第10話 美少女だと思った?残念!TSでした!

目の前のテーブルに並ぶ肉に豪快にかぶりつき、丸ごと口に突っ込む。

口いっぱいに詰め込まれた肉を、転生によって得た強靭な顎で咀嚼し飲み込んだ。

次はパンだ!


目を血ばらせながらパン手づかみして、これまた丸ごと口に突っ込む。

咀嚼である程度細かくなった時点で無理やり飲み込み、次の獲物に移る。

そう!次はサラダだ!


目の前のサラダに勢いよく手を伸ばした所で声をかけられたため、動きを止める。


「すっごくワイルドな食べ方するね?ひょっとしてかなりお腹すいてた?」


目の前の女性が楽し気に目を細めながら、此方を眺めていた。


しまった!やらかした!


エニルの所に世話になっていた間、食事は奪い合いの戦争だった。

ゆっくり味を楽しんでいた日にはあっというまに飯が無くなってしまう。

そんな修羅の食卓をここしばらく経験したことで、ついその癖がでてしまったのだ。


「あ、いや。朝から食べてなかったもんでつい」


俺は顔を俯かせながら、しどろもどろと応える。

そんな俺の様を見て、彼女は楽し気に微笑む。


「あたし貴方のワイルドな食べっぷりすきよ」


そう真っすぐ好意を示され、頭に血が上り顔が赤くなるのを感じる。


彼女の名はティア・シトラス。

金髪金眼の綺麗なエルフの女性だ。


ぱっと見は俺と同じぐらいに見えるが、エルフの年齢は見た目ではよく分からない。ただ彼女の大人っぽい雰囲気から、自分よりは確実に上だとは推測できた。


俺は彼女の唇を眺める。

仄かに赤く色づいた薄い唇。

俺はこの唇とキスをした。


思わず唇をじっと眺めていると、悪戯っぽく彼女に声をかけられる。


「私の口元がどうかした?ひょっとしてさっきのこと思い出してたのかなー?」


図星を突かれ、あとか、うと呻いて慌てふためく。

そんな俺の反応がおかしいのか彼女は俺をさらに揶揄うからかう


「なんだったらもう一回する?」

「うへぁ!いや……その。そう言えばここの食事凄くおいしいですね!こんな美味しい物生れてはじめて食べましたよ!」


我ながら苦しい会話の切り替えだったが、これ以上揶揄われたのでは堪らない。


「ふふふ、私も昨日見つけたの。美味しいでしょ?」

「ええ、そりゃもう」


そう言いながら俺はサラダに手を伸ばし、今度はフォークを使ってゆっくりと口に運ぶ。


彼女に手を引かれやってきた店は、中央区画に居を構える高級レストラン・ズミイカタ。奇しくも、少し前にエニル達によって、危うくケツ毛まで毟り取られそうになったブティックの向かいにある店だ。


辺りを見回すと店内は見るからにセレブだらけ。

小汚いシャツとズボン姿は自分位のもので、かなり肩身が狭い。

まあ命を繋ぐただ飯だし。

少々の居心地の悪さは我慢している。


俺はサラダを無心に食べるふりをして、チラチラと彼女へと視線を向ける。


目の前の女性はエルフらしく全体的に細身ではあるが、青いドレスの胸元が大きく膨らんでいる事から、男の理想を体現したかのような体型であることが窺えた。

顔も美しく整っており、髪はポーにテールに纏め上げられていて、うなじが色っぽい。


「ふふふ、私に興味津々みたいね」


彼女は口元に手を当ててくすくす笑う。

その仕草の一つ一つが俺の心を掻き毟る。


「あの、俺と会ったことがあるんですよね?」

「ええ、勿論よ。でなければいきなりキスしたりはしないわよ」


ティアのウィンク攻撃!

効果は抜群だ!


彼女の愛らしい仕草に心揺らしながらも考える。

だがどう考えても答えは出てこない。

そもそも自分の人生に、唐突にキスするレベルの女性の知り合いなどいない。

そもそもキスどころか、手を繋ぐ事すら困難なレべルの異性関係しか……

そこではっと気づく。


一人だけ。

いや、一匹だけいる!

こういう馬鹿な事をしそうなタヌキが!


「お前レルか!何だよびっくりさせるなよなぁ。驚くじゃないか」

「レルって誰?」

「え?レルじゃ?」

「違うわよ。で?レルって誰」


レルじゃ無いのか?

てっきりタヌキの悪戯かと思ったのだが。

だとしたら誰だ。

ていうか目がものすごく怖いんですけど。


先程までの柔らかな眼差しと違い。

明かに険を持った眼差しでティアは此方を睨みつけくる。


「もう一度聞くわよ?レルって誰?」

「すいません、知り合いの化け狸です」


余りの迫力に、思わず謝ってしまう。


「え?狸?ひょっとして人間に化けたりするの」

「はい。人に化けて悪戯とかする奴でして」

「そっかー、そうなんだー。うふふ、あたしったら早とちりしちゃったー」


機嫌が戻ったぽいので質問してみる。


「あの?失礼なこと聞くようなんですが、本当に俺の知り合いですか?」

「んー、そーねー。じゃ、ヒントを上げる。ヒントはTSよ」


TS?

その単語を聞いて思い浮かぶものはただ一つ。

かつて親友と共に結成したTS同盟だけだ。


中学時代この俺彩堂たかしと、親友の坂神俊也。

二人のイニシャルが同じことから付けた同盟の名前。

それがTS同盟だ。


活動内容は主に河原や公園でお宝の探索と、俺の部屋での鑑賞会。

我ながらくだらない事をしていたものだと思うが、その当時はそれが楽しくて仕方なかった。

もっとも、その同盟は坂神の不慮の事故死によって終わりを告げる事となったが。


2年、いやもう直3年か。

かつての親友の顔を思い出し、神妙な気分になる。


それが顔に出ていたのか、ティアに心配そうに声をかけられる。


「そんな顔しないの。あたしなら大丈夫だから。ね」


何が大丈夫なのだろうか?

正直彼女が何を言っているのか理解できずに首をひねる。


「まだわからない?あの頃は楽しかったよね。二人で河原とかでHな本とか拾っては持ち帰って、たかしの部屋で見てさ」


え?と思い、クスクスと笑うティアの顔を見る。

そして坂神の不細工な顔を思い出す。


二人の顔を脳内で合わせてみた。

不一致!99,999999999999%不一致!

ありえない!


だが俺は恐る恐る訪ねた。


「坂神なのか?」

「正解!」

「………………………………」


親友が生きていた事実を喜ぶべきなのだろう。

なのだろうが。


ファーストキスの相手が親友の坂神(♂)

その事実が俺の人生に、暗い暗い影を落とすのであった。

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