」
虫歯になるから程々にしておけよと声を掛けたら「大きなお世話ですー」と叫びながらレルは食堂へと一人駆けて行った。
「ま、まあカレーで我慢しといてあげるわ」
「へいへい」
上から目線の坂神は放って置いて、俺も食堂へと向かう。
坂神の大好物に、プリン特製ブーイットのキノコカレーが見事にランクイン!
後、最後の一杯をレルと本気で取り合う姿にドン引きした。
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