第7話 思い込み
魔女エニルは言う。
魔法は
それが魔法であると。
それ故に、魔法は人の思いの数だけ存在し。
無限の可能性を内包する。
▼
薄っすらと開く瞼の隙間から、ぼんやりと顔の輪郭が映り込む。
女神様?
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
すると次第に目の前の人物の顔がはっきりとしてくる。
「なんだ、タヌキか」
目覚めたらタヌキのドアップだった。
「おめざめですかー。あとー、タヌキじゃなくてーレルですー」
人の事はヘタレ呼ばわりする癖に、自分はきっちり名前を言わせようとか厚かましいタヌキだ。
それにしても何だか頭の後ろがゴワゴワする。
「ひょっとして膝枕か?」
「そうですよー。気持ちいいでしょー」
むしろゴワゴワしてて気持ち悪い。
こいつどんだけ毛並み悪いんだよ。
ん?
顔の横を、何か小さなものが跳ねるのを視界の端で捕らえる。
気になったので視線を横に這わすと、再びゴマの様な物が飛び跳ね顔に付ついた。
反射的にそれを指で摘まんで確認すると。
「うわ!蚤じゃねぇか!」
指で摘まんだそれを投げ捨て、勢いよく起き上がり。
レルから離れ、頭や体を払う。
そんな俺の突然の行動を理解できないのか、レルは不思議そうに聞いてくる。
「どうしたんですかー」
「どうしたも何も、お前蚤がいるじゃないか!」
「えへへー」
いやえへへーじゃねえよ。
後よく見たら、何故かレルはスク水の様な紺の水着に着替えていた。
凄く気にはなったが、あえてスルーする。
「ノミさんはー、私の事が大好きなんですよー。レルー、モテて困っちゃいますー」
レルは両手で顔を挟みくねくねする。
どうやら照れた時にする癖の様だ。
嬉しそうにしているレルに言うか迷う。
その好きはハンバーグや目玉焼きに対する好きと同種であって、決してモテている訳ではない事を。
「なんじゃ。お主等楽しそうじゃのう」
「エニルさまー、聞いてくださいー。ヘタレさんがー、蚤さんにー。焼き餅焼いてたんですよー」
立ち上がり、どすどす音を鳴らしながらエニルに駆け寄ったタヌキは、あろうことかとんでもない法螺を吹きだす。
「ほほう、蚤に焼き餅ねぇ。時にレル」
「はーいー」
「蚤とはどこにおるんじゃ?」
「えへへー。わたしのー全身にですー」
エニルの質問に対し、腕を広げてくるりと周ってから答える。
タヌキの行動は理解不能な物ばかりだ。
「ほほう、全身とな」
「モテる女はー、辛いですー」
「そうかそうかー大変じゃのう。所で最後に風呂に入ったのはいつじゃ?」
レルが顎に人差し指を当て、首をかしげる。
その状態のまま30秒ほど、うーんうーんと唸り。
やっと思い出したのか、掌に握りこぶしを水平にポンと叩き付け口を開く。
「つい3ヶ月前ですー」
「ほほう、つい三ヶ月ときたか」
「あとー、もう3ヶ月はー、大丈夫ですー」
全然大丈夫じゃねえよ。
こいつ半年も体洗わない気か?
「ふむ、レルよ」
「なんですかー」
「ここで私の即死魔法を受けるのと、風呂。どっちがいい?」
「蘇生はー、していただけるんですよねー」
「せんよ」
「お風呂にー、いってきまーす」
そう言うや否や。
レルの体を魔法陣が包み込み、次の瞬間その姿が消える。
あいつ蘇生して貰えるなら、風呂入るより即死魔法の方を選ぶのかよ。
どんだけ風呂が嫌いなんだ?
即死魔法は体にダメージが発生するわけではない為、痛みはない。
だが死ぬ瞬間凄まじい不快感に襲われる。
それよりも風呂が嫌ってどんだけだよ。
「タヌ……あ、いや。レルって転移魔法使えるんですね」
「タヌキでよいぞ。まあ、あれでも一応私の使い魔だからな」
まあ見た目はタヌキでも、流石ドラゴンといったところだろうか。
「さて。もう十回以上は死んでおるし、そろそろお主も使えるようななったころじゃろう」
エニルが言うには。
感覚さえつかめればそこからイメージを想起し、それに魔力を載せて相手に放てば魔法は完成らしい。
呪文などは集中力を高めたり、言葉で発する事でイメージを高めるための補助でしかなく。きっちりイメージ出来るなら、それらは別段必要ないそうだ。
最初に彼女がゆっくり詠唱していたのは、魔法といったものがどういう物か俺にイメージしやすいよう、使って見せただけらしい。
「ではレルが戻ってきたら、早速あやつで試してみるとよかろう。ついでに蘇生魔法も試してみるがいい」
折角風呂に入っても、結局即死魔法の実験台になるのか。
哀れなタヌキに合掌。
「ところで何でスク水なんですか?」
タヌキ同様、何故かスク水を着ているエニルに質問する。
スルーしようかとも思ったが、それはそれで彼女の機嫌を損ねかねないので、一応聞いてみた。
「んむ。趣味じゃ」
趣味ならしょうがない。
とりあえずタヌキが戻って来るまで、目の前のスク水少女を堪能するとしよう。
眼福眼福
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます