初恋【はつれん】
すずききょうこ
第1話
「こんな雪ん中、男同士で鴨川歩くとかマジないな」
スヌードで顔の下半分が隠れている
顔が見えなくても菊人からはイケメン臭のようなものが漂っているとゼミの女の子が話していたことを陸は思い出した。
さらにその子はイケメンは自信があるがゆえにお洒落な服もどんどん取り入れてセンスが磨かれていくけれど、非イケメンはどうせ似合わないからと無難コーデを選択しダサさに磨きがかかる。
だからイケメンは顔が隠れていても何となく判別できる、といった持論も繰り広げていた。
ちょうどその両端の二人がここにいて、ダサ男の見本のような男が俺だなと陸は思った。
服装はもっぱらファストファッション中心。
あの程度の見た目でよくあんな上級服チョイスするよね、なんて陰口を女の子達から叩かれないように慎重に服を選んだ結果、ブルーのチェックシャツの上にグレーのセーターを重ね、ストレートのブルージーンズにスニーカーという無難かつ地味コーデの出来上がりである。
対して隣を歩く菊人はというと、身長は百八十二センチ、細い顎に通った鼻筋、薄く形のいい唇、目は切れ長の奥二重で手足が長く、陸ご用達の「ジャパンファストファッション」を着ると袖が短かったり身幅が大きすぎたりと、どうにもこうにも上手くフィットしない。
今日の出で立ちは何種類かの糸をざっくり編み合わせたセーターに黒のパンツを合わせ、陸が最近知ったチェスターコートなるものを羽織っていた。
ようするに菊人はいわゆる真性イケメンと呼ばれる人種で、もし雑誌などで見かけるモデルの横に並んだとしても全く遜色がないどころか、余裕でお株を奪ってしまうだろうと陸は思っていた。
「よくこんな極寒の地で座ってられるよな」
菊人の視線の先には肩を組んでいるのか白っぽいモコモココートと黒のコートが絡み合って、遠目ではパンダのように見えるカップルがうずくまっている。
夏には鴨ップルと呼ばれるカップルが川岸に等間隔に並ぶのが京都鴨川の風物詩のようになっているが、今日の河原には先ほどのパンダを含めて二組だけだ。
ただ二週間後に控えたクリスマスには雪が降ろうが槍が降ろうが関係なく、いや雪が降っていればなおのこと鴨カップルは発生するのかもしれない。
そんなことを考えながら陸は菊人に対する返事とも言えない願望のような台詞を口にした。
「ええなぁ女の子といちゃつけるんやったら、極寒の鴨川でも網走刑務所の見学ツアーでもええわ」
「まぁそうは言っても陸だってどんな子でもいい訳じゃないだろ」
菊人は話しにくいのかスヌードを指で引きおろすと陸を横目で見た。
「いや!ぶっちゃけな俺はそんな贅沢は言わんよ。うんホンマに。そら顔面偏差二十とかはちょっとかもやけど、菊人みたいに六十とか七十当たり前とか全く考えてないし」
陸はそう言いつつも偏差値二十の相手であっても、やっぱり自分と菊人が並んでいたら確実に菊人を選ぶだろうなと思った。
「いや七十ってもうモデルレベルだしな。そんなのその辺にゴロゴロ転がってるわけないだろ」
そうは言うが、菊人の元カノは京都光竹女子大のミスキャンパスで将来は女子アナ確定だろうと囁かれていた女の子だった。
菊人とその彼女が京都の街を歩くと、雑誌の撮影かと勘違いした周囲がざわつき、カメラを探し始めるということも珍しくはなかった。
だがその彼女は、やれラインの返信が遅いだのヤキモチを焼いてくれないだの、ペアのネックレスをつけたいだの、その他諸々の好き好き縛りで菊人を絡めようとした。
もともと束縛を嫌がる菊人が
もちろん別れ話もすんなりとは行かず、それ相応の修羅場はあったし、その幾つかの場面には計らずも陸も遭遇してしまった。
陸は泣きながら菊人を責める彼女を見ていてふと、この子は本当に菊人のことが好きで泣いているのか、それともこんなに美人の自分が振られるなんて有り得ないとプライドを引き裂かれて泣いているのかどっちなんだろうと、菊人に聞いてみたことがあった。
すると「陸は彼女いない歴イコール生きてきた年数更新中なのに鋭いところあるからな」とディスられたのか褒められたのか分からない返事が返ってきた。
そして「後者に決まってんだろ」と笑った。
あれからひと月。
「恋の傷を恋で治すのは大昔からの決まりごとだからな、陸も来いよ」と合コンをセッティングする菊人に「いや、菊人はかすり傷ひとつ負ってないやろ」「まだ喪中やろ」などと野暮なことを言うつもりは陸にはさらさらなかった。
菊人を餌に寄ってくる高偏差値の女の子に会えるチャンスを何が悲しくて放棄しなければならないのか。
二人は二条通りから河川敷を上がり、今夜の合コンの待ち合わせ場所へと歩を早めた。
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