第24話 御手洗い
「寒い……」
絶対零度の閉ざされた空間に閉じ込められて既に数時間。
極寒に体を震わせながら思う。
しょんべんしてぇ……
「あのーー!!おしっこしたいんですけどーー!」
我慢の限界が近い為、自分の生理現象を大声で伝える。
俺の声が届いているか若干不安ではあるが、まあ聞こえていなかった場合は不可抗力という事で許して貰おう。
立ちションを。
「出したら殺しますよ」
あ、返事が返ってきた。
どうやら聞こえていたようだ。
「すいません!ちょっと限界なんで出して貰えますか!」
「まったく、あなたが初めてですよ。排泄が理由で外に出してくれと頼んできたのは」
呆れたような声が響いた瞬間、俺は外に放り出された。
10,0!
華麗に一回転して床に着地した俺にプリンが声を掛けてくる。
「あ!たかしさん!大丈夫ですか!?」
「ああ、問題無いよ。ちょっとトイレに行きたくなって出して貰ったんだ」
「そ、そうなんですか?予定よりずっと早く出て来たから、何かあったのかと思ってびっくりしました」
予定では7時間だったが、恐らくまだ4-5時間しか経っていない。
途中で放り出されれば何事かと驚いてしまっても仕方ないだろう。
「サファイア、彼を案内してあげなさい」
「畏まりました。たかし様此方へ」
「すいません」
彼女に案内されてトイレで用を足す。
その際ふとどうでもいい疑問が頭をよぎる。
便所があるって事は、精霊も用を足すって事か?
本当にどうでもいい疑問ではあるが、話を聞く限り精霊は精神生命体で肉体は相性の良い物質で構成されており、言ってみれば服の様な物だ。
その為破壊されても死ぬことは無い。
だからこそレルがバクバク食い荒らしても、困った奴程度の扱いで済んでいるのだ。
普通に考えれば排泄物は出ないはずだが?
ひょっとしたら来客用なのかもしれないなと勝手に結論付ける。
用を足し、蛇口に手をかざすと水が流れ落ち手を濡らす。
これどうなってるんだ?
これまた疑問。
この城は全てが氷でできているらしい。
自動で出た事も驚きだが、氷の管を通っているのにも関わらず水が凍らずにちゃんと出てくる事が驚きだ。
トイレを出て、外で待っていてくれたサファイアにそれとなく尋ねてみる。
「お待たせしてすいません」
「どうぞお気になさらずに」
「そういや蛇口から水が出るんですね。全て氷で出来てるって聞いてたから、驚きましたよ」
「氷と言っても特殊な氷ですから。そうですね、壁を触ってみて貰えば分かると思いますよ」
言われて壁に手を這わすと、さらりとした感触が伝わってくる。
だがそれだけだ。
これは困った。
話の流れから考えるに、彼女は壁がそれほど冷たくない事を伝えたいのだと思う。
だが俺には強力な冷気耐性が備わっている。
その為10度以下は殆ど体感できない。
そしてこの強力な耐性故、俺はアイスクィーンキャッスルへと来る事になったのだ。
冷気の魔法習得は即死魔法と同じく体感での習得になるのだが。
俺に冷気を体感させるには、エニルですら最大級の魔法が必要となる。
そう言った魔法を連続して使うのは疲れる為、能力で常時絶対零度を維持できる氷の女王の元へ送られてきたわけだ。
「すいません。よく分からないです」
「え?」
「実は俺、凄く強い耐性が有って」
「なるほど、それで……道理で女王様の中でも平気なわけですね。何故わざわざ女王様の元に来られたのか不思議でしたが、これで納得がいきました」
隠してもしょうがないので素直に話すと、彼女は大きく頷き納得する。
どうやら俺が此処へ来た細かい理由などは聞かされていないようだ。
「それで、やっぱりここの氷は冷たくはないって事なんでしょうか?」
「ええ、そうなります。勿論全く冷たくないわけではないですが、周りを凍てつかせるほどの冷気は含んではおりません。あ、これはあくまでも城内の話でして。外壁などは触れただけで凍り付いてしまうのでお気を付けください」
言ってから気付いたのか。
ばつの悪そうな表情で彼女は言葉を続ける。
「女王様の中で平気でいられるたかし様には、余計なお世話でしたね」
「あ、いえ。そんなことは無いですよ。俺は大丈夫ですけど、仲間達はそうとは限りませんし」
プリンが知らずに外壁に触れれば大変な事になってしまう所だ。
事前に教えて貰えて助かった。
まあ後の2人に関しては気にする必要は無いだろう。
簡単に凍ってくれるなら苦労しないからな。
女王の居る玉座の間へと戻りながら、もう一つサファイアへと質問する。
本人の前では少々しづらい質問を。
「女王様って何でカエルの姿をしているんですか?」
女王は真っ白なカエルだった、それも人間を一飲みするレベルの巨大さで。
サイズ的には竜に戻ったレルといい勝負だろう。
そんな巨大な蛙の姿を女王はしてるのだ。
精霊の肉体は衣服の様な物であるため、力の大小でそのサイズこそ変わるが、形自体は自由に決められるはず。つまり女王は好んでカエルの姿をしている事になる。
正直女王という呼称から、美しい女性の姿を連想していたのだが。
玉座の間へと通じる巨大な扉が開かれ、その先に鎮座する巨大な蛙を目にしたときは、思わず即死魔法を叩き込みそうになる程驚いたものだ。
「それは、まあ……」
凄く言いにくそうだ。
「あ、答えずらいようだったら無理にとは」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
彼女は少し考えてから言葉を続ける。
「実はレル様が以前この城で暴れられて、それを取り押さえるのにカエルの姿で彼女を丸のみにされて以来、レルさまが此処を訪れる際はカエルの姿でお過ごしになられているんです」
ああ、言いにくかったのは俺に気遣っての事か。
お前の仲間を威嚇する為に蛙の姿をしてるとは直球では言いずらいわな。
道理で女王様のレルを見る目つきが険しかったわけだ。
「そうなんですか?うちの馬鹿が済みません」
話を聞き謝罪を口にする。
あのあほの事で一々謝罪させられるのは癪だが、エニルに正式に弟子入りした以上無視はできない。それにあいつには一応借りもあるしな。
「それで、その……あつかましい話なのですが、たかし様にお願いしたい事がありまして……」
「何でも言ってください」
「万一以前のようにレル様が暴れた際は、御尽力をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「任せてください!」
俺は即答する。
大義名分をもって奴を処断できるのなら、こっちからお願いしたいくらいだ。
まあ暴れさすこと自体論外だから、レルにはちゃんと釘を刺してはおくが。
しかしなんであいつ暴れたりしたんだ?
「ありがとうございます!女王様とレル様の力は拮抗されていますから。もし暴れられて女王様に万一の事があったらと思うと、私気が気でなくて。どうか……どうかよろしくお願いします」
彼女は俺の両手をぎゅっと握り込み、俺の目を真っすぐ見つめる。
レルの事が余程気がかりだったのだろう。
そんな思いつめた彼女の瞳を見つめ返していると、後ろから刺すような刺々しい口調で声をかけられる。
「説明いいかしら?」
「鬼のー居ぬ間にー、浮気ですー」
「あ!す、すいません!!私ったらつい」
驚いたように、いや実際驚いているのだろう。
サファイアが握っていた俺の手を離し飛び退く。
最初は氷の様な冷たい感じの印象を受けていたが、こうやって接してみると案外可愛らしい人だなと考えを改める。
しかし何でこいつらはいつも気配を殺して行動してるんだ?
ていうかさっきこいつ等玉座の間に居なかったけど、今までどこに行ってたんだろうか?
後ろを振り返り。
般若の形相の坂神と、体を揺すりながら楽し気に口笛をピューピュー吹いているレル達に一応聞いてみる。
ついでに今見た事を誤魔化せると最高なんだが。
「お前ら何処に行ってたんだ?」
「レルはーシロップをかけてー、お城をーガジガジしてましたー」
何やってんだこのあほは?
相変わらず迷惑極まりない奴だ。
「庭内の散歩よ。真っ白な植物とか綺麗だったから見て周ってたのよ。で?そっちは二人で何をしてたわけ?」
だめだったか。
流石にそう世の中甘くないな。
俺の返事を待たずに坂神が続いて口を開く。
「ちょっとあなた、たかしにちょっかいかけたら只じゃすまないわよ?」
「わ!私はそんなつもりは!?」
「勘違いすんな。ちょっと頼まれ事をしてただけだ」
「ふーん。頼み事ねぇ」
胡乱な目つきで此方を睨む坂神に全力で目つきをぶちかましてやりたいところだが、力押しで黙らせたところで、後々サファイアさんに迷惑がかかるかもしれない事を懸念しやめる。
「後でちゃんと教えてやるから、馬鹿な事はすんなよ」
「何で今直ぐじゃダメなのよ?」
「ひょっとしてー、レルのー事ですかー?」
こいつなんでこんなに無駄に鋭いんだ?
一瞬チラ見したのがまずかったのだろうか。
「自意識過剰すぎだろう。別の事だ」
「じゃあー後でー、レルにもー教えてくださいねー」
「ああ、わかったよ」
適当な理由を考える必要が出来てしまった。
面倒臭い事だ。
「いつまでも女王様を待たせるわけにもいかないから、俺達はいくぜ」
「勿論あたしも付いていくわ!」
「レルもー、付いて行きますー。へたれさんがー丸のみされる姿がー、傑作なのでー」
楽し気にほざくタヌキの顔面に一発ぶち込み、俺は魔法習得の為女王の元へと戻るのだった。
後で聞いたら、レルが暴れたのは虫歯に氷が挟まった痛みで我を忘れるというふざけた理由でした。
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